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カテゴリ:第6話 牙城クスコ
そんな!!…――という衝撃が、コイユールの表情にハッキリと浮かび上がる。 コイユールは、そのような己の反応を慌てて隠すように、さっと地面の方に視線を移した。 その彼女の様子に、アンドレスの胸は締め付けられるように苦しくなる。
そして、意を決したように、アンドレスの苦しげな瞳を見つめた。 しかし、すぐに耐え兼ねるように、再び、さっと視線をそらした。 それから、小さな擦れた声で言う。
「え…」 「私…アンドレスが、最前線で、どんなに危険に晒されて戦っているか聞いているの…。 どうか…どうか、命だけは…ね…アンドレス……」 アンドレスの目の前で、今、声を詰まらせているコイユールは、まるで己の本心に固く蓋をして、相手の視線から逃がるかのように身を縮めたまま、小刻みに震えている。 (コイユール…!!)
悲しい、寂しい、不安だと言って泣いてもいいのに、健気(けなげ)にも気丈にこらえるコイユールの姿は、己が突き放してしまっていた数年間の帰結としての、埋め難い遠い距離の隔たりのごとくに…――甘えてはいけないと、己に受け留める度量無しと、暗黙に突き付けられているかのようにさえ感じさせる。
じっと目を伏せるようにして、うつむいているコイユールの脇で、アンドレスの横顔も苦渋に歪む。 彼は、それから、頭を冷やすように上空を仰ぎ、深夜の森の冷気を吸い込んだ。 そして、懸命に心を落ち着かせて、コイユールの方に再び向き直る。 うつむくコイユールは唇をギュッと固く結び、やっと見開いた目元には険しささえも宿して、己の周りで次々と展開していく奔流に流されまいと、必死で足を踏み締め、耐え抜こうとしているかのように、アンドレスには見える。 その姿は非常に健気で気丈であるのだが、それ以上に、あまりにも儚げで、痛々しい。
(だが…俺のことだけなのか…? コイユールの、この苦しそうな様子は…) 深く打ちひしがれたようになっているコイユールを目前にして、その彼女の苦しみを除きたいと真剣に思えばこそ、今、アンドレスの頭は、ただ感情に流される状態を凌駕して、冷静さを手繰り寄せていく。
実際、自分の此度の遠征の件は別としても、コイユールが、何かとても重いものを背負っているように見えてならない…――という直観が、アンドレスにはあった。 (そういえば…あの時も…!) 先日、ロレンソと共に歩む治療場の路上で、コイユールに偶然に鉢合わせたあの時、彼女の目が懸命に何かを訴えようとしているように見えたことを、今、アンドレスは鮮明に想起する。
そう確信して見入るアンドレスの目は、コイユールの瞳の奥に、何か、まるで叫ぶかのような色が潜んでいるのを鋭くとらえる。 「コイユール…君の方こそ、何かあったのでは?」 コイユールの目が、再び、大きく見開かれた。 「…!!」 「コイユール、何があったのか、話してごらん。 どんなことでも!」 アンドレスが、誠意溢れる声で言う。 コイユールは、トゥパク・アマルの治療中に見た不吉な予言的光景のことと、そして、トゥパク・アマルの『誰にも言ってはいけない』という言葉を噛み締めたまま、言葉を発せずに立ち尽くす。
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