今日は小料理屋で接待を受けた。お土産はその店の名物のうどんであった。
男女差の話題は全くなかったのであるが、帰りの電車の中で少し考えたふりをした。
遅れている訳でもないのに、金曜日の23時台の電車が、朝の通勤ラッシュ並に込んでいて、本を開く隙も隙間もなかったのである。
人は当然、他人との警戒距離、許容範囲の距離を持っているが、満員電車ではそれは我慢する。何故我慢できるかといえば、密着している人間を人間と認めず、モノとして認識するよう脳が騙すからだ。多分。しかし、やはり男とひっつくと臭くて嫌だし(酔っ払い率93%。酔っ払いの代表は私)、女性とひっつくと、痴漢に間違われそうなので、腰が引けてしまい余計に辛い体勢となってしまい、体も気も疲れる。やっぱり脳を騙しきれない。
男女の差って何だ。例えば、地図を読むのが得意なのが男で、やたら記念日を覚えているのが女、などと、一般的傾向を違いを嬉々と述べた本もあるが、それは傾向に過ぎず、違いではない。
違いと言えば、例えば、子供を産める(産めない方もいるが)のが女であろう。差は、そういった身体的なことしかないのかも知れない。先天的なものである。
そういえば、頭がいいとか運動神経がいいといって誉められても、先天的なものは仕方ないのである。それで誉められて喜ぶ人はバカだ(悪い気はしないだろうが)。
頭のいいことや運動神経がいいことの上に努力して得たものは誉められるであろうけど、それなら頭が悪かったり、運動神経がにぶくても、他の道を選ぶことが大事なんだなあ、と教条的に思っていると、やっと満員電車から解放された24時。
こんな時間満員電車、狂ってる。
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