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瀬戸内寂聴『奇縁まんだら』(日経文芸文庫) |
◎瀬戸内寂聴の金字塔
ついに文庫化されました。とりあえず『奇縁まんだら』(日経文芸文庫)が発売(2014年10月)され、以下『続・奇縁まんだら』『続の二・奇縁まんだら』『終り・奇縁まんだら』とつづきます。私は全4巻を単行本(日本経済新聞社)で読んでいます。文庫化されたので、「山本藤光の文庫で読む500+α」としてとりあげることができます。
本書は瀬戸内寂聴でなければ書けない、他に類のないものです。宇野千代に『私の文学的回想記』(中公文庫。500+α紹介本)という傑作があります。しかし『奇縁まんだら』はスケールがちがいます。あたかも「人物事典」のような、どっしりとした風格があるのです。
文庫版『奇縁まんだら』の表紙は、谷崎潤一郎が飾っています。そして巻末には丸谷才一の「人間的関心」がおさめられています。丸谷の文章は、単行本にはありませんでした。文庫化されて楽しみが増えました。どのイラストが表紙を飾るのか。だれが解説を書くのか。待ち遠しいですし、なによりも軽くなったので、電車のなかにもちこめるようになりました。
第1回配本ではつぎの21人が俎上(そじょう)に乗せられています。しかもそれぞれに、横尾忠則のカラーイラストがついています。文庫では小さなイラストになっていて、残念ですが。ついでに『奇縁まんだら・続』(第2回配本予定)のリストも紹介させていただきます。
【『奇縁まんだら』で俎上に乗った人】
島崎藤村、正宗白鳥、川端康成、三島由紀夫、谷崎潤一郎、佐藤春夫、舟橋聖一、丹羽文雄、稲垣足穂、宇野千代、今東光、松本清張、河盛好蔵、荒畑寒村、岡本太郎、壇一雄、平林たい子、平野謙、遠藤周作、水上勉。
【『奇縁まんだら・続』で俎上に乗る予定の人】
菊田一夫、開高健、城夏子、柴田錬三郎、草野心平、湯浅芳子、円地文子、久保田万太郎、木山捷平、江國滋、黒岩重吾、有吉佐和子、武田泰淳、高見順、藤原義江、福田恆存、中上健次、淡谷のり子、野間宏、フランソワーズ・サガン、森茉莉、萩原葉子、永井龍男、鈴木真砂、大庭みな子、島尾敏雄、井上光晴、小田仁二郎。(これは単行本でとりあげられた28人の顔ぶれです)
――今や歴史上に名を止めた偉大な作家たちと逢えたということは、宝物のように有難い。その人達の記憶を、老い呆けてしまわない前に、書き遺すチャンスに恵まれたことも、また望外の喜びであった。(本書「はじめに」より)
瀬戸内寂聴は84歳のときに、「日経新聞」朝刊への連載をはじめています。本来ならとうに呆けてしまっているか、気力を喪失してしまっている年齢です。頭がさがります。本書は瀬戸内寂聴の、記念碑的な著作と断言できます。
◎瀬戸内寂聴ができるまで
瀬戸内寂聴は1922(大正11)年に、徳島市の三谷仏壇店の次女として生まれました。東京女子大学在学中の1943年に21歳で見合い結婚し、翌年に女の子を出産しています。その後夫の任地北京に同行。1946年に帰国し、夫の教え子と恋に落ちます。夫と3歳の長女を残し、家を出て京都で生活します。1950年に正式な離婚をし、東京へ行き本格的に小説家を目指します。そして三谷晴美のペンネームで、少女小説を書きはじめます。
『奇縁まんだら』の「島崎藤村」の章に、瀬戸内寂聴が女子大生のころのエピソードが記されています。先輩に誘われて能楽堂へいったときのことです。先輩が突然声をあげます。
――「ほら、大変! 島崎藤村がきてる。ほら、ほら、あそこ」/興奮して、声も上ずっている大塚さんの横で、私はキョロキョロ目ばかりをうごかしていた。女性の多い見物人の中で、一人際だって目に立つ男性が私の目にも捕えられた。(中略)いずれにしても、私は美しいナマの小説家をこの目で見た瞬間から、心秘かに念じていた「小説家になろう」という意志を、ゆるぎないものとしたのであった。あの時、藤村でない別の小説家に遭っていたら、どうなっていたことか。(文庫本文P19-20より)
