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鴉《からす》と府知事
悪戯好《いたづらず》きのある男が弾機仕掛《ばねじかけ》の玩具《おもちや》の蛇を麦酒瓶《ビヨルびん》に入れて、胡桃《くるみ》の栓をしたま\瓶を庭先に投《ほ》り出しておいた。すると、食意地《くひいぢ》の張つた鴉が一羽下りて来て、胡桃が欲しさに、瓶の栓を嘴《くちばし》に啣《くは》へて力一杯引張つた。胡桃の栓がすぽりと抜けると、弾機仕掛の蛇がぬつと鎌首を出した。吃驚《ぴつくり》した鴉は一|足《あし》二|足後方《あしらしろ》に飛《と》び退《しさ》つて、じつと蛇の頭を見てゐたが、急に厭世的な顔をしたと思ふと、その儘引《まゝひつ》くりかへつて死んで了《しま》つた。 悪戯好《いたづらず》きの男は不思議に思つて、鴉を解剖してみると、心臓が破裂してゐたさうだ。遊廓問題に行き悩んでゐる府知事の智慧袋《ちゑぶくろ》のやうに、量《かさ》の小さい鴉の心《しん》の臟は、この怖ろしい出来事に出遭つて何《ど》うにも持堪《もちこら》へる事が出来なかつたのだ。ーと言つて、別段笑ふに も当るまい、鴉は維新三傑の子息《むすこ》では無かつたのだから。 ある時英国の一文豪が下院の演壇に立つて、 「諸君吾輩が考ふるに……」 と厳《しかつ》べらしく言つてその儘口を閉ぢた事がある。暫《しばら》くして文豪はまた口を開いた。 「諸君吾輩が考ふるに……」 行《ゆ》き詰《つま》つた文豪は洋盃《コツプ》の水を嚥《の》んで勢ひをつけた。 「諸君吾輩が考ふるに……」 こゝまで漕《こ》ぎ直して来て、また黙りこくつてしまふと、皮肉な一議員は議長を呼んだ。 「議長。尊敬すべき議員は三|度《たび》考へられましたが、到頭何一つお考へになりませんでしたな。」 と半畳を入れたので、弁士は満場の笑声《わらひごゑ》のなかに顔を火のやうにして引き下らねばならなかつた。 大久保〔利武〕知事は、遊廓問題について府会の十七人組の前で、二十八日迄に何とか考へると約束しながら、その英国の文豪と同じやうに何一つ考へなかつた。ーそれに何の無理があらう、物を考へるにはなかなか高価な材料が要る。府知事は誠実らしい顔付と、人形のやうな夫人と、流行《はやり》の山高帽とその外《 か》色んな物を持つてはゐるが、唯一つ肝腎な物を持合はさない。肝腎な物とは他でもない、「勇気」である。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年03月03日 10時28分10秒
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