圧倒的な緊張感に満ちたコーエン兄弟の「ノーカントリー」
★ノーカントリー(2007年・アメリカ 9月24日早稲田松竹にて) コーエン兄弟のアカデミー賞受賞作。麻薬取り引きのトラブルで宙に浮いた大金を手にした男が、ブキミな殺人鬼に追われるお話。殺人鬼を演じるハビエル・バルデムは、アカデミー賞も納得の圧倒的な存在感。登場人物の生死を支配するだけなく、観客の恐怖感をも支配してしまう。 とにかく、始まった途端に「後悔」した映画。「DVDにしておけばよかった」(爆)。それくらいオープニングから30分くらいの緊張感はすさまじかった。かつてのホラー映画にあったような「来るぞ、来るぞ」の緊張感。コーエン兄弟は暗闇の恐ろしさで、観客を釘付けにしてしまう。 その緊張感は、その後も途絶えることがない。トミー・リー・ジョーンズのくたびれた保安官が少しばかりの安息を与えてくれるものの、後は追いつ追われつのサスペンスが続く。ここで面白いのは、追われる男は冒頭のハンティングに象徴されるようにアナログなサバイバル術を身につけているのに対し、殺人鬼はしっかり「科学の子」なのである。発信機で居場所をさぐり、酸素ボンベを使った殺人エアガンで殺戮をくり返す。 と考えると、一見文学的ともいえる雰囲気を漂わせながら、その実体はモンスター・ムービーではないかと思えてくる。モンスター・ムービーをコーエン兄弟のアート感覚で武装すると、アカデミー賞も受賞するサスペンス映画になるということが…。 しかしながら「ブラッド・シンプル」や「バートン・フィンク」の時代からコーエン兄弟が好きだった身には、少々残念な気持ちがないではない。どうして彼らならではのユーモアを封印したのか。あの殺人鬼は存在そのものが理不尽すぎて、もっと笑える存在になっていたはず。しかし、この映画では、できる限り笑いの要素を抑え、彼の不条理を描き切る。確かに、だからこそこの映画は最後まで緊張感を保ち続け、アカデミー賞まで受賞する作品になったのだろうが…。 これがコーエン兄弟の集大成となるのだろうか。実際、いくつものシーンで、彼らの過去の作品のイメージが重なる。ユーモアがまるでないわけではない。ただ、この映画では「あえてユーモアを抑えた」と思われる演出がなされている。それをどう思うかで、この作品の評価は変わるのではないだろうか。個人的には「ちょっと違う」感に、ずっと悩まされてしまった(コーエン兄弟の過去作品を知らなければ、これは充分に傑作なのだろうが…)。(C) 2007 Paramount Vantage, A PARAMOUNT PICTURES company. All Rights Reserved.