瀬戸内寂聴の生涯については、齋藤愼爾『寂聴伝・良夜玲子』(新潮文庫)にくわしく書かれています。本書のガイドを紹介させてもらいます。
――田村俊子、岡本かの子、智照尼、伊藤野枝、管野須賀子ら苛烈な生き方を選んだ女を書き綴ってきた瀬戸内寂聴。自身の人生もまた、その作品に劣らず波乱に満ちたものだった。夫以外の男を愛して破綻させた結婚生活、もつれた四角関係、作家としての苦闘、51歳での出家、捨てた娘との再会……。
尾崎真理子には、『瀬戸内寂聴に聞く寂聴文学史』(中央公論新社)という著作があります。文学的な足跡に興味があれば、こちらをお読みください。
◎岡本かの子が登場しない
『奇縁まんだら』シリーズ全4巻で、不思議だなと思っていることがあります。瀬戸内寂聴には『かの子撩乱』『かの子撩乱その後』(ともに講談社文庫)という2作品があります。波乱万丈の岡本かの子の生涯を描いた力作です。ところが『奇縁まんだら』シリーズには、岡本かの子は最後まで登場しません。かわりに、息子の岡本太郎を『奇縁まんだら』に、さらに岡本太郎の養女(実質的な秘書兼パートナー)の岡本敏子を『奇縁まんだら・続の二』に登場させているのです。岡本かの子については書きつくしたので、短いレビューなど書きたくないとの思いがあったのでしょう。
『奇縁まんだら』の「岡本太郎」のページには、つぎのような記述があります。『かの子撩乱』執筆にあたって、岡本太郎と初対面したときの場面です。岡本かの子のことを書きたいと申しでる瀬戸内寂聴と、岡本太郎とのやりとりを引用します。
(補:岡本太郎)「かの子のことなんか、もう世間じゃすっかり忘れてるよ。本もさっぱり売れない。書くなら岡本太郎だよ」/「はい、でもかの子さんが好きなんです」/「どこが」/「並みじゃないところ……すべての点で、はみ出したところ」/「ふぅん、ま、やってみな。何を訊いてもいいよ。一応親子となってるが、うちじゃ、それぞれが個々に人格を認めあった芸術家どうしだから、互いに干渉しない」(文庫本文P193より)
文春文庫に『青春の一冊』(文藝春秋編)があります。各界の著名人93人がせつなく甘い、青春の1冊をふりかえっています。「山本藤光の文庫で読む500+α」を執筆するときの必読書です。瀬戸内寂聴がとりあげているのは、アベ・プレヴォー『マノン・レスコー』(岩波文庫。500+α紹介作)です。ちょっとだけ引用しておきます。
――マノンこそは、わが憧れの不良少女の典型であった。/可憐で女らしく、無邪気で多感で情熱的でその一面、底なしに快活で、狡猾で、淫乱で多情で、人を裏切ることは平気で、残酷で大嘘つきという人物である。(本文P143より)
なんとなく若いころの寂聴と、かさなるような気がします。いまは京都嵯峨野の寂聴庵で、1日千人もの観光客のお相手をしています(この部分は、阿川佐和子『あんな作家こんな作家どんな作家』ちくま文庫を参考にしました)。高校の修学旅行以来訪れていない京都に、行ってみたいところがもうひとつ増えました。
◎追記(2017.10.03)
どうしたのでしょうか? 『奇縁まんだら』の続刊が文庫化されません。
◎追記(2014.11.07)
ぱーぷる著『あしたの虹』の著者はだれ? アマゾンで取り寄せました。瀬戸内寂聴がケータイ小説にチャレンジしたものです。ぱーぷるは紫式部を意識したものでしょう。ずっと気になっていました。まだ読んでいませんが、毎日新聞社(2008年)がだした横組みの本です。この人の挑戦欲には頭がさがります。
(山本藤光:2014.11.01)
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