照千一隅（保守の精神）

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  大東亜戦争肯定論を考える（105）黙ってなかったロシア

  日清戦争の狂気よりさめた内村鑑三は「戦争の使徒」の役割を自ら放棄したが、彼の非戦論も日露開戦を阻止することはできなかった。のみならず、彼にかわる戦争イデオローグとして、陸羯南（くが・かつなん）、岡倉天心をはじめとする多くの「日本主義者」が登場して、１０年前の鑑三と全く同じことを叫びはじめたことに歴史家は注目すべきである。　内村鑑三は壇（だん）をくだったが、戦争は終っていなかった。「東亜百年戦争」はつづいていた。日清戦争もまた未完の「百年戦争」の一環にすぎなかったことを羯南も天心も予感したのであるが、その予感の何よりの実証は「三国干渉」であった。（林房雄『大東亜戦争肯定論』（番町書房）、p. 191）　日本は清との戦いに勝利し、賠償金と領土を得た。が、ロシアは、日本が大陸に進出してくるのを由（よし）とはしなかった。《伊藤〔博文〕及び陸奧〔宗光〕は若干强固の干涉し來（きた）るべきを察せざるに非（あら）ざりしも、斯（か）かる經驗（けいけん）なく、如何（いか）に之を防ぐべきかを考へず、干涉あらば何等（なんら）か通常の處置（しょち）あるべしとせるのみ、在外使臣（ししん）も頻（しき）りに注意しつゝ、豫（あらかじ）め、干涉を知り得ざりしは、列國にて日淸戰役（せんえき）の經過を判斷するに苦み、當初（とうしょ）日本の敗るべきを考へ、後に連戰連勝するを見、豫想外（よそうがい）の結果を慮（おもんぱか）らざるを得ず》（三宅雪嶺『同時代史 第3巻』（岩波書店）、p. 61）　日本が日清戦争で圧勝すること自体が想定外なのであり、ましてや列強がどのように干渉してくるかなど想像も付かず、ごく在り来たりの応対しかやりようがなかった。《日本が遼東（りょうとう）半島を割取（かっしゅ）するなど、曩（さき）に全く考へず、愈〻（いよいよ）之を割取するを知り、急に事を擧（あ）げんとす。露國の南下は傳統（でんとう）的の政策にして、日本が遼東を占むるが如き、豫め露と交涉を要する所、露は日本の遼東に據（よ）るを以て自國を脅（おびや）かすとし、異議を挾むの避くべきに非ず》（同）　遼東半島を譲り受けるなど努々（ゆめゆめ）思ってもいなかったため、下準備が出来ていなかった。ロシアは、ずっと極東を手に入れる機会を虎視眈々（こしたんたん）と窺（うかが）っていたのだから、独り日本と清国だけで極東の勢力図を書き換えることを黙って見過ごすはずがなかった。　ロシアの南下を防ぐためには、日本が大陸へと勢力を拡大するしかない。が、日本が大陸に進出すれば、ロシアとの角逐（かくちく）は避けられない。日本にはそこまでの覚悟はなかった。だから、日清戦争の目的を、朝鮮の独立としたのである。※角逐：勢力や権勢を得るために、互いに争うこと。

  2024.01.31

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• 大東亜戦争肯定論を考える（102）「清国ニ対スル宣戦ノ詔勅」

  「清国ニ対スル宣戦ノ詔勅（ちょうちょく）」から日清戦争の目的が何であったのかを確認しておこう。朝鮮は、帝国が其（そ）の始（はじめ）啓誘（けいゆう）して、列国の伍伴（ごはん）に就（つ）かしめたる独立の一国たり。（朝鮮は、日本が初めからひらき導いて、諸国の仲間となした一独立国である）而（しか）して清国は、毎（つね）に自ら朝鮮を以って属邦と称し、陰に陽に其の内政に干渉し、其の内乱あるに於て、口を属邦の拯難（じょうなん）に籍（し）き、兵を朝鮮に出したり。（そして、清国は、常に自ら朝鮮が属国だと言い、陰に陽に朝鮮の内政に干渉し、そこに内乱が起こるや、属国の危機を救うという口実で、朝鮮に対し出兵した）朕は、明治１５年の条約に依（よ）り、兵を出して変に備えしめ、更に朝鮮をして禍乱（からん）を永遠に免れ、治安を将来に保たしめ、以って東洋全局の平和を維持せんと欲し、先（ま）ず清国に告ぐるに、協同事に従わんことを以ってしたるに、清国は翻（ひるがえっ）て、種々の辞抦（じへい）を設け、之（これ）を拒みたり。（朕は、明治１５年の〔済物浦〕条約により、朝鮮に兵を出して事変に備えさせ、更に朝鮮から戦乱を永久になくし、将来にわたって治安を保ち、そして、東洋全域の平和を維持したいと思い、まず清国に協同で事に当たろうと告げたのだが、清国は態度を急に変え、さまざまな言い訳をして、これを拒んだのである）帝国は、是に於いて、朝鮮に勧（すす）むるに、其の秕政（ひせい）を釐革（りかく）し、内は治安の基（もとい）を堅くし、外は独立国の権義を全くせんことを以ってしたるに、朝鮮は、既に之を肯諾（こうだく）したるも、清国は終始、陰に居て、百方其の目的を妨碍（ぼうがい）し、剰（あまつさ）ヘ、辞（ことば）を左右に托（たく）し、時機を緩（ゆるやか）にし、以って其の水陸の兵備を整え、一旦成るを告ぐるや、直（ただち）に其の力を以って、其の欲望を達せんとし、更に大兵を韓土に派し、我が艦を韓海に要撃し、殆（ほとん）ど亡状を極めたり。（日本は、そのような情勢下で、朝鮮に対して、その悪政を改革し、国内では治安の基盤を堅くし、対外的には独立国の権利と義務を全うすることを勧めたが、朝鮮が既にその勧めを承諾したのにもかかわらず、清国は終始、裏にいて、あらゆる手段で、その目的を妨害したどころか、はっきりしたことを言わずその場をごまかしながら時間を稼ぎ、水陸の軍備を整え、一旦それが整うや、直ちにその戦力で、欲望を達成しようと、更に大軍を朝鮮に派兵し、我が艦船を黄海に要撃し、ほとんど壊滅の状態となった）※要撃：敵の来るはずの所に待ち受けていて、攻撃を加えること。

  2024.01.28

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  大東亜戦争肯定論を考える（101）日清戦争前の状況

  《日清戦争は、外相陸奥と参謀本部次長の川上操六が、首相伊藤博文らの反対を押し切って始めた戦争といわれます。長い雌伏（しふく）の時代から、密（ひそ）かに「朝鮮問題」を研究していた小村もまた、その解決は「対清戦争しかない」と見て取っていました。それゆえ、駐清臨時代理公使になってからは、「開戦やむなし」の進言を本省に繰り返し訴えつづけました。「朝鮮問題」とは、清国が朝鮮を属国として従属させる立場をとり、これに対して日本が朝鮮の独立を強く求め、両国が対峙（たいじ）したことを指しますが、ことはもう少し複雑でもありました。　地政学的にみると、朝鮮半島は中国大陸と日本列島の間に存在する「堀にかかる跳ね橋」といえます。元寇（げんこう）が示したように大陸から日本列島を攻めるときは、必ず朝鮮を通る。逆に、豊臣秀吉の朝鮮出兵のように、日本から大陸へ進むときも朝鮮を通る。自らの安全保障を考えれば、日清両国とも、この「跳ね橋」を自らの影響下に確保しておきたい――というわけです。　ただ、朝鮮問題で日本が「主敵」と考えていたのは、実は清国ではありませんでした。強大な力をもって東アジアに進出してくる欧州列強、とりわけロシアだったのです。嘉永６年（１８５３）にプチャーチンが長崎に来航する前から、すでに何十年にもわたり、ロシアは樺太や千島列島で日本人への襲撃を繰り返していました。幕末にはロシアは対馬の占領さえ企てていました。これはイギリスの干渉で阻止できましたが、明治維新後もロシアは日本にとって潜在的な敵国・ナンバーワンでありつづけたのです。　そして、そのロシアがシベリア鉄道の建設に着手したのは、明治２４年（１８９１）のことでした。シベリア鉄道が開通すれば、ロシアは数日のうちにヨーロッパから極東へ大軍を送り込めます。これは日本にとって恐るべき事態でした。そこで日本は、シベリア鉄道が完成するまでに、何とかしてロシアに対抗する「基盤」を整えておく必要がありました。そのためには、朝鮮半島という大陸との「跳ね橋」を、腐敗した老大国である清国の支配に任せておくわけにはいかなかったのです。　こうした信念のもと、清国との「早期開戦」を訴える小村は、明治２７年（１８９４）７月３１日、「開戦必至」と見て、もはや本国からの訓令を待たずに独断で清国との国交を断絶、北京公使館の引き揚げを断行しました。日清両国が宣戦布告をする前日のことです。しかし、それは小村の信念に基づく行動でした。当然、厳罰を覚悟して帰国した小村を、しかし、陸奥はひと言も咎（とが）めなかったといわれます》（中西輝政『日本人として知っておきたい近代史 明治編』（ＰＨＰ新書）、pp. 161ff）　日清戦争前の状況が簡潔明瞭にまとめられており、特に付け足すべきことはない。

  2024.01.27

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  大東亜戦争肯定論を考える（100）西尾幹二氏の日清戦争論

  西尾幹二氏は言う。《当時の国際情勢への危機感から日本の近代は出発していて、そのなかには中国・清が国家意思を備えていない老廃国だということが前提としてありました。それに唯々諾々（いいだくだく）と隷属している朝鮮半島が、南下するロシアの吹き抜けの通路にすぎないことにも、日本は脅威を感じていました。　日清衝突の本当の原因は、清が日本の台頭を自らの中華秩序を乱すものとだけとらえて、近代化の成果、あるいは文明への努力とは見ずに、自国のみを文明とした大国中国の古い体質にありました。　欧米の侵略には中国は寛大で、本来日本に対して優越意識を持っていたがゆえに、どうしても日本の中国への介入を冷静に考えられないのは、今日の日中関係にも継続する意識でしょう。ところが日本のほうは当初より、欧米の進出からどうやって自分の領土を保全し、生存を維持するかという、近代国家の目的をはっきり持っていたので、清が欧米にやられっ放しの脆弱（ぜいじゃく）な国家であることに、非常な危機感を抱いていました》（西尾幹二・藤岡信勝『国民の油断』（ＰＨＰ文庫）、pp. 102f）　が、日清戦争の真因がシナの古い体質にあるなどというのは的外れだろう。日清戦争は、日本と清国の朝鮮を巡る主導権争いであった。歴史的に朝鮮を従えてきた清国と、朝鮮をロシアとの緩衝帯としたい日本では、そもそも意図目的が異なっていたのだ。《われわれは朝鮮半島に出かけていって清国の権限を侵すというよりも、むしろそうではなくて、この頼りない清というものに喝を入れて目を覚まさせようとしたのでした。日本が侵略するなどという意識は皆無であり、日・韓・清、相携（たずさ）えてともかく西欧に当たるという考え方であって、これが幕末からずうっとあった思想です》（同、p. 106）　何をもって清国に喝を入れるなどと傲慢なことが言えるのだろうか。そもそも日韓清が相携えて西欧列強と対峙しようと考えたところに間違いがあったということなのではないか。日韓清の連携など妄想だ。地理的に近隣だからといって連携できるような素地がない。ハンチントン『文明の衝突』も言うように、日本は、シナ・朝鮮とは文明を異（こと）にする。だから、連携しようとしてもうまく行くわけがないのだ。　朝鮮を日本とロシアの緩衝帯にしなければ、日本の安全が脅かされることとなる。だから、日本は、朝鮮の支配権を握る必要がある。清国がそれを邪魔するのなら排除するしかないということで戦争となったのだ。《ところが朝鮮半島はいつまで経っても目が覚めない。清国の属国であることをやめさせるためには、朝鮮の独立が必要だという考え方に立って、日清戦争の結果、実際に朝鮮は独立することとなります。つまり日本は２度の大戦、日清・日露を通じて、朝鮮半島を中国の手から、２度目にはロシアの手から独立させ、あるいは両国の勢力から切り離すように努め、その結実を得たといってもいいでしょう。　これは裏返していえば、もし日本が手を出さなければ、頼りない中国が朝鮮半島を牛耳ったままであり、そこがやがて欧米の草刈り場になるのを黙って座視するか、あるいはまた日露戦争の時点では、満州まで下りてきたロシアはただちに朝鮮半島を奪取すると宣言しているのですから、これをまた座視するだけか、そのどちらかだったといえるでしょう》（同、pp. 106f）

