きりぎりす -50-
まさか、頼政のことを気にしているのか? 堀河は何となく意外な気がした。 獅子王という名のせいだろうか。堀河はいつの間にか獅子王のことを、大きな忠犬のように感じていたのだった。 それが言い過ぎならば、忠実な召使か、友人か。だから、堀河は獅子王と一つの部屋で寝ていても、別に危険や違和感を覚えたことがなかった。 だが、考えて見れば獅子王もやはり男なのだろう。いつも側にいる女の過去をあからさまに聞けば、面白くない気もするのかもしれない。 そう思うと、堀河の胸はなぜかふと熱く騒いだ。堀河は屏風の陰にいる獅子王に向って言った。「男と言っても、もうずっと昔の話。頼政殿は、もうわたくしのことなど忘れてしまったようだった。男と女の交わりなど儚いものじゃ。終わってしまえばほんの幻。真実などありはしない。ただひとときの気の迷いに過ぎぬ」 そう言うと、堀河は疲れた身体を側の脇息の上に伏せた。頼政とのことを思うと、ふと涙が込み上げて来たのだった。 だが、それを誰にも見せたくはなかった。 堀河は袖の上に自分の目を押し当てた。いつもこうやってごまかしてきたのだ。 年を取るにつれ、いつの間にか堀河は人前で涙を見せることを恥じ、それを自分に許さない女になっていた。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m