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近代日本文学史メジャーのマイナー

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analog純文

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2020.10.17
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  『靴の話』大岡昇平(集英社文庫)

 集英社文庫も新潮文庫と同じで、文庫本のカバーの裏表紙に当たる部分に、作品内容のまとめや評価についての宣伝文が載っています。本書のその文章の最後に、こう書いてありました。

 戦争の中での個人とは何か。戦場における人間の可能性を問う戦争小説集。

 「戦場における人間の可能性」というフレーズが、具体的に何を示そうとしているのか、もう一つよくわからないのですが、とにかく「戦争小説集」と。
 そういえば冒頭に書いた本の題名には実はサブタイトルがあって(なんか面倒くさいから省いてしまいました。すみません)、「大岡昇平戦争小説集」とあります。

 そういえば、私が例の110円の古本屋さんで本書を買ったのは、あの大岡昇平の「戦争小説集」だ、という理由が明らかにあったことを、思い出しました。

 しかし、それを思い出すと同時に、私は、自らの本作品に対する「判断と期待」に、「あの大岡昇平の」という理解が、勘違いでしかないと当然のように思い知らされ、反省と後悔をいたしました。
 私は、血沸き肉躍る(とまでは、さすがに誇張でありますが)「戦争小説」をちらりと期待していたのでありました。反省。

 ということで、大岡昇平の「戦争小説」です。
 昔、『俘虜記』を読んだ時にも、確かこの作品は「小説」ではなく「記録」ではないのかと思ったことがありましたが、まぁ、本書についてもずっとそんなことを感じ続けていました。

 そうすると6つの短編小説が収録されている最後6つ目の話「靴の話」に、こんな挿話がありました。
 「私」とは別の分隊に属していた友人が亡くなり、「私」は彼の靴をこっそり貰う。しかし後刻、友人の属していた分隊の兵士が靴を返せと交渉に来て、「私」の分隊の分隊長に追い返される(盗られるのは盗られる方が悪いという日本の軍隊の原則)という場面です。

 「私」の分隊長が兵士を追い払うのを黙って聞いている「私」の心理を、語り手(一人称の作品である以上これも「私」でありますが)は、「描き方は幾通りもある」と書いて、三種類書き分けています。 そして、こうまとめています。

 ​結局靴だけが「事実」である。こういう脆い靴で兵士に戦うことを強いた国家の弱点だけが「事実」である。​

 ここに書かれているのは、たとえ「記録」であっても、作者によって一つの言葉が選ばれて表現として定着してしまえば、そこに「記録」と「小説」の違いはないということでありましょう。「結局靴だけが『事実』である」とは、そう読むべき表現だと思います。

 もちろん私がそこに注目したのは、大岡昇平の文章の恐るべき正確さ・明晰さのゆえであります。これだけの明晰な文体で描いても「事実」は描けてはいないのだという筆者の文章に対する心構えであります。

 思いますに、少なくとも昭和という時代以降に(明治なんて時代にはひょっとしたら恐るべき表現者がいたような気もしますので)、これだけ明晰に日本語を操っている作家は、わたくし寡聞にして思い浮かびません。
 この明晰さは、読者を快感に導くものであり、間違いなく大岡作品が読まれ続ける大きな魅力の源泉になってします。

 しかもこの明晰さは、時に結果として諧謔をも生み出します。これがまた一陣の爽風のように素晴らしい。
 ちょうどこんな一節がありました。

​ 我々が受けた退船訓練は滑稽なものであった。傾く船の反対側から降りろとか、潮流の方向を見きわめて下の方から飛び込めとか、実際に当ってとても実行できそうもないことばかりであった。出発前の軍装検査の時、廻って来た年老いた佐官の質問に答えて、我々の一人が教えられたところを暗誦すると、老人は溜息して「こういう心得のある兵隊ばかりであったら、我軍の損害も僅少で済むんだが」といったが、近代国家の軍の首脳部にこういう善良な低能が存在し得るのは驚異である。私は私が無事マニラに着けるなどとは思わないことにし、門司で有金残らず飲んでしまった。​

 しかし、最後に、わたくし思うのですが、このような理の勝って、絶えず現実を明晰に分析しようとする精神は、時に、その精神の持ち主にとっても重苦しくはないのでしょうかね。
 四六時中これで、しんどくないのでしょうか。

 ……うーん、私のようにアバウトの極みのような思考能力では、とても想像できるものではありませんが、古今東西天才的な頭脳の持ち主が、心ならずも自ら死を選んだりするのは、ひょっとしたら、このせいでありましょうか。

 また、神代の昔から人間世界にアルコール飲料があり続けるのもまた、これゆえ、でありましょうか。


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Last updated  2020.10.17 11:20:16
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