  2024.01.26

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• 大東亜戦争肯定論を考える（99）やるしかなくなった朝鮮改革

  《且（か）つ今囘の亊件として之を論ずれば畢竟（ひっきょう）朝鮮内政の改革とは素（もとも）と日淸兩國の間に蟠結（はんけつ）して解けざる難局を調停せんが爲めに案出したる一箇の政策なりしを亊局一變して竟（つい）に我國の獨力を以て之を擔當せざるを得ざるに至りたるものなるが故に余は初より朝鮮内政の改革其亊に對して格別重きを措かず又朝鮮の如き國柄が果して善く滿足なる改革を爲し遂ぐきや否やを疑へり》（（陸奥宗光『蹇蹇録』（岩波文庫）、p. 46）（一方、今回の事件としてこれを論ずれば、要するに朝鮮の内政改革とは元々、日本・清両国間でわだかまって固まり解決できない難局を調停するために案出された１つの政策であったが、情勢が一変し我国が独力でこれを担当せざるを得なくなったので、私は初めから朝鮮の内政改革自体に対しては格別重きをおかず、また、朝鮮のような国柄が果して善く満足なる改革をなし遂げることができるかどうかに疑問があった）　自らの意思と責任において＜改革＞を行うと言うのならよい。が、他国が介入し、自分たちが必ずしも望まぬ＜改革＞をしたとて、うまく行くわけがない。《然（しか）れども朝鮮內政の改革は今や外交上一種の活問題となり我政府は兎も角（ともかく）も之が實行を試ざるを得ざることゝなりたれば我國朝野（ちょうや）の議論が如何（いか）なる事情源因に基きたるが如きは之を問ふに及ばず兎に角此一致協同を見たるの頗（すこぶ）る內外に對して都合好きを認めたり》（同）（しかし朝鮮の内政改革は今や外交上一種の活問題となり、日本政府はともかく実行せざるを得なくなった。朝野の議論がどんな内容を抱えていようと、大局的に世論の一致を見たのはまことに好都合であった）　朝鮮を改革するやせざるやで意見がまとまらず、閉塞状況に陥るのが最悪だ。最善だったかどうかの判断は歴史に委（ゆだ）ねるしかない。ともかく朝鮮を改革するということで意見の一致を見たのであれば、後は最善を尽くすだけだ。《餘は此好題目を假り已（すで）に一回破裂したる日淸兩國の關係を再び調和し得べきか若（もし）又終（つい）に之を調和する能はずとせば寧（むし）ろ因（よっ）て以て其破裂の機を促迫すべきか兎も角も陰々たる曇天（どんてん）を一變（いっぺん）して一大强雨を降らすか一大快晴を得るかの風雨針として之を利用せんと欲（ほり）したり》（同）（私は、このよい題目を借り、一度破裂した日清両国の関係を再び調和することが出来るのか、もしも、あるいは、結局これを調和することが出来ないとすれば、むしろ破裂させることを激しく迫るのか。ともかくどんよりと曇った空を一変し、豪雨を降らせるのか、雲一つない快晴を手に得るかの風雨計としてこれを利用したいと思ったのだ）

  2024.01.25

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  大東亜戦争肯定論を考える（96）日清戦争以外の道

  《巧みに〔日清〕戦争に持ち込んだのは陸奥〔宗光〕と川上操六でした。　そういうと戦後の歴史観では戦争を始めた陸奥は悪い、ということになりましょう。しかし、歴史に善悪是非の観念を持ち込むと歴史の真実が見えなくなります》（岡崎久彦『百年の遺産』（海竜社）、p. 79）　戦後日本の平和主義からすれば、如何なる戦争も「悪」ということになるのだろう。そう考えることによって、「大東亜戦争」を葬（ほうむ）ったのだ。「大東亜戦争」は、「自存自衛の戦争」だった。悪いのは、日本を戦争へと追い込んだ英米であり、原爆投下や大都市絨毯爆撃という「ホロコースト」を行った米国である、などという話にならないように、占領軍が「ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム」なる思想統制を行なった結果なのだ。　さて、私は岡崎氏と違って、必ずしも歴史に善悪是非の観念を持ち込んではならないとは思わない。ただ、「戦争は悪」などという幼稚な論理では歴史を読み解くことは出来ないと思うだけだ。《陸奥や川上にとっては、一歩踏みはずせば奈落の底に落ちる弱肉強食の帝国主義時代に、いかに日本の存立を守り、国権を伸長するか以外は念頭にはなかったでしょう。　かりに、もし日本が、日清戦争の勝利とその勝利の賠償金による軍備の増強がなく、１０年後のロシアの極東進出を迎えていたとしたら、清国も朝鮮もロシアの侵略を防ぐ実力のなかった極東で、日本がアジア人種最後の独立を守り通せたかどうかさえ危うい状況でした。力で自分を守り、自分の外辺をも守る、そうしなければ滅びる、これが帝国主義時代の掟（おきて）でした》（同）　言わんとすることは分かる。が、朝鮮を清から独立させる以外に手段はなかったのか、私が気になるところはそこである。《朝鮮半島は北からの脅威のいわば吹き抜けの通路であった。明治日本は自衛のためにも朝鮮の清からの独立と近代化を願い、事実そのために手を貸したが、朝鮮半島の人々はいつまでたっても目が覚めない。自国さえ維持できない清に、朝鮮半島を牛耳（ぎゅうじ）ったままにさせ、放置しておけば、半島はロシアのものになるか、欧米諸国の草刈り場になるだけであったろう。つぎに起こるのは日本の独立喪失と分割統治である。　日本は黙って座視すべきだったろうか。近代日本の選んだ道以外のどんな可能性が他にあったであろう》（西尾幹二編『国民の歴史』（産経新聞社）、p. 509）　問題が、ロシアが南下することなのだとすれば、朝鮮を緩衝帯（かんしょうたい）とするよりも、欧米と手を組む方が良かった。勿論、簡単な話ではない。が、後に英国と同盟を結べたわけであるから、まったく無かった話でもなかったはずだ。

  2024.01.22

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  大東亜戦争肯定論を考える（94）日清戦争は「朕の戦争」にあらず？

  《日清戦争は、開戦の時に明治天皇は「閣臣らの戦争にして朕の戦争にあらず」と反対の意向を表明された戦争でした》（岡崎久彦『百年の遺産』（海竜社）、p. 78）　実際、『明治天皇記』には、《今回の戦は朕が志にあらず》という記述がある。《然（しか）れども事既に茲（ここ）に至る、之（こ）れを如何（いかん）ともすべからざるなりと、更に独り私語したまふものの如く、語を継ぎて宣（のたま）はく、事万一蹉跌（さてつ）を生ぜば、朕何を以てか祖宗に謝し、臣民に対するを得んと、忽（たちま）ち涙潜々として下る》（同）　つまり、「日清戦争は、自らが望むものではないけれども、ここまで来たら、どうしようもない」と言うのである。　が、この発言にはいろいろ検討すべきものがある。先ず、帝国憲法に基づき統帥権を有する天皇がこのようなことを言うのは不可解である。「自分は平和交渉を望んでいたが、話がどんどん進んでしまって、止めるにも止められなくなってしまった」というような話なのだとしたら、「統帥権」など有名無実ということになってしまうだろう。　一方で、「天皇は君臨すれども統治せず」という考え方からすれば、政府が実際的な決定を行い、天皇は政府が如何なる決定を行おうとも、これを「裁可」するのが慣例だから、このような恨み言を言うのは腑に落ちない。『昭和天皇独白録』にも次のような記述がある。《開戦の際東条内閣の決定を私が裁可したのは立憲政治下における立憲君主として已（や）むを得ぬ事である。若（も）し己（おのれ）が好む所は裁可し、好まざる所は裁可しないとすれば、之（これ）は専制君主と何等（なんら）異る所はない》（『昭和天皇独白録』（文春文庫）、p. 159）　昭和天皇の側近の１人だった木戸幸一も言う。《政府が承認した場合、たとえ、陛下が御自身の御見解をのべさせられ、又は政府に愼重なるべき旨を御注意になり、反省を促された事柄でも、國策として奏上せられた政府の決定を御裁可になることは、明治天皇以來、嚴重（げんじゅう）に守られて來た傳統（でんとう）として天皇の守るべきところであつた》（木戸幸一『東京裁判における木戸証言：軍政最後の権謀をあばく疾風時代の宮廷秘史』（キング出版社）：国立国会図書館デジタルコレクション、p. 36）　東京裁判における「木戸証言」も同様である。問（キーナン首席檢察官）　天皇は舊（きゅう）憲法の8條による勅令で、緊急な際は何事も出來るのではないか。答（木戶幸一）　勅令は議會の閉會中、急を要する場合のみなされるが、天皇は政府に御下問し政府の奉答によつて發せられる、卽（すなわ）ち政府の輔弼（ほひつ）によつてなされるという制限がある。問　政府のやることは天皇が拒否されれば出來ないのではないか。答　陛下は御注意や御勸吿はされるが、政府が決定したことは拒否されぬ。それが明治帝以來の天皇の御態度で、憲法運用上成立した慣習法である。――同、p. 83）

  2024.01.20

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  大東亜戦争肯定論を考える（93）日清戦争は必然だったのか

