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2017/03/27
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物見塔から続く回廊を、整然とした軍靴の列が進む。
先頭をゆくアルブレヒトの周囲に、フォルクマールを含め女王の騎士たち。
最後尾のティアナは、愁いを含んだ薄灰色の瞳を意識して前方に向けた。
かつてはユベール率いるザンクトブルク竜騎兵隊の、濃紺の制服に身を包んでいた彼女も、騎士の一従者に戻った。
おもむろに、回廊の分岐点で敵兵と遭遇する。
宰相軍の歩兵隊――だが十名足らずの小隊では、足止めにもならない。
片を付けたアルブレヒトがサーベルについた血を払い、騎士たちに命じると、各々が散っていく。
ティアナが小さく息を吐いたときであった。
「っ!」
背後から口元をふさがれ、柱の陰へと引きずり込まれる。
身をひるがえし拘束を解こうとした彼女は、今度は驚きで声を失った。
「静かに・・・頼むよ。」
そう言って彼女を解放したのは、赤毛のテオドールだ。
「テオドール様っ。貴方と陛下が姿を消したと大騒ぎで。今だって皆、陛下の捜索に。」
テオドールは険しげな表情で、アルブレヒトを見つめる。
黒獅子の隣には将校らの姿があり、側を離れる様子はない。
テオドールは、ティアナの肩を引き寄せた。
「お前、陛下のために尽くせるか。」
「え・・・」
「陛下とアルブレヒト様を救うために。皆のために。お前に託してもいいか。俺が行けば騒ぎになって、陛下の御心が無為になってしまう。だから俺の代わりに伝えてくれ。」
他の誰にも気づかれぬように。
「アルブレヒト様おひとりで来てほしい。陛下のもとへ。」

* * *


フィアノーヴァ城の北東に造られた、ささやかな庭園。
元はよく手入れされていたのだろう。
遊歩道の敷石は黄味がかった温かな風合いを残してはいるが、繁茂する緑にのまれかかっている。
往時のように咲き誇るのは、紫色のヤグルマギクの花弁。
だが今は花々を踏みしだき、歩哨たちが警戒の色を強めていた。
最奥にある東屋から地下へと延びる階段の先は、アーチ状の伽藍をもつ小ホールであった。
壁に備え付けられた古めかしい照明たちに照らされ、レティシアはさらさらと流れる水音に意識をひたしていた。
中央通路の両側には、幾何学模様に組まれた水路。
穏やかな流れが、幾多の泡沫をくり返し生み出す。
宰相の軍に水利施設を破壊され、城内の水は枯渇しかけていたが、この水路は空間内部で循環しているのだった。
迷いが胸をよぎる。
テオドールと共に、宰相軍のもとへ身を投じる道もあっただろう。
だが、それでは――

やがて、折り目正しい靴音が響く。よく耳なじんだ音だ。
仄暗い闇から、アルブレヒトが姿を現した。
周囲から、あらゆる熱が消え去ったような錯覚。
彼の黒衣は、穢れを隠してしまう。
だが銀色の髪や彫像のような白い肌には、いまだ乾かぬ返り血が鮮烈な痕(あと)を残している。
しばし主君と視線を交わした彼は、静かに跪(ひざまず)いた。
「アルブレヒト――」
遠くから、爆音が立て続けに響いた。
「戦いの、大勢は決したのでしょう。」
女王の言葉にも、アルブレヒトは沈黙を貫く。
「テオドールから聞きました。落城となれば彼らが敵陣に斬りこみ、私と貴方だけは脱出させると。でも城外を幾重にも包囲されて、まして私を連れて、貴方であっても突破など出来るはずがない。」
視線を床に落とした黒獅子の騎士の姿は、恭順にも拒絶にも見えた。
女王は、つとめて感情を抑制する。
「私と、フライハルトの未来のために、貴方は尽くしてくれた――でも、アルブレヒト。貴方の戦いは、終わった。」

しじまに耐えながら、女王は返答を待った。
アルブレヒトの決断がない限り、騎士たちが戦いを放棄することはない。
「抜かれた剣を、貴方ならば鞘に納めることもできる。貴方に従った皆を、死なせないで。テオドールやティアナ・・・いいえ、この城にいる兵士すべて。私と貴方が、共に守るべき者たちなのだから!」

