【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

フリーページ

2006年02月05日
XML
鴉《からす》と府知事
 悪戯好《いたづらず》きのある男が弾機仕掛《ばねじかけ》の玩具《おもちや》の蛇を麦酒瓶《ビヨルびん》に入れて、胡桃《くるみ》の栓をしたま\瓶を庭先に投《ほ》り出しておいた。すると、食意地《くひいぢ》の張つた鴉が一羽下りて来て、胡桃が欲しさに、瓶の栓を嘴《くちばし》に啣《くは》へて力一杯引張つた。胡桃の栓がすぽりと抜けると、弾機仕掛の蛇がぬつと鎌首を出した。吃驚《ぴつくり》した鴉は一|足《あし》二|足後方《あしらしろ》に飛《と》び退《しさ》つて、じつと蛇の頭を見てゐたが、急に厭世的な顔をしたと思ふと、その儘引《まゝひつ》くりかへつて死んで了《しま》つた。
 悪戯好《いたづらず》きの男は不思議に思つて、鴉を解剖してみると、心臓が破裂してゐたさうだ。遊廓問題に行き悩んでゐる府知事の智慧袋《ちゑぶくろ》のやうに、量《かさ》の小さい鴉の心《しん》の臟は、この怖ろしい出来事に出遭つて何《ど》うにも持堪《もちこら》へる事が出来なかつたのだ。ーと言つて、別段笑ふに
も当るまい、鴉は維新三傑の子息《むすこ》では無かつたのだから。
 ある時英国の一文豪が下院の演壇に立つて、
 「諸君吾輩が考ふるに……」
と厳《しかつ》べらしく言つてその儘口を閉ぢた事がある。暫《しばら》くして文豪はまた口を開いた。
 「諸君吾輩が考ふるに……」
 行《ゆ》き詰《つま》つた文豪は洋盃《コツプ》の水を嚥《の》んで勢ひをつけた。
 「諸君吾輩が考ふるに……」
 こゝまで漕《こ》ぎ直して来て、また黙りこくつてしまふと、皮肉な一議員は議長を呼んだ。
 「議長。尊敬すべき議員は三|度《たび》考へられましたが、到頭何一つお考へになりませんでしたな。」
と半畳を入れたので、弁士は満場の笑声《わらひごゑ》のなかに顔を火のやうにして引き下らねばならなかつた。
 大久保〔利武〕知事は、遊廓問題について府会の十七人組の前で、二十八日迄に何とか考へると約束しながら、その英国の文豪と同じやうに何一つ考へなかつた。ーそれに何の無理があらう、物を考へるにはなかなか高価な材料が要る。府知事は誠実らしい顔付と、人形のやうな夫人と、流行《はやり》の山高帽とその外《 か》色んな物を持つてはゐるが、唯一つ肝腎な物を持合はさない。肝腎な物とは他でもない、「勇気」である。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年03月03日 10時28分10秒
コメント(0) | コメントを書く
[リンクのない新着テキスト] カテゴリの最新記事


PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

愛書家・網迫

愛書家・網迫

お気に入りブログ

コメント新着

 北川 実@ Re:山本笑月『明治世相百話』「仮名垣門下の人々 変った風格の人物揃い」(10/04) [狂言作者の竹柴飄蔵が柴垣其文、又の名四…
 愛書家・網迫@ ありがとうございます ゼファー生さん、ありがとうございます。 …
 ゼファー生@ お大事に! いつもお世話になります。お体、お心の調…
 愛書家・網迫@ わざわざどうも 誤認識だらけで済みませんでした。お礼が…

カレンダー


© Rakuten Group, Inc.