  《近くは其実例を２７、８年の日清戦争に於て見ることが出来る、２億の富と１万の生命を消費して日本国が此戦争より得しものは何である乎（か）、僅少（きんしょう）の名誉と伊藤博文伯（はく）が侯（こう）となりて彼の妻妾（さいしょう）の数を増したることの外に日本国は此戦争より何の利益を得たか》（「戦争廃止論」：『内村鑑三全集１１』（岩波書店）、p. 296）　日清戦争に勝利して日本が手に入れたものは何だったのか。勿論、何も手に入れなかったわけではない。賠償金をはじめ、幾ばくかの領土も手に入れた。が、それは本当に欲しかったものだったのか。否、わざわざ同胞の命を削ってまで手に入れなければならなかったものだったのか。《日清戦争は朝鮮半島をめぐる戦いでした。朝鮮は日本にとって白村江の戦い以後、ずっと気になる存在でした。朝鮮との接触は断続的に続いていました。その朝鮮と日本との関係が日清戦争によってより明確化されることになりました。　もともと朝鮮半島は中国によって支配される状態が続いていました。明治の初めに西郷隆盛が征韓論を説いていますが、その理由の１つには、中国の支配に対して朝鮮内部に生まれた抵抗・独立の動きを援助するということがありました。中国も朝鮮も江戸時代の日本と同様、鎖国を続ける意志をもっていました。中国はアヘン戦争によって開国せざるをえなくなりましたが、朝鮮はなおも鎖国を続ける意志が強かったのです。　１８６６年にフランス極東艦隊が江華島に侵攻したときには反撃して撤退させていますし、アメリカ武装商船との間で事件が起きて５隻のアメリカ艦隊がやって来たときも激しく抵抗して撃退しています。このように朝鮮は開国を迫る外国に対して攘夷（じょうい）を続けていたのです。一方、従来の伝統を守って清には従属する形をとっていました。　ところが、海外からの圧力を受けて清の国力が相対的に低下してくると独立の動きが生まれてきました。それは西郷隆盛が朝鮮に対する積極的な態度を表明した時期と重なり、独立を助けるための征韓論という議論がなされていったのです。　ところが、朝鮮内部で氏族の反乱が起きて王朝が弱体化していました。そこに清が強く介入してきたのです。これは日本にとっても放っておける問題ではありませんでした。朝鮮問題は単に清との問題ではなく、ロシア問題でもあったからです。地政学的に見た朝鮮はロシアからの強い圧力に対する防波堤にもなっていたのです。もし朝鮮が崩壊することになれば、日本にとっては非常に危険な状態になります。日本が朝鮮に介入したのは、ある意味で必然だったのです》（田中英道『日本国史 下』（育鵬社）、pp. 162f）　が、日本が朝鮮に介入しても問題は解決しなかった。朝鮮に対する主導権を清から奪い取って、何が良かったのか。少なくとも結果として言えば、日本は朝鮮の文明開化に利用されただけだった。

  2024.01.19

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• 大東亜戦争肯定論を考える（89）平和外交が生んだ内乱

  《日清戦争…国民的独立完成の闘争は、天皇制にたいする民主的闘争と切りはなされることによって、天皇制の国権主義にみごとにすりかえられた。日清戦争のような徹頭徹尾不義の侵略戦争が、たとえば内村鑑三のような国民のなかのもっとも平和主義的な人からも、中江兆民のような当時もっとも徹底した民主主義者からも支持され、あたかも正義の国民戦争であるかのようにいわれ、日露戦争当時のような反戦・厭戦（えんせん）の闘争がなかったのは、彼らもまた国民主義を国権主義にすりかえられたことを知らなかったからである》（井上清『新版 日本の軍国主義II』（現代評論社）：国立国会図書館デジタルコレクション、、p. 165）　内村鑑三や中江兆民ら「良識派」が支持する戦争を＜徹頭徹尾不義の侵略戦争＞とまで言い切るのは「為にする議論」であり、マルクス史観を前提とした、あまりにも恣意（しい）的な歴史解釈だと言わざるを得ないだろう。　内村鑑三は言う。《戰爭は吾人の最も避くべきもの、非戰爭こそ、吾人の最終最始の政略たるべきなり。然（しか）るに過ぐる２０餘年間、支那の吾人に對するや其妄狀無禮（ぶれい）殆（ほとん）ど吾人の忍ぶべからざるあり》（「日淸戰爭の義」：『内村鑑三全集第2巻』（岩波書店）：国立国会図書館デジタルコレクション、p. 214）　日本は戦争したいわけではない。出来得る限り戦争は避けたい。が、２０年余りに亙る支那の無礼には堪忍袋の緒が切れてしまった。《大西鄕已（すで）に此に見る所あり。卽時（そくじ）に其罪を問はんと欲する彼の熱血的希望は、實に彼の生命を捨てしむるに至り、我邦も之が爲に悲慘なる內亂の害に遭（あ）へり。吾人は實に吾人の血肉を殺して隣邦の衝突を避けんとせり。吾人の平和を望む此の如くなりき》（同）　西郷も言っていたではないか。なのに、平和を望み、隣国との武力衝突を避けたことで内乱が起こり、西郷のような維新の功労者までもが命を落とすことになってしまった。《明治１５年以後支那の我邦に對する行爲は如何（いか）なりしや、朝鮮に於（おい）て常に其內治に干涉し、我の之に對する平和的政略を妨害し、對面的に吾人に凌辱を加ヘて止まざりき。我は朝鮮を開かんとするに、彼は之を閉さんと欲し、朝鮮に課するに彼の滿洲的制度を以てし、長く屬邦（ぞくほう）として之を保持し、支那其自身が世界の退隱國（たいいんこく）なる如く朝鮮も其例に倣（なら）ひ、彼をして世界の進步に逆抗せしめんことを勤めたり》（同）

  2024.01.15

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• 大東亜戦争肯定論を考える（85）軍人勅諭

  天皇の武装は決してそれ（＝明治維新から昭和敗戦まで）がはじめてではなかった。なるほど、西洋風の武装をしたのは、明治維新後がはじめてだが、唐風の武装も埴輪（はにわ）人形の武装も、ちゃんとした武装である。神話の神武天皇も神功（じんぐう）皇后も武装していた。彼らが実在の人物ではないとしても、日本民族の歴史のはるかな初期に、天皇が武装していたことは、考古学的に証明できる。大化改新の天皇制も武装していた。建武中興の天皇制もわずか２年間であったが武装した。日本の天皇が古代ローマのエムぺラーやカイザーとはちがい、絶対権力を存在条件としなかったという竹山氏の指摘は正しいが、明治維新以前の武装を見おとしているのはうなずけない。（林房雄『大東亜戦争肯定論』（番町書房）、p. 165）　権力と権威が分離したのは鎌倉以降である。それ以前の権力と権威が未分離だった時代を持ち出して、天皇がしばしば武装してきたかのように言うのは反則だろう。　武装天皇制と非武装天皇制の交替の歴史は、明治１５年の「軍人勅諭」の中に簡明に要約されている。（同）我國の軍隊は世々（せいせい）天皇の統率し給ふ所にそある（我が国の軍隊は、代々、天皇の統率下にある）昔神武天皇躬（み）つから大伴（おおとも）物部（もののべ）の兵ともを率（ひき）ゐ中國のまつろはぬものともを討ち平け給ひ高御座（たかみくら）に即（つ）かせられて天下しろしめし給ひしより２５００有餘年（ゆうよねん）を經（へ）ぬ（昔、神武天皇自（みずか）ら大伴や物部の兵たちを率い、国中の帰順せぬ者達を討って平定し、皇位に就（つ）き、天下を治められてから２５００年余りが過ぎた）此間世の樣の移り換るに随（したが）ひて兵制の沿革も亦（また）屢（しばしば）なりき（この間、世の中が移り変わるに従って、兵制もまたしばしば改革された）古（いにしえ）は天皇躬つから軍隊を率ゐ給ふ御制（ごせい）にて時ありては皇后皇太子の代らせ給ふこともありつれと大凡（おおよそ）兵権を臣下に委（ゆだ）ね給ふことはなかりき（古くは天皇自ら軍を率いられる制度であり、時には皇后、皇太子が代ることもあったが、普通、兵権を臣下に委ねることはなかった）中世に至りて文武の制度皆唐國風に傚（なら）はせ給ひ六衛府を置き左右馬寮を建て防人（さきもり）なと設けられしかは兵制は整ひたれとも（中世に至り、政治軍事の制度をみな唐に倣わせ、六衛府を置き、左右の馬寮を建て、防人などを設けて兵制は整ったけれども）打續ける昇平に狃（な）れて朝廷の政務も漸（ようやく）文弱（ぶんじゃく）に流れけれは兵農おのつから二に分れ古の徴兵はいつとなく壮兵の姿に變（かわ）り遂（つい）に武士となり（打ち続く平和に狃（な）れ、朝廷の政務も次第に文弱に流れたため、兵士と農民は自ずから２つに分かれ、古代の徴兵はいつとなく職業となり、ついには武士となった）兵馬の權（けん）は一向に其武士ともの棟梁（とうりょう）たる者に歸（き）し世の亂（らん）と共に政治の大權も亦其手に落ち凡（およそ）七百年の間武家の政治とはなりぬ（軍事の権限は、すべて武士たちの頭領に帰し、世の乱れとともに政治の大権もまたその手に落ち、およそ７００年間武家の政治となった）世の樣の移り換りて斯（かく）なれるは人力もて挽回すへきにあらすとはいひなから且（かつ）は我國體（こくたい）に戻り且は我祖宗の御制に背（そむ）き奉（たてまつ）り浅間しき次第なりき（世相の移り変わりによってこうなったのは、人の力では挽回できなかったとも言えるが、それは我が国の國體に照らし、かつ、我が祖先の制度に背（そむ）く、浅ましい事態であった）

  2024.01.11

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• 大東亜戦争肯定論を考える（81）支配様式の決定要因

  《中国や比律賓（フィリピン）での日本軍の残虐行為は、「一般兵隊」が、真善美の体現者である天皇の軍隊であるから、究極的価値を保証されていると考えたがゆえに、おこったのではありえない。むしろ「一般兵隊」の残虐の様式そのものが、天皇制の存在様式そのものを決定する民俗的な流れとして、つながっていたというべきである》（吉本隆明「丸山眞男論」：『現代の文学２５ 吉本隆明』（講談社）、p. 350）　＜中国や比律賓での日本軍の残虐行為＞が具体的に何を指すのか分からない。ひょっとして「南京事件」のことを言っているのだろうか。が、ここでは詳しく述べることはしないが、「南京事件」はただのでっち上げである。また、おそらくフィリピンでの「バターン死の行進」を問題視しているのであろうが、これも＜残虐行為＞と言うべきものとは思われず、日本軍を貶（おとし）めるための「情報戦」（propaganda）の１つと考えるべきであろう。　日本兵は聖天子の軍隊に属しているので、いかなる行為も「残虐」を免れていると考えていたなどと言うのもまた、日本軍を貶めるための「情報戦」である。《天皇制が壊滅し、そのイデオロギーはすでに博物館にしか行きようがないにもかかわらず、日本型知識人たちが、現在でもなお、恐怖のイメージをここに結びつけるのは、このことを視ようとしないからである。戦時下、天皇制イデオロギーのもっとも根幹的な部分は、現実の支配体系としての天皇制や、そのイデオロギーが消滅すると否とにかかわらず、大衆の存在様式のなかに変化しながら残存して流れるものであった。時代によって実効性を失ったり、復元したりする部分に、戦時下天皇制の対決すべき根元であったわけではなかった》（同）　成程、「天皇制のイデオロギー」は、敗戦によって否定された。が、「伝統に基づく天皇」は未だ健在であるし、「憲法に基づく天皇」すなわち「天皇制」も変わりはない。《ここでは、大衆の存在様式が、支配の様式を決定するという画が決定的に重要である。思想における真の課題は、丸山が逸（いっ）したこのところにあり、日本型知識人の眼鏡からみられた体制や、階級や、大衆の問題などは、すでにそれ自体が「擬制」的なものにすぎないといえる》（同）　が、＜大衆の存在様式が、支配の様式を決定する＞というのは言い過ぎだろう。＜大衆の存在様式＞、すなわち、「伝統」が＜支配の様式＞を決定すると言えるのは、それが長期的な場合だけであろう。