* * *


一方、ユベールと竜騎兵たちはヴァレリーの残した言葉に従い、北へと歩を進めていた。
城の背後にいかめしくそびえる、峻厳な峰々。じきに、日が陰る――
しかし彼らの行く手を遮ったのは、敵方のバリケードだった。
路地が荷車やら樽やらで封鎖され、数名の守備兵も配置されている。
レオが低くうなった。
「建物の通路を抜けて、向こう側へ出ることも可能ではありますけど。」
「レオ、あんなバリケードを、さっきも見たような・・・」
「確かに、城の西側にも何か所か。」
「――分隊長、急ぎ伝令を!バリケードの制圧を優先せよと!」
狭い城内の通路を塞がれ、火でも放たれれば・・・兵士たちは逃げ場を失ってしまう。

その時、巨大な爆音が上がった。
振り返ったレオの目に映ったのは、窓という窓から炎を吹き出して燃える、主塔の姿。
「くっ・・・」
あの中に、敵味方どれだけの者たちがいるのか。
だが、感傷にひたる余裕はない。
おもむろに銃声が連続して響く――もっともそれは、彼らを狙ったものではなかった。
数フィート先の建物の陰から、一人の男が追い立てられるようにして姿を現した。
続く一発に足元を撃ち抜かれたか、膝から崩れ落ちそうになるのを耐えて、ようやく路地に身を隠す。
「テオドール!」
ユベールが引き留める間もなく、レオンハルトが男に向かって飛び出していた。
かつての友人、騎士テオドールに駆け寄ろうとしたレオの、肩先を銃弾がかすめる。
彼らを遠巻きに囲むように、敵兵の一軍が展開する。
指揮するのは、真白い軍装に金色の長い髪を束ねた騎士、フォルクマールであった。

なぜフォルクマールが、同じく女王の騎士であるテオドールを狙うのか。
事情を理解できたわけではない。
ただ反射的に旧友――グストーに使えて以来ずっと反目しあってきた、失った友情の名残が、レオの背を押してしまったのだ。
「これは、天の配材とでもいうのでしょうか。レオンハルト・・・それに、ローレンツ大尉。」
フォルクマールは、常と変らぬ涼しげな眼差しを崩さない。
「陛下は・・・」
苦心して息を整えたテオドールが呟く。
「誰もこの先に、行かせるわけには・・・陛下には時間が必要なんだ。あと少し・・・」
ユベールは周囲に視線を走らせ、状況を読み取ろうとする。
敵は軽装の小隊規模。軍衣からして近衛の歩兵隊であろう。
決して厄介な相手ではないが――
ユベールの知る限り、フォルクマールは怜悧な策謀家であり、同時に王国の体制護持を最も強硬に主張する男だ。
この期に及んでも、彼の脳裏に降伏の文字はあるまい。
一方のフォルクマールも視線をユベールに移し、何事かを探っている。
ユベールが静かに、剣を握り直した。
その姿に、フォルクマールもサーベルを抜き放つ。
「アルブレヒトも、酷なことをする――その左腕は、もう動かないのでしょう。自由のきかぬ体で、敵地に乗り込むのも大概だが。」
言い終わらぬうちに、フォルクマールの鋭い切っ先がユベールの喉元を捕えようと迫る。
間に入ったレオンハルトが、その剣を受け止めた。
フォルクマールは、優美な口元に侮蔑をにじませる。
「おやめなさい、レオンハルト。実戦経験もない君が、宰相の「騎士」など務めてこられたのは、ブランシュ伯爵家とアルブレヒトの威名ゆえだと分かりませんか。」
流れるように繰り出される剣に、かろうじて合わせていたレオも、徐々に息が上がり歯を食いしばる。
力任せに弾き返し、わずかな距離を取って構えを整える。
「・・・もう勝ち目はないのに、騎士の名誉やら面目やらって、皆を死なせるのか。」
「国のありさまを、正道にただす――アルブレヒトの使命に殉じるのが、我らの役割だ。」
「あんたは・・・!」
レオンハルトの一太刀を、フォルクマールは高い位置で受けた。
言い尽くせぬ憤りに、レオの頬が歪む。
この男の心には、レティシアの望みも苦しみも響かない。
「そんなもんが、女王の騎士かよ!」

