|
カテゴリ:映画
ジャネット・ジャクソンのドキュメンタリーの放送で、CSヒストリーチャンネルを見ていると、ちょっと他にも見てみたくなるような番組予告がある。その中の一つが、「将軍様、あなたのために映画を撮ります」'16 だ。これはれっきとした映画で、BBCも絡んでいるイギリス製作、日本でも劇場公開されていた。本編97分出そうだから2時間枠で、概ねノーカットなのかな。
![]() キム・ジョンイルが映画好きであったことは知られている。ゴジラや寅さんもお好みだったそうで、北朝鮮で製作される映画は、類型的なものばかりなのに不満があって、世界レベルの映画を作りたいと本気で考えていたようだ。そこで、南の優秀な映画人を招きたいと考えたけれど、招待に応じるわけはなく、“拉致”という形を取ることになる。体制的には、まだキム・イルソンの時代だったけれど、既に実権はジョンイルが握っていたという。あの人は、意外や、アーティスト的な一面を持っていたというのだ。 まず拉致されたのが人気女優だったチェ・ウニ。尤も、香港で拉致された時に彼女は既に50代だった。北朝鮮に着いて、彼女を迎えたのは、何と、ジョンイルその人だった。彼女は、一種の教育として、ジョンイルからロシア映画「女狙撃兵マリュートカ」'56等を見るように言われたという。そういう映画を作って欲しいというニュアンスだったのかどうか。 彼女を捜していた、元夫のシン・サンオクも香港で拉致される。シンは当初、脱走を試みたが捕らえられて拷問を受け、チェと再開したのは5年後だったという。二人はジョンイルから潤沢な予算を得てシン・フィルムを設立し、比較的自由な映画製作を許されるようになる。韓国時代に資金繰りに苦労していたシンには渡りに船で、そこで製作された最後の方の1作が、先の「プルガサリ」だったということだ。 二人は海外の映画祭にも行けたし、海外ロケも行えた。チェ主演の「塩」という映画は、モスクワ映画祭で賞を受賞さえした。ジョンイル的にはご満悦の出来事だったろう。しかし、二人には常に監視員の目が光っていた。シン自身は映画作りに励んでいた様子で、韓国でも自発的亡命と見られていたが、脱出の機は計り続けていた。ついに二人はオーストリアでアメリカ大使館に駆け込んで亡命を図った。 チェがジョンイルと接する際には、常にハンドバッグにテープレコーダーを忍ばせていて、会話を録音していたのが、実に大胆かつ賢かった。その時の音声が、彼女の拉致の証拠となったし、この映画でもふんだんに使用され、ジョンイルその人の嗜好を知る貴重な資料となっている。一方のシンの方は、アメリカへの亡命、韓国帰国後も自発的亡命の疑惑が晴れずに不遇の時を過ごしたようだ。留学経験もあって日本語も堪能で、この映画でも彼の語りは日本語によるもの。アメリカでは「クロオビ・キッズ」シリーズの製作で、そこそこ活躍はしたようだけど。 なかなか数奇で興味深い1作だった。ちょっと、こうなると、シンの北朝鮮時代の映画を観てみたい気はする。あと、シンらが去ってジョンイルが総書記になってから製作された、北朝鮮版「タイタニック」と言われる「生きた霊魂」を観てみたいもんだな。現指導者のジョンウンは、父と違って映画などには興味が無さそうだけど、こういうエピソードを垣間見ると、ジョンイルにいくばくかは親しみを感じてしまったりもした。勿論、横暴な独裁者以外の何者でもないのは承知の上ながら。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022年07月04日 09時51分35秒
コメント(0) | コメントを書く
[映画] カテゴリの最新記事
|
|