  2024.01.07

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• 大東亜戦争肯定論を考える（80）日本の知識人に聞こえぬ伝統の声

  《丸山真男の思考法は、これらの問題について、日本知識人の一般的な典型をしめす。それは、(1) 日本的な存在様式としての大衆が、それ自体として生きていることを無視して、理念によって大衆の仮構のイメージをこしらえていること》（吉本隆明「丸山眞男論」：『現代の文学２５ 吉本隆明』（講談社）、pp. 349f）　換言すれば、丸山眞男をはじめとした日本の進歩的知識人は、人々が生きている現実を捨象し、頭の中だけで都合の良い「空想」を弄（もてあそ）んでいるという批判である。《たとえば、知識人が、大衆それ自体はラジカリズムをけっして回避するものではなく、このことは、大衆の「無為」な生活と矛盾しないということをつきつめないで、より温和なシンボルをあたえれば、（たとえば、民主主義とか市民主義とか）たくさんの大衆を組織化できると錯覚していることなどはその現われである》（同、p. 350）　＜大衆＞は、特別な思想に基づいて日常を生きているわけではない。が、だからといって、「改革主義」（radicalism）を排除するものではないし、時として「急進的」（radical）な運動に与（くみ）することもある。この実態を見ずに、大衆を「羊の群れ」のごとく措定し、「民主主義」を理想として与えることで社会を変革しようとしても現実は変わらないということだ。《そういうシンボルについてくるのは、大衆ではなく類似の「知識人」だけである。また、この裏がえしとして、大衆は革命意識に目覚めない何ものかであるから、思想を、そとから与えれば、大衆は急進化するにちがいないという錯誤が位置している》（同）　現実を捨象した知識人は、独り善（よ）がりの観念の世界でただ微睡（まどろ）んでいるだけなのだ。（2）戦争期に、天皇制イデオロギーが吸着した大衆の存在様式の民俗的な部分は、いまも当時とは変化した形で、大衆自体がもっていることを視ようとしないことである。そして、それが現在の天皇（制）や「右翼」によって保持されているとさえ錯覚している。　このような錯覚は、すでに丸山真男のなかにあらわれているように、日本型知識人の存在様式のなかから「一般大衆」を視るため、仮構のイメージとしてこしらえられたといえる》（同）　天皇が存在する根拠たる「伝統」は、天皇制自体にあるのではないし、天皇を絶対視するような過激なものでもない。それは、大衆の意識の底に静かに流れている。まさに丸山真男言うところの「執拗な持続低音」なのだ。

  2024.01.06

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  大東亜戦争肯定論を考える（79）吉本隆明の大衆論

  《丸山真男の天皇制分析のもっとも著しい特徴は、日本において近代国家の形成の過程で、国家主権の技術化、中性化がおこなわれず、国家が「国体」として真善美の内容的価値を占有する実体として保存せられたという観点にある。これは「事実」として受取ればきわめて魅力的な考え方である》（吉本隆明「丸山眞男論」：『現代の文学２５ 吉本隆明』（講談社）、p. 348）　吉本独特の分かりづらい言い回しであるが、要は、欧米のように「革命」によってそれまでの柵（しがらみ）が断ち切られ、新たに形成された国家とは違い、日本は、歴史伝統に基づく「國體（こくたい）」を護持した国家が作られたということだろう。《「理論」的には、利害の共同性の一般化、抽出がきわめてあいまいにしかおこなわれないという日本的な存在様式の特質のもんだいとなる。そこまで抽象化しなければ、戦乱のなかでの「一般兵隊」の残虐行為を「それ自体『真善美の極致』たる日本帝国は、本質的に悪を為（な）し能（あた）わざるが故に、いかなる暴虐なる振舞も、いかなる背信的行動も許容されるのである！」という地点から一元化し、兵士そのものを「国体」のあやつり人形にしてしまうほかはなくなるのである》（同）　「それ自体『真善美の極致』たる日本帝国は、本質的に悪を為（な）し能（あた）わざるが故に、いかなる暴虐なる振舞も、いかなる背信的行動も許容されるのである！」は、丸山眞男『超国家主義の論理と心理』の中に出て来る台詞（せりふ）である。が、そこには、現実を捨象した、頭の中だけでの辻褄合わせの趣（おもむき）がある。《しかし、大衆はそれ自体として生きている。天皇制によってでもなく、理念によってでもなく、それ自体として生きている。それから出発しない大衆のイメージは、すべて仮構のイメージとなる》（同）　吉本「大衆論」の真骨頂（しんこっちょう）である。成程、大衆は、天皇制によって生きているわけでもなければ、理念によって生きているわけではない。が、大衆はそれ自体として生きているといっても、天皇制や理念の影響を免れているわけでもない。《ほんとうは、大衆の日本的な存在様式の変遷如何として設定されなければならない問題を、支配ヒエラルキーが思想的に天皇制から、ブルジョワ民主主義に変った（あるいは変りつつある）から、大衆的な課題は、民主主義の擁護または確立にあるといった仮構のイメージで捉えることになる。これは現在の丸山学派や類縁関係にある市民主義知識人のおちいっている一般的な錯誤に通じている》（同）　＜支配ヒエラルキー＞、つまり、支配のピラミッド構造が、天皇制から民主主義に不完全ながらも変わったのだから、今後はこの民主主義をいかに維持発展させるのかが課題となるというのは丸山思想の肝（きも）である。が、それは、大衆の実態から遊離した市民主義知識人の＜錯誤＞であると吉本は言うのだ。《現在、これらの知識人たちがどんな馬鹿気た見解を、自分たちは誤りがないと無意識のように前提し、じぶんたちの見解に反する意見を邪説のように触れまわっているかを見よ》（同）

  2024.01.05

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  大東亜戦争肯定論を考える（78）吉本隆明の「民主主義」知識人批判

  日本国民は天皇とともに戦い、天皇は国民とともに戦ったのだ。「太平洋戦争」だけではない。日清・日露・日支戦争をふくむ「東亜百年戦争」を、明治・大正・昭和の３天皇は宣戦の詔勅（しょうちょく）に署名し、自ら大元帥（だいげんすい）の軍装と資格において戦った。男系の皇族もすべて軍人として戦った。「東京裁判」用語とは全く別の意味で「戦争責任」は天皇にも皇族にもある。これは弁護の余地も弁護の必要もない事実だ。（林房雄『大東亜戦争肯定論』（番町書房）、p. 156）　日本人の心の奥底にいつも天皇は居た。その意味では、一緒に戦ったのだと言える。が、「神としての天皇」は、直接戦争に関われない。その意味では、天皇に「戦争責任」はない。　が、敗戦によって日本は穢（けが）れたわけであるから、「ケジメ」は必要だ。おそらくそれは、天皇が「退位」することではなかったか。　ここで、吉本隆明の「丸山真男論」を見ておこう。《「民主主義」知識人たちの状況のイメージが斜めに外れるのは、根源的な理由をもっている。　そのもっともおおきなひとつは、かれらのたかだか１７、８年まえの戦争体験が、天皇制→戦争の惨禍→右翼というように、恐怖の矢を結びつけるからである。そして、このようなイメージを促すのは、戦争期における日本知識人の二重性――抵抗もしなければ、のめりこみもしない――の体験によっている。戦争期において抑圧をくわえた当体と膚をけばだたせるほどの距離で、対決もしなかったし、触れあうほどの近くで視ることもせずに、ただはなれた位置で想像するだけだったため、恐怖のイメージばかりが残存しているのだ》（吉本隆明「丸山眞男論」：『現代の文学２５ 吉本隆明』（講談社）、p. 349）　体験に基づかぬ恐怖に囚（とら）われてしまっているために、「民主主義」知識人の状況の心象は斜めに外れてしまう、と吉本は言うのである。が、彼ら知識人の原動力は、「恐怖」と言うよりも「ルサンチマン」（怨恨）の方ではないかと思われる。彼らは、戦争を恐れたのではなく憎んだのだ。　また、＜天皇制→戦争の惨禍→右翼＞という吉本が提示した図式も疑問である。百歩譲って、天皇制が戦争の惨禍を生んだまでは分からなくもない。が、戦争の惨禍が右翼に繋がるというのが分からない。　丸山眞男は、「現代世界の右翼的な国家主義にほぼ共通するイデオロギーあるいは精神的傾向」を１０項目列挙している。(i) 他のあらゆる忠誠にたいする国家的忠誠の優先(ii) 平等と国際的連帯を強調する思想や宗教への憎悪(iii) 反戦平和運動にたいする反情と「武徳」の讃美(iv) 国家的「使命」の謳歌(v) 国民的伝統・文化を外部からの邪惑な影響から守れというアピール(vi) 一般に権利よりも義務、自由よりも秩序の強調(vii) 社会的結合の基本的紐帯（ちゅうたい）としての家族と郷土の重視(viii) あらゆる人間関係を権威主義的に編成しようという傾向(ix) 「正統的」な国民宗教または道徳の確立(x) 知識人あるいは自由職業人に対して、彼等が破壊的な思想傾向の普及者になりやすいという理由から警戒と猜疑（さいぎ）の念をいだく傾向（『増補版 現代政治の思想と行動』（未来社）第１部 現代日本政治の精神状況 ７ 戦前における日本の右翼運動、p. 191）　ここでこれらを１つひとつ検討することは避けるが、用語の選択が批判的なものに偏っている嫌いが見られるけれども、基本的に、現実社会にあって然（しか）るべきものであろうと思われる。

  2024.01.04

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• 大東亜戦争肯定論を考える（75）天皇はemperorか

  《戦後に天皇が人間宣言をした時には、われわれは何のことかとふしぎに思った》（竹山道雄「天皇制について」：『竹山道雄著作集 ６ 北方の心情』（福武書店）、pp. 332f）　「新日本建設に関する詔書」において、陛下は次のように述べられた。朕（ちん）ト爾等（なんじら）國民トノ間ノ紐帶（ちゅうたい）ハ、終始相互ノ信賴ト敬愛トニ依リテ結バレ、單ナル神話ト傳說（でんせつ）トニ依リテ生ゼルモノニ非（あら）ズ。天皇ヲ以テ現御神（あきつみかみ）トシ、且（かつ）日本國民ヲ以（もっ）テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延（のべ）テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル觀念ニ基クモノニモ非ズ（私とあなたたち国民との間の絆は、いつもお互いの信頼と敬愛によって結ばれ、単なる神話と伝説とによって生まれたものではない。 天皇を神とし、かつ日本国民は他より優れた民族とし、よって世界の支配者となる運命があるかのような架空の概念に基くものでもない）　天皇を神とするのは＜架空の概念＞だと述べられていることから、しばしば「人間宣言」と呼び称されるのであるが、これは「人間宣言」ではないと主張する人達もいる。細かな論争はここでは避けるが、私のように「天皇＝半神半人」論者は、戦前の「天皇＝神」も戦後の「天皇＝人間」も、どちらも受け入れられない。《が、これもひと頃絶対者にまつりあげられた錯誤を、ことに外国人にむかって解くためだったろう。そして、この人間宣言に接して、あるカトリックの神父（これも妙な訳語である）が、「日本人の心からこういう絶対者がなくなって、これから真の神を説くことができる」とよろこんで語っているのを新聞で読んだことがあった。　誤訳から生れた誤解はまだ他にもあった。天皇はエンペラーとかカイザーとか訳された。しかし、天皇は絶対権力をふるった古代のイソベラトールとかツエザールとかいうものともまったくちがったものである。神権説によって権威づけられた王者でもない…天皇は政治的な権力でもなく、人格神の権威でもない。西洋にはこれにあたるものはない》（同、p. 333）　天皇は世界で唯一無二の存在であるから、天皇にぴったり当て嵌まる言葉は英語にない。一般にemperorという言葉が用いられているが、emperorと言うと、例えば、ナポレオンを思い起こす人も少なくないだろう。だから天皇をemperorとすることに疑問を感じるのも無理はない。が、一方で、今現在世界でemperorと呼ばれる人物は陛下以外にいない。つまり、唯一無二の存在であることを表すという意味では、emperorとすることもまた意味があるのだ。