* * *


――あれはレティシアの戴冠式の日。
まだ15の少女がフライハルトの女王となり、彼女に仕える8名の騎士を叙任した。
ブランシュ伯爵家にとっては、アルブレヒトが至上の栄誉である「黒獅子の騎士」の名を戴いた晴れがましい日。
長いこと地方に送られていたレオも、この日ばかりは王都に呼び戻され、ブランシュ家の一員として宮廷に入ることを許された。
「レオ・・・?レオンハルトなの?」
「姫様!い、いえ、レティシア陛下っ」
晩餐の席で思いもよらずレティシアから声をかけられ、レオは動転しながら胸に手を当てお辞儀をする。
遠い昔に別れたきりの、幼なじみ。
「よかった。もうずっと手紙のやり取りばかりで――会いたかった。」
高雅に、まばゆいほど美しく成長したレティシアの姿に、臆してしまいそうだった。
「俺も・・・あの時の誓いは、忘れていませんよ。」
さすがに騎士にはなれなかったけれど、と彼は気恥ずかしさから付け加えてしまった。
その時のレティシアの複雑な、どこか悲哀を含んだ表情に、レオはずいぶん後悔したものだ。
余計なひと言で、せっかくの再会に気まずい思いをさせてしまったと。
だが今思えば、既にレティシアは王家の騎士という存在に、齟齬を感じ始めていたのかも知れない。
「陛下、次のご予定が迫っておりますので。」
アルブレヒトが二人の対話を遮ると、彼女は唇だけで「また会いましょう」と言って寄こした。

着替えのために支度部屋へ向かう途中、アルブレヒトは感情の乏しい声で言う。
「これからは一層、ご交友の相手も吟味せねばなりません。」
彼の襟元は、新たな徽章で飾られている。
黒獅子の騎士――まだ幼かった頃は、いつか自分と無上の信頼で結ばれる相手だと、純粋に誇らしかった。
「アル・・・教えてほしい事があるの。」
「私にお答えできることであれば。」
「父上の黒獅子は、どうしているのかしら。」
レティシアの父、亡き先王に長く仕えた黒獅子の騎士。
彼女もよく知る男は、今日の戴冠にも叙任式にも姿を見せなかった。
「あの御方は私に訓育を授け、務めを果たし終えられました。」
「・・・それは、答えになっていないと思う。」
騎士の叙任と違い、黒獅子の継承は王家も立ち入れない秘儀だという。
アルブレヒトは歩みを止め、前方を見すえたまま言う。
「フライハルトの黒獅子は一旦その座を受け継げば、生涯を主君にのみ捧げる。そして、この国に黒獅子は二人と存在しない。そういうことです。」


* * *


「――貴女はご自分の言葉の意味を、ご承知なのか。」
重い口を開いたアルブレヒトの言葉に、抑えきれぬ憤りがにじんだ。
「我らは、この戦いを降りることはできぬのです。陛下の考える変革が成功してしまえば、この国の秩序が崩れる・・・民が力を持ちすぎる。いずれ彼らは、フランスのように共和化を求めるやもしれない。グストーの目論見は、陛下の主権をそぐことに他なりません。」
レティシアは彼に向かって差し伸べかけた手を、胸の前で結んで静かに下した。
「アル・・・貴方のいう通りなのかも知れない。私の治世か、その先に、フライハルトが王の統治を必要としない――そのような時代が来るのかもしれない。でもそれが国を救うことになるなら、受け入れようと決めたの。」
「陛下!」
「これが私の本心。誰かに欺かれてのことではありません。」
長い沈黙の中で、人工的なせせらぎの音だけが響く。
薄明りのゆらぐ空間で、影がうねる。
ようやく口を開いたのはアルブレヒトであった。
「私にも背負うものがある。黒獅子の使命は、王権に仇なす者を排除すること・・・お分かりになりませんか!だから、だからこそ、貴女が“正気”だと認めることはできぬのです。王家の解体を容認するような――それが本心だというなら、私は・・・」
アルブレヒトの手が腰に佩(は)いたサーベルへと伸び、柄がくい込むほどきつく握る。
彼の中で、何かが音を立て軋(きし)みはじめていた。
「陛下・・・私たちは、互いに深く踏み込みすぎたようです。」
そうなのかも知れない。
歴代の君主と騎士たちのように、ただ誓約に忠実でさえあれば。
これほどの辛苦を与え合わずに済んだだろう。
「アルブレヒト――」
自分が男であれば、これほど長い時を共にしていなければ・・・
彼がアルブレヒトでなければ、感じずに済んだのかもしれない。
己が愛する者の、自我と誇りを砕いてゆく音を――
「・・・っ」
アルブレヒトはサーベルを抜き放ち、逆手で振り上げると石畳の床に突き立てた。
破砕した切っ先が、光を反射しながら散る。
女王に背を向けたアルブレヒトの、かすれた低い声が告げる。
「参りましょう。戦いを終わらせることが、ご命令ならば。」
レティシアは言葉が見つからず、ただうなずく事しか出来なかった。
彼女は地下道の扉を見上げる。
あの扉を抜ければ、アルブレヒトは・・・騎士であることを手放し、咎を負うのだ。

