人 生 論 ノ ー ト
死について、幸福について、懐疑について、偽善について、
個性について、など23題----ハイデッガーに師事し、
哲学者、社会評論家、文学者として昭和初期における華々しい
存在であった三木清の、肌のぬくもりさえ感じさせる珠玉の
名論文集。
その多方面にわたる文筆活動が、どのような主体から生まれた
かを、素直な自己表現のなかにうかがわせるものとして、重要な
意味をもつ。
死 に つ い て
近頃私は死というものをそんなに恐ろしく思わなくなった。
年齢のせいであろう。
以前はあんなに死の恐怖について考え、また書いた私ではあるが。
思いがけなく来る通信に黒枠のものが次第に多くなる年齢に
私も達したのである。
ここ数年の間に私は一度ならず近親の死に会った。
そして私はどんなに苦しんでいる病人にも死の瞬間
には平和が来ることを目撃した。
墓に詣(もう)でても、昔のように陰惨な気持ちになることが
なくなり、墓場をフリードホーフ( 平和の庭ーーーー 但し
語原学には関係がない )と呼ぶことが感覚的な実感をぴったり
言い表していることを思うようになった。
著者: 三木 清
1897(明治30)年、兵庫県生まれ。
京都帝大で西田幾太郎に学んだ後、ドイツに留学。
リッケルト、ハイデッカーの教えを受け、帰国後の
処女作「パスカルに於ける人間の研究」で哲学界に
衝撃を与えた。
法政大学教授となってからは、唯物史観の人間学的
基礎づけを試みるが、1930年、治安維持法違反
で投獄、教職を失う。
その後、活発な著作活動に入るが、再び検挙され、
敗戦直後、獄死した。
昭和29年9月30日発行
平成23年10月5日 105刷 改版
発行所: 株式会社 新潮社
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最終更新日
2021年10月28日 09時39分42秒
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