  2024.01.01

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• 大東亜戦争肯定論を考える（74）天皇とイエスの類似

  《ゴッドとは、天地を創造し、ついには審判する絶対的な主体である。天皇が神であるというのをゴッドと訳したために、たいへんな誤解が生れた。カトリックの訳語で、法王を法皇とあらためられたが、これも皇をキリスト教の意味における究極の絶対者だと思い込んだからなのだろう、ノリのスメラミコトというじつにじつに妙な言葉ができた》 （竹山道雄「天皇制について」：『竹山道雄著作集 ６ 北方の心情』（福武書店）、p. 332）　天皇は、来る日も来る日も「国やすかれ 民やすかれ」と祈る「祭祀（さいし）」であり、中でも、最高位の祭祀、「祭祀王」である。一方で天皇は、伝統的存在でもある。伝統は目には見えないから、伝統的存在たる天皇もまた目に見えない。この目に見えぬ存在としての天皇が西洋のGodと近接するのだ。《日本近代の「God」の訳語「神」は、奇妙なことに明治の天皇制国家における「天皇」と二重映し（オーバーラップ）を生じている…かつて「現人神（あきつみかみ）」の「天皇」と「キリスト」のイメージが二重映しにされる、そのような両者の、交換可能な観念の場が、あったと想定した方がわかりやすいのだ》（三谷憲正「日本近代の《神》の混乱」）　神の子として生まれたキリストは人間である。が、神でなくなったわけではない。　パウロは言う。「御子（みこ）は、肉によればダビデの子孫から生まれ、聖なる霊によれば、死者の中からの復活により、力ある神の子として公に示された方、私たちの主イエス・キリストです」 （ローマ人への手紙：1：3-4）　イエスは人間であると同時に神としての性質を持っている「神の子」でもあった。この二重性を有するという点で、イエスと天皇は似たところがあるということだ。《おそらく、外来の至聖、至高の存在を日本語で語ろうとすれば、それは明治近代の天皇制国家の磁場の中では「天皇」の聖性を表わす語彙と重なってしまわざるを得なかったように思われる。そして「天皇」の背後には、『古事記』につながる古代の「神々」が「万世一系」という擬制的な在り方で接続していた。このように「God」を示す訳語「神」は、近代と格闘した先人たちの思惑とは裏腹に「天皇」ならびに『古事記』的世界の「神々」をも表象してしまう働きを持っていたように考えられる》（三谷、同）「だからキリストがだな、キリストが天皇陛下なんだ。つまり天皇陛下がキリストをも含んでいるんだ。キリストの全論理の、その上に、おわしましますんだ」（堀田善衛『若き日の詩人たちの肖像』）

  2023.12.31

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• 大東亜戦争肯定論を考える（73）天皇は「半神半人」

  竹山道雄氏は言う。《「国民の歴史的に成立した性格は、１度や２度の戦争で変るものではない」とか、「国民の倫理的ないし審美的感覚は、はるかむかしの有史以前にすでにできあがっていたので、これを最近の３００年や５００年の出来事から解釈するのはまちがいだ」というが、しかし国民的性格で変る部分もたしかにある。これは意識の表面に近いものほど歴史の動きと共に変ってゆくが、深層にあって集合的無意識的であるものほど変りにくい。そして、天皇制は日本国民のよほど深い底の層に根をおろしているもののように思われる》（「天皇制について」：『竹山道雄著作集 ６ 北方の心情』（福武書店）、p. 322）　これを一言で言えば「伝統」ということになろう。「伝統」は、意識の底流にあるがゆえ、日常的に意識されるものではないが、行動や思考の源泉となるものだ。そして「伝統」は、普段意識下にあるがゆえ、意識的に変えられるものではない。《国民の心の中にある天皇のもともとの性格をもっとも簡単に言ってみれば、それは土俗的なものだといえるのではないかと思う。　この島国に住んでいる、一人種・一国語・一歴史・一習慣……という世界にめずらしい国民の中に、久しい年月の間におのずから中心となるものができた。すべての人々が信頼して、そのいうことをむりなくきく精神的な権威ができた。教団の祭主がまつりごとを行って、全国民の上にいる世襲のカミとなった》（同、p. 332）　悠久（ゆうきゅう）の歴史の中で、どのような経緯で天皇が今のような存在となったのかについては、（私の勉強不足もあるが）容易に言葉に出来るようなものではない。ここで私が気になるのは、＜カミ＞という言葉である。おそらく竹山氏は、一神教の「神」と区別する意味で、漢字を用いることを避け、カタカナで＜カミ＞と表記しているのであろう。　私は、天皇は「半神半人」の存在だと考えている。祭祀（さいし）や公務を行う「人としての天皇」に加え、歴史伝統に繋がる「神としての天皇」を私は認めるのだ。「かのように」（森鴎外）考えることによって、天皇は超越的存在となり、日本文化を統合することが出来るのだ。《神道が媒介になって、国民同士を、また国民と天皇を結びつけた。しかし、神道には最後の絶対者はいないのだから（神々も最後の決定は占いによって――つまりさらにより高いものの意思にしたがって行う）、このカミは西洋のゴッドとは全く別のものである》（同、p. 332）　西洋のgodは、現実には存在しない観念的存在であるが、天皇は、現実の人と虚構の神からなる「半神半人」の存在である。

  2023.12.30

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  大東亜戦争肯定論を考える（72）薄っぺらなマッカーサー

  《２次大戦中、この何千万という国民は勝っている話しか聞かされなかった》（『マッカーサー大戦回想録 [下]』（中公文庫 BIBLIO 20世紀）津島一夫訳、p. 257）とあたかも情報統制が行われていたかのようにマッカーサーは言うのだが、情報統制が行われていたのはむしろ占領期の方であった（詳細は、江藤淳『閉ざされた言語空間』（文春文庫）を参照いただきたい）。《そこへ突然襲ってきたのが、全面的な敗北という痛烈なショックだった。彼らの世界は根こそぎくずれてしまった。それは単に軍事力がつぶされたことだけではない。それで１つの信仰が崩壊し、日本人が信じて、それによって生き、そのために戦った、一切のものが消滅したのである》（同）　日本人は勝利を信じていたわけではない。英米と戦って勝てるはずがないことは分かっていた。ただ、戦わずして白旗を上げるのではなく、一矢（いっし）なりとも報いようと、少しでも講和条件を良くしようと抗ってみせただけだ。日本を宗教国家のように考えていたのだとすれば大間違いである。《あとへ残ったのは完全な道義的、精神的、肉体的真空状態だった。その真空の中へ、こんどは民主的な生き方というものが流れ込んできた。彼らが以前に教えられたことがいかに誤ったものであり、かつての指導者たちがどれほど失敗をおかし、過去の信念がいかに悲劇的なものであったかは、現実に疑いの余地なく実証されたのである》（同）　敗戦による虚無感はあったに違いない。が、それは＜道義的、精神的、肉体的真空状態＞などではなかった。日本の大都市は焼け野原となった。そこから復興を果たしたのは、日本人が＜真空状態＞などではなかった証左である。　マッカーサーは＜民主的な生き方＞が真空状態にあった日本に流れ込んできたと言う。が、日本に＜民主的な生き方＞がなかったわけではない。日本にも「大正デモクラシー」という尖（とん）がった時代があった。普通選挙法も成立している。それが後退したのは、欧米列強が圧力を高め、日本を戦争へと追い込んだからである。しかし、戦時体制においても、政権交代が何度も起こっているのは、甚（はなは）だ不完全ながらも民主制が残っていたということだ。《続いて起った日本人の精神革命は、２千年の歴史と伝統と伝説の上に築かれた生活の論理と慣習を、ほとんど一夜のうちにぶち砕いた》（同）　これもマッカーサーの浅薄な認識である。歴史の浅い米国人だから分からないのであろうが、伝統は一朝一夕に変わるものではない。マッカーサーは、様々な改革を行ったけれども、それは表層的なものであって、底流にある伝統にまでたどり着くようなものではない。《封建的な支配者と軍人階級へ向けていた偶像的な崇拝の情は憎しみとさげすみに変り、自分の敵に対して抱いていた憎しみとさげすみはやがて敬意の念へ変っていった》（同、pp. 257f）　マッカーサーに操られ、そのように変化した人も少なくないのかもしれないが、多くは、「不易流行」よろしく、変わらないものと世相に合わせ変えていくものを適宜判断したというのが本当のところなのではなかろうか。

  2023.12.29

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  大東亜戦争肯定論を考える（71）「天皇制」について

  話は、「征韓論」から「天皇制」へと移る。「天皇制」という言葉に拒否反応を示す人もいるようだが、憲法で天皇を規定している以上、これを１つの「制度」と見る他はない。「天皇制」という言葉が気に入らないのなら、憲法から天皇条項を外せばいいのだ。本来天皇は伝統的存在であるから憲法に規定されていなくても天皇の存在はびくともしない。が、現在のような形がこのまま続けば、天皇は憲法によって規定された「一機関」であるかのような誤解を招きかねない。　伝統を理解している人にとって憲法の規定は邪魔物以外の何物でもないが、伝統を理解していなければ、憲法から天皇の文字を消去することに不安を覚える人も少なくないだろうし、何より、天皇制打倒を旗印にしている人達にとって、これは好都合とされ、天皇制廃止の機運も高まるだろう。　私は、憲法改正の肝（きも）は天皇条項にあると思っている。天皇を理解せぬ者達が１週間で草案を書きあげたのが現日本国憲法だ。だから、元々権力を持たぬ天皇から権力を排除しようと天皇の行動を縛ったわけだが、こんな不遜な規定をいつまでも残すのはあまりにも忍びない。が、余程日本の伝統に対する理解と、憲法改正を行う力と信念のある政治家がいなければ、この問題を解決することは難しいだろう。が、今の政治を見ていては、とても改正できる状況にはない。が、そのようなことを言っていては、現行憲法が人々の間に根付き、ますます改正が難しくなってしまうだろう…☆　☆　☆敗戦後、日本改造の指揮をとったダグラス・マッカーサーは、次のような回想を語っている。《国民の中のほんの一部にしか過ぎない封建的な指導者たちが支配の座にすわり、他の何千万という国民は進んだ意識をもつ者のわずかな例外を除いて、伝統と伝説と神話と統制の完全な奴隷となった》（『マッカーサー大戦回想録 [下]』（中公文庫BIBLIO 20世紀）津島一夫訳、p. 257）　これは、マッカーサーの、事実に基づかぬ「思い込み」だ。一体だれが＜支配の座＞に座っていたというのか。日本にはヒトラーのような独裁者はいなかった。統帥権干犯（とうすいけんかんぱん）問題が起こってから、軍部が強い影響力を持つようになったが、その軍部も陸軍と海軍で意見は割れた。そこに政府が割って入っても意見はまとまらなかった。そして何度も政権交代が繰り返された。　独裁者と言うなら占領期におけるマッカーサーの方であろう。日本の戦争指導者から救う英雄のように登場したマッカーサーであったが、実際は、日本国民の救世主ではなく、日本の伝統と文化の破壊者でしかなかった。