先に立って進んでいたアルブレヒトが立ち止まり、振り返る。
「一つだけ、陛下にお聞き届けいただきたい事がございます。」
しばらくのためらいの後、男は言葉をつなぐ。
「陛下はフォルクマールに疑念を持たれておいでなのでしょう。確かに王室裁判の一件で、あの男は宰相を陥れようと企んだやも知れません。しかしそれは、私をかばうためでもあった。」
「貴方を、かばう・・・」
「エグモント殿下の銃が暴発するよう細工をほどこし、狩猟中に葬り去ると・・・」
灯火に照らされたアルブレヒトの白銀の髪には、緋色の飛沫が無数に散る。
その光景は、忘却を許さぬ忌まわしい記憶を呼び起こす。
「企てを認め遂行を命じたのは、私なのです。」

むせ返るような、強い血の匂い――
あの8年前の日、失望と怨嗟にエグモントは正気を失いかけていた。
妻を繰り返し打ちすえるエグモント・・・引きとめたアルブレヒトの首元に、ナイフが突き立てられようとする。
「アル!!」
無我夢中で夫の猟銃を抱え込んだレティシアが、銃口をエグモントに向け、震える指を引き金にかける。
「陛下、なりません!」
痛いほど強く、アルブレヒトの手が猟銃を跳ね飛ばした。
壁に当たって跳ね返った銃をエグモントが拾い上げ、狙いをレティシアの額に定める。
黒獅子の 騎士が全身で主君を覆うように、強く抱きしめる。
刹那、飛び散った赤い飛沫が、アルブレヒトの銀色の髪を雨のように濡らした――


アルブレヒトは、罪の告白に沈黙するレティシアの顔を見つめていた。
彼女の深い蒼色の瞳には、動揺も驚愕も見て取れない。ただ静かな哀しみが宿るだけ。
「陛下・・・貴女は・・・」
レティシアがかすかにうつむくと、金色のゆるやかな髪がひとすじ頬にかかる。
彼女には長いこと、確信があったのだ。
なぜアルブレヒトは自分から猟銃を奪わず、エグモントの手に渡らせたのか。
引き金を引こうとするエグモントを止めもせず、彼女の防壁となることに徹したのか。
「貴女は、ご存じだったのか。私が・・・なら、貴女は・・・」
エグモントの死後に暗殺の嫌疑をかけられ、執拗に糾弾されたグストーはフライハルトを去った。
レティシアがグストーを引き留めたければ、真の咎人(とがびと)がいることを明かせばよかったのだ。
「真実を明かされれば、あれほどの悲嘆に苦しまず済んだ。」
だが女王は、アルブレヒトを守る道を選んだのだ。
「私も、真実を隠し通そうと決めたの。アルひとりの罪じゃない。」
差し伸べられた女王の手をアルブレヒトは拒み、後ずさるように距離をとる。
噛みしめた口元から、うめくような吐息がもれる。
「レティシア、もはや・・・」
その先の言葉を、アルブレヒトは打ち切った。
黒衣の裾をひるがえすと、彼は外界へ通じる階段を上り始めた。






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Last updated  2017/03/28 07:59:57 PM
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Re:天空の黒 大地の白(5-83)贖罪(1)(03/27)   千菊丸2151 さん
レティシアが告げた真実・・何だか衝撃的で、悲しくて残酷なものでしたが、彼女がそうせざるおえなかった状況を理解すると・・戦いの行方が、気になります。 (2017/03/28 03:56:17 PM)

Re[1]:天空の黒 大地の白(5-83)贖罪(1)(03/27)   black_obelisk さん
千菊丸2151さん
レティシアも、率先して王権を放棄するつもりはないと思いますが、必要ならば、どういう選択肢もテーブルに載せておく決意のようです。
彼女はアルブレヒトを守りたいけど、自分の思う道を進むと、彼の存在を否定せざるをえない、矛盾をずっと抱えてます。 (2017/03/29 07:20:21 AM)


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