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カテゴリ:蒼鬼
そう言うと、日蔵は手に持っていた数珠を揉みしだきながら、低く響く声で真言を唱え始めた。
鬼はしばらく身をすくめながらもなお日蔵の足元に蹲っていたが、やがて真言の威力に耐えかねたのか、よろよろと立ち上がった。そして、日蔵の方へゆっくりと頭を下げると、そのまま日蔵の脇を通り過ぎる。日蔵が後ろを向き直ると、鬼は巨大な身体を折るように肩を落とし、痩せた足を引きずって、暗い山道を降りて行くようだった。 その後ろ姿を見つめながら、日蔵は回向を続けていた。地獄へ落ちたという女の苦しみを少しでも和らげるために。 でも、日蔵にはわかっていた。女が、決して救われはしないことを。自らその心を魔物に奉げたという女の罪は重い。その魔物との愛欲に穢れ果てた魂を、地獄の炎で清めるには、一体どれほどの月日がかかることか。それは、永遠にも等しい時間であろう。 そして、日蔵は去っていく鬼の蒼い後姿を見ながら思った。 人間への愛憎の想いに狂わされた者は、やがて蒼い鬼……紺青鬼になるという。その蒼さは、女への執着と満たされぬ愛欲の想いの化身。あの鬼は、これからもずっとその蒼い炎に焦がされながら、苦しみ狂わされ続けていくのであろう。おそらく、永遠に……。 日蔵の目の前で、木立の暗がりを照らしていた蒼い光は、次第に小さくなっていった。光の中心にあった暗い影も、やがて薄れて見えなくなった。 そして、小さな鬼火に姿を変えた蒼い鬼は、吉野山の漆黒の闇の中へと消えて行った。 (了) ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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長いあいだ楽しませて(結末は重いですが)いただきました。
ありがとうございます。 染殿后と鬼の逸話をどのように料理していくのかとても興味がありましたが、多くの資料を踏まえつつ、ゆりさん独特の解釈も加えた結末まで、注目し続けておりました。 この作品はもう少し熟成させてからどこか別の場所で発表できればいいですね。このまま終わらせてしまうのはもったいない。 ここまでこの逸話を掘り下げた方は他にはいらっしゃらないと思いますので......。 おつかれさまでした。今後も期待しております。 (2008年07月29日 23時55分23秒)
そうだったんですね~^^;
「さねさしさん」のコメントも合わせて、大変参考になりました。ありがとうございます。 しばし、幻想的な世界を楽しませて頂きました。 また新作を楽しみにしてますね~♪ (2008年07月30日 19時48分18秒)
さねさしさん
長い連載におつきあい頂き、誠にありがとうございました! この作品を書いていた当時は、「せっかく集めた説話のエピソードは、何が何でもつなぎ合わせて全部利用しなくては!」といった感じ(笑)だったので、作品全体にずいぶん無駄な部分が多いような気がします。(華々しく登場したはずのキャラが、そのまま引っ込んで消えていったり…^^;) 小説家としてデビューした暁には(←あ、あくまでも、夢! 夢ですよ…汗)、全面的に書き直して発表できたら良いな~と思っています♪(爆) (2008年07月31日 12時04分22秒)
nonmama-nsさん
長い間お付き合いいただき、どうもありがとうございました~! 次の連載は、もう少しリアルな作品で、ファンタジーな存在?は出てきません^^;。 また違った雰囲気だと思うので、よろしかったらおつき合いくださいね♪ (2008年07月31日 12時09分24秒)
mikaniroさん
いつも最後までお読みいただき、本当にありがとうございます! 次の連載は、私にとっては初めての、奈良時代を舞台とした作品です。 (説話などを下敷きにした「蒼鬼」とは違って、私のオリジナルな創作もの) よろしかったら、またおつき合いくださいませm(__)m (2008年07月31日 12時20分51秒) |