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2012.02.08
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  『青年』森鴎外(岩波文庫)

 本文庫の解説を唐木順三が書いているのですが、その文章の最後に「付記」として、こんな一文が書かれています。

 付記 「青年」は明治四十三年三月より翌、四十四年八月までの間、十八号にわたって雑誌「スバル」に連載、当時鴎外は四十九歳、軍医総監で陸軍医務局長の地位にあった。

 ふーむ。わざわざこんな風に書き足したのはなぜなんでしょうね。私は唐木順三の本って一冊くらいしか読んだことがないので、こんな書き方がこの文芸評論家のスタイルなのかどうか、判断が付かないのですが、でもこのように書き足されると、改めて鴎外が大変な本職の仕事を持ちつつ、よくもまー、こんな小説を書いていたものだという思いが強く迫ってくるのは事実であります。

 ついでに、解説の本文中にはこんな一文もあります。

 漱石は『青年』の発表当時『それから』を終わって『門』を朝日新聞に連載していた。『門』は『それから』の終わるところから出発した。

 と、こうありますが、鴎外がインスパイヤーされて『青年』を書いたとされる漱石の『三四郎』は、この『それから』の一つ前の作品になり、この三作が漱石の「前期三部作」としてまとめられていることは有名な話であります。

 ところが、この『青年』、漱石の『三四郎』に比べると、面白さが全然違うんですよねー。
 と、ずっと思いながら私は本作を読んでいたんですね。でも、それはよく考えると、私の浅慮じゃないのか、と。
 まー、私が浅慮であるのは当然としましても、私が考えたのは、ひょっとしたらこの広い世界には、『青年』の方が『三四郎』より面白いと感じている人だってたくさんいるかも知れない、と言うことなんですが、どうでしょうね。
 太宰治なんかはきっとそうだったのかも知れませんね。

 とにかく、『青年』はなぜこんなに面白くないかを、ちょっと『三四郎』と比べてながら考えてみますね。

 まず、主な登場人物が圧倒的に少ないこと。主人公の小泉純一と、後には先輩の大村、女性としては坂井未亡人、……えっ? これだけ?
 もちろん本当はもう少し出てきますが、「主な」と区切れば、間違いなくこの三人だけであります。それに坂井未亡人だって、実はあまり出てきません。純一が彼女についてあれこれいじいじと考えているだけであります。

 実は、鴎外は軍人でありながら(ありながらという言い方が正しいかどうか分かりませんが)、女性を描かせると結構上手なんですね。
 凛と気高い女性から、色っぽい女性まで、なかなか見事な描写力を持っています。このあたりは漱石と比べても決して引けを取りません。むしろ漱石の方が、坂口安吾が言う如く「肉の匂いがない」せいで、色っぽさに欠けるかも知れません。
 ところが、その女性が本編にはほとんど出てこないんですよねー。『雁』なんか結構凄く色っぽかったのになー。うーん、つまんないですよねー。

 次に、エピソードが、少ない。講演会、芝居見物、未亡人宅訪問、箱根旅行、くらいでしょうか。
 『三四郎』なんか、いちいち挙げられないくらい、これでもかこれでもかとエピソードが繋がって出てきます。まー、登場人物の数そのものに差があるのですから、これもむべなるかなではありますが。

 というふうに、さほどに面白さに差があるんですが、鴎外自身はそんなところ、どう思っていたんでしょうね。
 と考えてまず思い出したのが、以前本ブログでも触れたことのある、史伝『伊沢蘭軒』中の激越な「居直り文章」であります。自分の作品を面白くないと述べる読者達に厳しく迫った一文でありますが、今回の『三四郎』との面白さの差についても、鴎外は「だから何なのだ」と超然と考えていたのでしょうか。

 もう一つ思ったのは、掲載紙の問題ですね。
 『三四郎』は朝日新聞、『青年』は「スバル」です。読者層はかなり異なっていたんでしょうね。何より本文中に、フランス語なのかドイツ語なのかラテン語なのか、とにかく始終横文字が(縦になって束になって)出てきて、それに対して何にも説明注釈の類がありません。この程度の横文字の意味の分からない者本書を閲覧すべからず、とでも立て札を立てているかの如くであります。

 では、その劣る面白さのかわりに、本書には何が書かれているかと考えますと、一つは、文学論であります。主人公小泉純一は小説家志望なんですね。『三四郎』の主人公小川三四郎が将来についてはまるで考えのない青年であることと比べますと、ここに鴎外の狙いが明らかに見て取れます。
 そして、文学論と関連して、様々な芸術論・人生論・文化論が、作品中に広がっていきます。

 冒頭に触れた唐木順三の「付記」にある如く、齢五十に満たぬながら軍医総監という軍医の最高位にすでに登り詰めていた鴎外を、肉体と社会性を持ったリアルな存在として想像してみると、彼が青春を描くにあたって『三四郎』方式を採用しなかった気持ちは、なるほどほのかに見えてくる気が、するようではありませんか。


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Last updated  2012.02.08 06:08:37
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