春 景 色
晴れだったが、竹林が風に揺すぶられて、彼がデッサンしようとする
風景を乱した。
しかし、絵具箱を閉じてからも、彼は三脚を動かそうとはしなかった。
紅殻のはげた谷川の橋であった。
谷へ来る人を待つには、橋の上ほどいいところはない。
風景では竹林が動いているにかかわらず、杉林は静まっていた。
竹林には朝が早く訪れ、杉林には夕が早く来る。
しかし、その時は昼であった。 昼は竹林のものである。
竹の葉は羽ばかりのとんぼの群れのように、日の光と
楽しく戯れるものである。
その時も風と日の光とがあった。
竹の葉と冬の光との古典的でささやかな舞踏をじっとながめていると、
彼は風景を乱された腹立たしさを忘れてしまった。
竹の葉にこぼれる光が、さらさらと透明な魚のように
彼の中を流れた。
著者: 川端 康成
昭和27年2月25日 第1刷発行
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最終更新日
2020年02月06日 21時52分53秒
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