  2023.12.28

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• 大東亜戦争肯定論を考える（70）忘れ去られぬ「西郷精神」

  With the suppression of the Corean Affair ceased all the aggressive measures of the government, and its whole policies since they have been directed toward what its supporters called “internal development.” And agreeably to the heart’s wish of Iwakura and his “peace-party,” the country has had much of what they called civilization. Yet withal also came, much efficiency, fear of decisive actions, love of peace at the cost of plain justice, and much else that the true samurai laments. “What is civilization but an effectual working of righteousness, and not magnificence of houses, beauty of dresses, and ornamentation of outward appearance.” This was Saigo’s definition of civilization, and we are afraid civilization, in his sense has not made much progress since his time. – Kanzo Uchimura, Representative men of Japan: Saigo Takamori. – A Founder of New Japan（朝鮮問題（征韓論）が鎮圧され、すべての政府の好戦的政策は中止され、全政策は、支持者たちが「内部発展」と呼ぶものに向けられた。そして岩倉ら「内治派」の悲願どおり、国は文明と呼ばれるものをたくさん手に入れた。けれども、その一方で、多くの効率性、果断な行動への恐怖心、明らかな正義を犠牲にした平和愛など、真の侍であれば嘆き悲しむことが沢山もたらされた。『文明とは道の普（あまね）く行なわるゝを賛称せる言にして、官室の荘厳、衣服の美麗、外観の浮華を言うに非ず』。これが西郷の文明の定義であり、残念ながら彼の意味における文明は、彼の時代からほとんど進歩していない）― 内村鑑三『代表的日本人』西郷隆盛―新日本の創始者　外征派が鎮圧され内治派が実権を掌握してからというもの、「文明」はほとんどといって進歩していないと鑑三は嘆くのである。《参議西郷隆盛は征韓の実行が対露戦争を誘発することを予想しつつ、しかも、そうなることはわが国として望ましいと考えた。彼は、ロシアはわが国侵略の意図を抱いており、そうであるとすれば、「只今（ただいま）北海道を保護し、夫（それ）にて露國に對峙（たいじ）可二相成一哉（あいなるべきや）。さすれば、彌（いよいよ）以て朝鮮の事御取り運びに相成り、ホッセット（Possit Bay）よりニコライ（Nikolaievsk）までも張り出し、此方より屹度（きっと）一步彼地に踏込んで此地を護衞」すべきであるとなしたのである。そして、のちに征韓反対派との論争に際しては、「方今（ほうこん）宇内（うだい）の形成に於て、皇威を海外に張り万国対峙を計る、須（すべか）らく速（すみや）かに海外搆兵（こうへい）の策を立て、先づ朝鮮、満洲地方を経略」すべきであると主張したのであった。西郷の側近であった薩摩藩出身の軍人桐野利秋も同様の考えを抱いていた。参議江藤新平も亦（また）、ロシアとの戦争を予想しつつ征韓の断行を唱えたのであった。さらに外務卿副島種臣の場合には、その主張は当時の外務省顧問ル・ジャンドゥル（C. W. Le Gendre）の意見に負うところ大であったが、ル・ジャンドゥルは、日本としては朝鮮、台湾を併呑（へいどん）して強い発言権をもちうる地位に立ち、それによってロシアのアジア侵略を阻止すべきであるとなしたのであった。以上によって明らかなように、征韓派は往々その大陸への膨張構想の一環として征韓を唱えたのであった》（岡義武『近代日本政治史』（創文社）：国立国会図書館デジタルコレクション、p. 165）※宇内：世界　搆兵：戦いを起こす　勿論、西郷は、朝鮮をただ侵略したいということではなかった。朝鮮を版図（はんと）とすることでロシアの南下を阻止しようと考えていたのだ。　蘇峰は言う。《「征韓論」の本質はここにあった。対内政策、対士族政策の面だけを強調しては、西郷死後１世紀の今日にいたるまで、事あるごとに「西郷精神」が復活して日本人を鼓舞した、その理由が理解できない》（林房雄『大東亜戦争肯定論』（番町書房）、p. 133）

  2023.12.27

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  大東亜戦争肯定論を考える（69）死して高まる西郷評

  《吾人試みに日本最近畿十年の歷史をとつて通觀すれば西鄕隆盛は失敗したが而（しか）もその人格は化して日本民族最近５０年間の絕對的支配者となり、各種事業の進行も皆彼の人格によつて進められた》（戴天仇『日本論』（章華社版）：国立国会図書館デジタルコレクション、pp. 87f）　西郷は、征韓論問題で挫折し、西南の役で賊軍としてこの世を去った。しかしながら、西郷が明治維新の最大の立役者であったことに変わりはなく、その高潔な精神は、非業の最期を遂げたことによって、さらに輝きを増したとも言えるだろう。《當時彼に從つて失敗した土肥兩藩の努力は化して後の民權運動の中心となり．今日に至るも猶（なお）其の餘澤（よたく）は日本全部の既成（きせい）政黨（せいとう）を支配して居る。之れに反して事績上成功した長藩は一面西鄕の人格下に拜伏（はいふく）せざる能（あた）はざると共に他方民論の推移に隨（したが）つて其の政策を定めざるを得なかつた。事業の點（てん）よりいへば西鄕の征韓論は死後１８年にして事實となり死後３０年にして公然の目的と達した》（同、p. 88）　まさに「人間万事塞翁が馬」だ。失敗が成功をもたらし、成功が逆境を生む。　朝鮮併合にまで進んだのだから、征韓論は、それ自体が否定されるべきものではなかった。つまり、西郷は、征韓論ではなく権力闘争に敗れ死地においやられたということだ。《假（か）りに若（も）し明治４年西鄕の征韓論が通過したならば恐らく一大禍を惹起（じゃっき）し、日本の維新事業は全くお流れとなり、西鄕の人格も埋沒（まいぼつ）して其の跡を留めなかつたかも知れぬ。故に吾人若（も）し一代の歷史を讀まんとすれば決して一部の事實や、道德や、理論に迷はさるゝことなく、全部の歷史を見透して讀書の才を有用化するととが肝要である》（同）　もし征韓論が実現していればむしろ困難な状況が引き起こされたかもしれなかった。だから西郷は、皮肉にも、挫折したがゆえに「英雄」としてその名を留めることが出来たとも言えると言うのだ。　大川周明は、北一輝への追悼文に、次のように書いた。《北君は、大西郷の西南の変を以て一個の反動なりとする一般史学者とは全く反対に、之を以て維新革命の逆転又は不徹底に対する第２革命とした。そしてこの第２革命の失敗によつて、日本は黄金大名の聯邦（れんぽう）制度と之を支持する徳川其儘（そのまま）の官僚政治の実現を招いた。維新の精神はかくして封建時代に逆行し、之にフランス革命に対する反動時代なりし西欧、殊（こと）にドイツの制度を輸入したので、朽根（くちね）に腐木（ふぼく）を接（つ）いだ東西混淆（こんこう）の中世紀的日本が生れた。かくの如き日本が民族更生のために第３革命を必要とすることは北君にとりては自明の結論である》（「北一輝君を憶ふ」：『大川周明全集 第4巻』（大川周明全集刊行会）：国立国会図書館デジタルコレクション、pp. 236f）

  2023.12.26

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  大東亜戦争肯定論を考える（68）征韓派の敗北

  《これらの出撃論を「現代の目」で笑うことは容易である。だが、当時の日本人にとっては、笑うどころではなかった。それは「歴史の呼び声」であった》（林房雄『大東亜戦争肯定論』（番町書房）、p. 122）　「歴史の呼び声」と言うよりも「時代の要請」ないしは「時流」とでも言う方が私にはしっくりくる。歴史は過去に属する。が、「征韓論」は今判断しなければならない「現在の問題」だったからだ。《この呼び声に答えることは生死の問題である。政府部内では、「武力出撃論」と「内治優先論」が発生し対立し、さらに交錯して、昨日の「出撃派」は今日の「内治派」となり、「内治派」はまた「出撃派」となり、これに各藩閥の利害、「功臣」たちの権力闘争が加重されて、ついに明治６年の「大破裂」を結果した》（同）　賛否が錯綜（さくそう）し、どうしようもなくなって、西郷をはじめとする半数の参議が辞職するという異常事態が出来（しゅったい）した。世に言う「明治6年政変」である。《征韓論には２つの目的があるとされる。すなわち１は帝政ロシアの朝鮮侵略に先んずるという口実で、日本がこれを占領し、さらに中国を侵略する橋頭堡（きょうとうほ）にしようというのと、２は、当時国内における内乱の危機を外征にそらそうとの目的があるとされる…外務省すじでの征韓論は、第1に主眼点をおき、初期の木戸孝允、佐田白茅らのそれは、第２の目的を主としている》（井上清『日本の軍国主義』（東京大学出版会）：国立国会図書館デジタルコレクション、p. 101）《これは井上清氏のマルクス主義的分析であって、「征韓論」を日本の東亜侵略の第１歩と見なす解釈である。同じ見解が左翼史家たちによって一般化されているが、果してそうであろうか。私にはただの公式論、マルクス主義の不手際な応用としか見えない》（同）と林氏は、ばっさり斬り捨てる。《私は「征韓論」をもまた「東亜百年戦争」の一環と見る。それは維新革命によって一応の国内統一を達成した日本の「西欧列強」に対する、最初の、そして性急な反撃計画であったと考える。性急すぎ、早すぎたために、それは挫折した。「内治派」が勝ち「出撃派」が破れた。明治６年の西郷派の征韓論は「東亜百年戦争における挫折した反撃」として理解する時に、初めてその真相にふれることができるのではなかろうか。相手は朝鮮ではなかった。清国でもなかった。「東漸（とうぜん）する西力（せいりき）」であり、「欧米列強」であった。そして、最初の反撃計画は挫折した。挫折したが故に、「西南戦役」という内乱も生れ、その犠牲もまた絶大であった》（同、pp. 122f）

