日本へ帰るという朝、六時。最後に活発な朝の営みをもう一度、と道端に座り続けている。寒くて腰巻を体に巻きつけている。ちょうど、隣に台車を転がしてきたみかん屋が止まった。ここで営業するつもりらしい。早速おっちゃんにお金を渡す。朝一番の客におっちゃんは仰々しくお金を頭の上に挙げて目礼した。今日も一日やるぞ、という意気込みを感じた。目の前を、リキシャー人人人リキシャーオートリキシャー牛人人人。
犬二匹が喧嘩をおっ始めた。そこをゆっくり歩いていた牛が、突如犬目掛けて走りだし、喧嘩を止めさせた。犬の喧嘩の仲裁をしたことより、インドの牛が走ったことに驚く。
目の前にポンプがあり、人々が水を汲みに来る。そのおじさんもそういった人々のひとりであった。バケツに水を汲み、脇に置いて、もうひとつのバケツにポンピングして水を入れている間に、密かに牛が忍び寄り、ごくごく置いてあったバケツの水を飲んでしまい、しなやかに素知らぬ顔をして歩いていってしまった。そのおじさんが振り向いて、あれっという顔をして私を見る。漫画の世界か。
インドでもある薬用成分のある棒を歯ブラシに使う。次に来たおじさんは、得意そうに私を見ながら、にやけながら歯を磨いていたのだが、歯磨きに集中していなかったのか、棒を喉奥に突っ込み過ぎた。オエー。彼は吐いた。君はコメディアンか。
感傷的観賞であった。
寒いのは続くので、暖かいティーを飲むことにして近くの掘立て小屋に行く。朝から数人座ることのできる店は繁盛している。そこに乞食かクーリー(苦力)か、無茶苦茶汚れた服を着た、垢か地か分からない真っ黒な顔をした男が、本当に大事そうに一杯のチャイを啜っている。ゆっくりゆっくりと。彼は、飲み干すと、汚れた小さな財布を出した。一ルピー硬貨が五、六枚見える。もし、これが彼の全財産なら、何てダンディな奴なんだ。彼は、一ルピーを渡して、雑踏の中へ消えて行った。
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