  2023.12.25

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• 大東亜戦争肯定論を考える（67）官吏の征韓論

  《（板垣退助は）白茅（はくぼう）が征韓論をやつて居ると云ふことを聞かれ、白茅に面接して、其論旨を聞（きか）れ、至極贊成であつた。翁（おう）曰く「然（しか）らば外務省に於て、速（すみや）かに公使を朝鮮に遣（や）ることに盡力（じんりょく）せられよ、我は土州（土佐）より兵隊と兵糧（ひょうりょう）を繰り出すことに周旋（しゅうせん）し、共に國家の爲に盡瘁（じんすい）せん」と懇話せられ、其外にも品々畫策（かくさく）のことありて、中々盛なる議論で、將來の事等も深く考へて居られた》（德富猪一郞『近世日本國民史 第８６卷(征韓論前篇)』（近世日本國民史刊行會）、p. 90）　板垣退助は、佐田白茅の「征韓論」に賛成した。が、それは政府とは随分温度差があった。《白茅は是の時一敵國を獲たる心持ちがして、１人ふかく踏み込んで、澤〔宣嘉（さわ・のぶよし）〕外務卿、寺島外務大輔、其他の人々え公使派遣のことを充分遊說（ゆうぜい）したれども、之に應ずる人がすくなかった。但し澤公は贊成の氣あり、寺島も同一の樣子見えたるも、深く立ち入らるることを敢てせられざりし。或る日寺島曰く、朝鮮の事件を政府に提出すれば、あの３０大隊かと言つて、相手にせなゐよふになつたと話された。此の３０大隊とは、白茅が建白中に有る文字を指したるものなり》（同）　外務権大丞（だいじょう）柳原前光（やなぎわら・さきみつ）も次のような意見書を提出した。《朝鮮國の儀は、北滿洲に連（つらな）り、西韃淸（だつしん）に接し候地にして、之を綏服（すいふく）すれば、實に皇國保全の基礎にして、後來萬國經略進取の基本と相成、若（もし）他に先ぜらるれば、國事爰（ここ）に休するに至り可申、且（かつ）近年各國も彼地の國情を探り知りて、頻（しきり）に之を窺（うかが）ふ者不少、既（すで）に魯西亞（ロシア）の如きは、滿洲東北を蠶食（さんしょく）し、其勢往々朝鮮を呑まんとす。是れ皇國の一日も輕忽（けいこつ）に見るべからざる時と存候》（同、p. 105）※綏服：他国を平定服従させる。　朝鮮を傘下（さんか）に収めれば、日本国保全、天下支配統治の基礎となる。が、他国に先を越されれば、日本は困ったことになる。近年各国、朝鮮に関心を寄せているし、ロシアは、満洲東北部を蚕食（さんしょく）し、朝鮮を併呑（へいどん）しようとしている。もはやお座なりに出来ないと柳原は言うのだ。《魯・佛・英・米の彼地を屬（ぞく）せんとするは、照然（しょうぜん）論を竢（ま）たず。然（しか）るに方今（ほうこん）佛孛（ふつぼつ）交戰の事起り、魯國は孛を後援するの風聞候得ども、素より虎狼の國柄、歐羅巴（ヨーロッパ）動亂（どうらん）の際を窺ひ、亞細亞洲中を掠略（りょうりゃく）するの機鋒、必らず脫出し來るべく、且米國も亦（また）兵を朝鮮に試みるの說あり、是れ皇國の苟（いやしく）も因循すべき日のにあるまじくと存候》（同、p. 106）※佛孛：フランス・プロイセン　掠略：かすめとること　機鋒：きっさき　因循：ぐずぐずして煮えきらないこと　ロシア、フランス、イギリス、アメリカが朝鮮を手に入れようとしているのは明らかだ。ぐずぐずしている場合ではないと言うのだ。

  2023.12.24

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• 大東亜戦争肯定論を考える（66）武力行使を背にした話し合いの必要

  森山茂も次のように建言する。《荏苒（じんぜん）其期を失ふに至らば、還（かえっ）て西洋各國の俎肉（そにく）となり、剩（あまつさえ）其交鄰の公明ならざるを訾（そし）らるるに至らば、朝威何（いず）れの日か、海外に波及せんや。寔（まこと）に目今（もっこん）の形狀に於（おけ）る、頃剋（けいこく）も、等閑（とうかん）外視すべからざる也》（德富猪一郞（蘇峰）『近世日本國民史 第８６卷(征韓論前篇)』（近世日本國民史刊行會）、p. 79）※荏苒：物事が捗（はかど）らず、延び延びになるさま。　頃剋：暫くの間。　非常に難しい言葉遣いだが、ぼやぼやしていては、欧米列強に食べられてしまうということを憂慮しているということだ。《​邇（ちかく）速（すみ）やかに大使を出し、既往（きおう）の事を問はず、淳々陛下の彛澤（いたく）を宣（の）べ、交鄰有レ道、幕府は卽（すなわち）陛下の臣也。臣として外邦と交誼（こうぎ）を計る、古へ不明の甚だしきより出（いで）て、大經大法に非ざるの理義、辯明（べんめい）し、且（かつ）彼我援救の至誠を示し、地球の變遷、昔日の比に非ざるを陳（の）べ、交力武威を供同し、終（つい）に能（よ）く協戮（きょうりく）して、萬國に對峙（たいじ）せん事を說ば、膠柱鼓瑟（こうちゅうこしつ）の國人と雖（いえ）ども、豈（あに）擯郤（ひんきゃく）するを得んや​》（同、p. 80）※協戮： 協力。　膠柱鼓瑟：柱（ことじ）に膠（にかわ）して瑟（しつ）を鼓（こ）す：頑迷で状況の変化に対応ができないことのたとえ。　擯郤：擯斥：退けること。　たとえ頑迷固陋（がんめいころう）で自分たちが置かれた状況が分かっておらなくとも、誠意を尽くして説明すれば、物別れになるとは思われないと言う。《蓋（けだ）し副使草梁館に就く日より、１０日を出、大使江華に入り、尋（つい）で漢城に至る可し。而（しか）して渠（か）れ萬一我禮序（れいじょ）を拒破し、正明の約を容（い）れず、猥（みだ）りに大使を瀆（けが）し、兵杖（へいじょう）を動かすに至らば、則（すなわ）ち我戰を欲せずと雖（いえ）ども、鬪伐の權（けん）自ら我に有す。我れ征權を有し以て師を進む。一擧捲席（いっきょけんせき）、渠（かれ）豈（あに）倒旗せざらんや。而して彼の淸國と雖ども、之を訾るの理なし。夫レ如是乎（それかくのごときか）、昔日壬辰の役と日を同ふして論ずべけんや》（同、p. 81）※兵杖：武器。　礼序：礼法。　　万一こちらの礼法を拒否し、公明正大な約束を受け入れず、みだりに大使を冒瀆（ぼうとく）し、武力に訴えるなら、討伐しようと言う。　蘇峰は言う。《森山の所說は、佐田のそれに比すれば、言葉が穩安なるだけにして、其の主旨は、略（ほ）ぼ同一だ。要するに到底口舌のみでは朝鮮を動かす事は出來ない。只（た）だ兵力を以てして、始めて其の效力がある。乃（すなわ）ち兵力を擁（よう）して以て彼を威（おど）し、彼その言を聽けば則ち止む。聽かざれば直ちに之を用ひ、一擧して彼を征伐し、直ちに彼を降伏せしめん。而（しか）して彼の本意は、固（もと）より用兵に存す》（同）　武力行使を背にした話し合いでなければ埒が明かない。また、この武力も見せかけではなく、話を聞かないなら、本当に武力行使するぞという真剣さが必要だと言うのだ。

  2023.12.23

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• 大東亜戦争肯定論を考える（65）佐田氏の強硬論

  さらに佐田白茅（さだ・はくぼう）は続ける。《朝鮮を伐（う）つ、利有りて而（しか）して損無し。一日若干金穀（きんこく）を投ずと雖（いえど）も、五旬を出でずして、而して其償（つぐない）を得（う）矣。今大藏省每歲金凡（およそ）２０萬圓（まんえん）を蝦夷（えぞ）に出して、未だ幾年にして而して開拓を成すを知らず矣。朝鮮は則（すなわ）ち金穴（きんけつ）也。米麥（べいばく）亦（ま）た頗（すこぶ）る多し。一擧（いちげき）之を拔く。其の人民と金穀とを徵（ちょう）して以（もっ）て、之を蝦夷に用ゆれば、卽（すなわ）ち大藏省は唯だ其償を取るのみならず、幾年間開拓の費を省く。其利（り）豈（あ）に浩（おおい）ならず乎（や）。故に朝鮮を伐つは富國强兵の策なり。容易に財を糜（ちら）し、國を蠹（と）するの論を以て之を卻（しりぞ）く可らざる也》（德富猪一郞（蘇峰）『近世日本國民史 第８６卷(征韓論前篇)』（近世日本國民史刊行會）、p. 74）※蠹する：蝕（むしば）むこと。　欧米列強より前に、日本が朝鮮を取ってしまえとは、実に血の気の多い話である。蘇峰も疑問符を打つ。《朝鮮を攻略し、其の人民と金穀を用いて蝦夷を開拓すとは、餘（あま）りに蟲（むし）の善き話である。然（しか）も當時（とうじ）に於（おい）てはやや奇創の說に幾（ちか）し》（同、p. 75）《今皇國實に兵の多きを患（うれい）て、兵の少きを患へず。諸方の兵士、未だ東北の師を足れりとせずして、頗（すこぶ）る戰鬪を好み、足を翹（あげ）て亂（らん）を思ふ。或は私鬪內亂の憂（うれい）を釀（かも）し成さんことを恐る。幸に朝鮮の擧あり、之を斯（ここ）に用ひて、而して其の兵士鬱勃（うつぼつ）の氣を洩（も）らせば、卽ち唯だ一擧朝鮮を屠（ほふ）り、大いに我が兵制を練るのみならず、又た皇威を海外に輝さん。豈（あ）に神速之を伐てたざる可（べけ）ん乎（や）哉》（同）　蘇峰は、佐田氏の意見を次のように評する。《如何にも粗笨（そほん）にして、徒らに痛快、激烈、書生机上（きじょう）の方言空論に類するが、亦其中當今（とうこん）の事情に適切にして、且（か）つ時勢に對應（たいおう）するの策として、當局者の參考に資（し）す可きものが鮮（すくな）くない。加ふるに文字は快劍陣を斫（き）るの趣（おもむき）ありて、以て征韓論の唱首（しょうしゅ）と爲（な）すにたるものがある。佐田が當時に於て、征韓論者の名を博したるも、決して偶然ではあるまい》（同、pp. 75f）※粗笨：粗雑。　私は、佐田氏の意見を是非はしない。なるほど、現代の価値観、情報知識量からすれば、違和感はあろう。が、私が注目するのは、佐田氏の意見が当時有力だっただろうことだけだ。

  2023.12.22

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• 大東亜戦争肯定論を考える（64）佐田白茅の上書

  《朝鮮との交涉は、對馬（つしま）の手を離れ、中央政府より直接に取扱ふこととなり、その爲めに先（ま）づ外務權大錄佐田白茅（さだ・はくぼう）、同小錄森山茂を派遣することとなり、更（さ）らに貿易通商の事に經驗ある外務權小錄齋藤榮を同行せしめ、彼等は明治２年米國汽船にて、橫濱（よこはま）より長崎に至り、長崎に於（おい）て佐田と同鄕の醫（い）廣津弘信の隨行を請ひしかば、之を伴ひ、明治３年正月２８日對州嚴原（いづはら）に著（つき）、２月９日和船虎屋丸に乘じて朝鮮に赴（おもむ）くこととなつた》（德富猪一郞『近世日本國民史 第８６卷(征韓論前篇)』（近世日本國民史刊行會）：国立国会図書館デジタルコレクション、p. 68）《佐田等は直ちに東莱（とうらい）府使等に會見し、談判したが、其の要領を得ず。仍（よ）りて佐田は副差使蓑田多記をして、彼我往復の書類を齎（もたら）し、征韓論の建議を政府に上（たてまつ）り、東京に歸（かえ）りて、廟堂（びょうどう）大官の閒に遊說する所あり、次で森山・齋藤も亦た歸鄕（ききょう）して、各々征韓論を上つた。明治初期の征韓論は、實に佐田・森山・齋藤等に負ふ所多く、特に佐田を以（もっ）て、其の最と爲す》（同、p. 69）　上書の中で、佐田は次のように書いた。《全皇國一大城となさば、則（すなわ）ち蝦夷（えぞ）、呂宋（ルソン）、琉球、滿淸、朝鮮皆な皇國の藩屏（はんぺい）也。蝦夷すでに開拓を創（はじ）む。滿淸は交わる可し。朝鮮は伐（う）つ可し。呂宋、琉球は手に唾して取る可し矣。夫（そ）れ朝鮮の伐たざる可らざる所以（ゆえん）のもの、大（おおい）に之（こ）れ有り》（同、p. 73）　随分横柄な物言いに聞こえるかもしれないが、そういう時代だったのだ。当時、東アジアは欧米列強の陣取り合戦の様相を呈していた。その間隙（かんげき）を縫（ぬ）って、唯一日本が何とかして東アジアに独立圏を築かんと抗（あらが）っていたのだ。《４年前、佛國（フランス）朝鮮を攻め敗屻（はいじん）を取る。懊恨（おうこん）限り無し。必らず挑戰をして長久（ちょうきゅう）ならしめず矣。又魯國（ロシア）竊（ひそか）に其の動靜を窺（うかが）ひ、墨國（米國）亦た攻伐の志有り。皆彼の金穀（きんこく）に垂涎（すいぜん）すと爾（し）か云ふ。皇國若（も）し斯（こ）の好機會を失うて、而（しか）して之を匪人（ひじん）に與（あた）ふ。則ち實に我唇を失うて、而して我齒必らず寒し。故に臣痛く皇國の爲めに、撻伐（たつばつ）を唱ふる也》（同）※懊恨：悩み恨むこと。　長久：長く久しいこと。　金穀：金銭と穀物。　垂涎：ある物を手に入れたいと熱望すること。　爾か：そのように。　匪人：徒党を組んで略奪・暴行などをする悪者。この場合、欧米列強。　撻伐：伐つこと。　愚図愚図（ぐずぐず）していては、欧米列強に取られてしまうと佐田は言うのだ。

  2023.12.21

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  大東亜戦争肯定論を考える（63）西郷の敗北

  《岩倉は、大久保、木戶等と前後して、世界巡視の旅から歸朝（きちょう）した。彼等は、文明の中心地に於ける文明、その快樂と幸福とを、見た。彼等がもはや外國との戰爭を考へなかつたことは、西鄕が巴里（パリ）や維納（ウィーン）の生活樣式を考へなかつたと同じである。こゝに於（おい）て彼等は、あらゆる陰險不純の手段に訴へ、彼等の不在中に閣議にて決せられた決議を覆すため、結束して彼等の全力を傾倒した。そして三條太政大臣の病氣を利用して、遂（つい）にその方針を貫徹するに成功したのである。遣韓使節の議は、明治６年（１８７３年）１０月２３日、取止めとなった。西鄕は、此時までは外部からは如何に見るも忿怒（ふんど）を知らない人とより見えなかつたが、今こそ彼は、『長袖者（ちょうしゅうしゃ）流』と彼の稱（よ）んだあの臆病な公卿（くぎょう）どもの遣（や）り口に對（たい）し、激昂（げっこう）した。議の取止めとなつたことが、彼を最も傷けたのではない。其が取止めとなつた方法と、其所（そこ）に至った動機が、我慢なり難い彼の不滿であった。彼は、此の腐敗せる政府とは何等の關係をも有（も）つまじと決意し、閣議の席上に辭表を投じ、東京の邸宅を引沸（ひきはら）ひ、直に薩摩の家鄕に隱退した。殆（ほとん）ど彼の努力によつて建設せられた政府に、彼は遂（つい）に再び參加することがなかつたのである》（內村鑑三『代表的日本人』（岩波文庫）、pp. 34f）　西郷は、公卿たちの汚いやり方に我慢ならなかった。病気の三条の代わりに内治派の岩倉が太政大臣の役を引き継ぐことになり、西郷は万策が尽き、郷里へと退き下がった。《「征韓論」の抑壓（よくあつ）とともに、政府の積極政策はすべて終焉（しゅうえん）し、諸般の政策は、その時以來、この支持者等の所謂（いわゆる）『內治改良』の方向にむかつた。そして岩倉とその『內治派』の心中祕（ひそ）かに願ひし所に適（かな）ひ、此國は彼等の所謂文明開化を澤山（たくさん）に有つことができた。倂（しか）し其と共に、甚しい懦弱（だじゃく）、斷乎たる行動に對する恐怖、明白なる正義を犧牲にした平和の愛好など、眞個（しんこ）の武士の慨嘆に堪へない他の多くのものが、其に隨伴したのである》（同、p. 35）　蘇峰は言う。歴史は決して純理のみにて、製造せらるるものではない。其の大部分は　利害の計較（けいこう）が働らいてゐる。而（しか）してそれ以上に感情が大なる威力を持ってゐる。然（しか）も其の感情は、頗（すこぶ）る複雑のものにして、決して単純のものではない。若（も）し征韓論が、明治史の一大分解作用を為（な）したる動機とせば、その分解の要素は、決して内治派と外交派との政見の異同のみでは無かった。更らに一歩を進めて研究すれば、政見の異同その物が、或は利害、或は感情によりて、支配せられたる割前（わりまえ）、決して少量では無かつた。利害の點（てん）で、最も大なるは、薩・長・土・肥４藩の勢力の権衡である。感情の點で最も大なる點は、出遊者と、在留者との間における約束が、在留者によりて、殆（ほと）んど破毀（はき）せられたる一事である。（徳富蘇峰『近世日本国民史 第８６巻』（近世日本国民史刊行会）、p. 4）

  2023.12.20

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• 大東亜戦争肯定論を考える（62）諭吉の無念

  《初度の顛覆（てんぷく）と再度の顛覆と其（その）趣（おもむき）を異にし其寛猛軽重の差あること斯（かく）の如くにして、初には西郷に許すに忠義の名を以てし、後には之に附するに賊名を以てす。論者は果して何等の目安に據（より）て之を判断したる欺（か）。よく名と實とを分別し、前に云へる事物の秩序を保護し人民の安全幸福を進るの事案を根拠と為して之を判断したる欺》（「明治１０年 丁丑公論」：『福澤諭吉全集 第６巻』（岩波書店）、p. 545）　１度目の転覆（明治維新）を忠義とし、2度目の転覆（征韓論問題）を謀反（むほん）とするのはどういう判断基準に拠（よ）るものか。《今の政府の官員に日本國の事務を任すれば、必ずよく社會を整理して失錯（しっさく）あることなく、人民の智徳は次第に進歩して、自由自治の精神は漸（ようや）く發達して、富強繁盛の幸福を致す可し、之に反して、西郷をして志を得せしめなば、反對（はんたい）の災害を醸（かも）す可し、今の官員にして必ず然（しか）る可し、西郷にして必ず然る可らずと、今日を視察し今後を推量し、果して心に得て之を判断したる欺》（同）　現政府の役人は良くて、西郷は駄目だというのはどういう了見によるものかと諭吉は問うのだ。《論者の眼力、炬（きょ）の如しと雖も、斯（かか）る洞察の明は無かる可し。況（いわ）んや退（しりぞき）て其私を顧み、其平生唱ふる所の持論を聞けば、常に政法の是非を議し、其専制を憂ひ其不自由を咎（とが）め、今後の成行を危懼（きく）して措（お）くこと能（あた）はざるが如きものあるに於てをや。論者は決して今の政府を信ずる者と云ふ可らず。然（しから）ば則（すなわ）ち其西郷に賊名を附したるは事案の利害に據（より）て目安を定めたるものにも非ざるなり》（同）　日頃、政治の方法の是非を議論し、専制を憂い、不自由を咎め、今後の成り行きを危惧し放置できないと言っている人が今の政府を信用できるはずはないし、西郷を悪者とするのは、ただ政府の側に付いた方が得だと言うわけでもあるまい。《西鄕は天下の人物なり。日本狹しと雖も、國法巖（げん）なりと雖も、豈（あに）一人を容（い）るゝに餘地（よち）なからんや。日本は一日（いちじつ）の日本に非ず、國法は萬代の國法に非ず、他日この人物を用るの時ある可きなり。是亦惜（おし）む可し》（同、p. 553）　西郷は英傑（えいけつ）である。ただ国法に背いたからと言って、この大立者（おおだてもの）を抱える余地が日本のどこにもないのだろうか。日本は今日一日のものではない。国法は万古不易のものではない。いずれまた西郷の出番はあるはずだ、あるに違いない。そう言って諭吉は、無念の中、筆を擱（お）いたのだった。

  2023.12.19

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• 大東亜戦争肯定論を考える（61）西郷の二度の反乱への評価矛盾

  《論者の說を解剖すれば、一國に政府を立てゝ法を定るまでを第１段とし、以下事物の秩序を保護して人民の安全幸福を進るまでを第２段として見る可し。而（しか）して其眼目とする所は必ず第１段に在らずして第２段に在ることならん。蓋（けだ）し第１段は名なり、第２段は實なり。論者は必ず名を重んじて實を忘るゝ者に非ざれば、俄（にわか）に今人間社食に政府なるものを設けずして事物の秩序を保護し人民の幸福を進るの路（みち）あらば、必ず此路に由（よ）ることならん。若（も）し然（しか）らずして唯（ただ）物の名のみに拘泥（こうでい）し、苛（いやしく）も政府の名あるものは顛覆（てんぷく）す可らず、之を顛覆するものは永遠無窮の國賊なりとせば、世界古今何（いず）れの時代にも國賊あらざるはなし。近く其著しき者を擧れば、今の政府の顯官も十年以前西鄕と共に日本國の政府たる舊幕府（きゅうばくふ）を顛覆したる者なれば、其國賊たるの汚名は千歲（せんざい）に雪（すすぐ）ぐ可らざるものと云ふも可ならん。然り而（しか）して世論之を賊と云はずして義と稀するは何ぞや。舊幕府は政府の名義あれども事物の秩序を保護して人民の幸福を進むるの事案なきものと認めたるが故ならん。有名無害と認む可き政府は之を顛覆するも義に於て妨げなきの確證（かくしょう）なり》（「明治１０年 丁丑公論」：『福澤諭吉全集 第６巻』（岩波書店）、pp. 542f）　政府に盾突いては相成らんと言うのなら、明治維新はどうなるのか。現政府は江戸幕府を転覆させ成立した。そして現政府の役人は、その顛覆に携わった者達である。明治維新は良しとし、今時（こんじ）西郷の反乱は悪しとするのはどうしてなのか。《西郷は人の艱難（かんなん）を醸（かも）したる張本（ちょうほん）と云ふも謝するに辞（ことば）なき程の次第なれども、文明進歩の媒（なかだち）と偽りて大に益する所あれば、人民一時の艱難は之を顧（かえりみ）るに遑（いとま）あらず。即（すなわ）ち西郷が初度の顛覆に於て其忠勇第一等にして筆者も之を許す由縁ならん。然り而して再度の顛覆には其志を成すこと能（あた）はざりしが故に成績を見る可らずと雖も、世上一般の噂に於（おい）ても、學者流の所見に於ても、又余輩の臆測する所に於ても、其趣（おもむき）全く初度の惨酷に似ずして必ず寛大なる可きや疑なし》（同、p. 544）　西郷は、人民を苦しめている張本人ではあるのだけれども、明治維新は、顧みれば大いに益するところがあったがゆえに、許されるべきものであった。今回の反乱も、世論においても、学者の所見においても、自分の憶測においても、明治維新の惨状に比すれば、寛大に処されるべきものだと諭吉は言うのである。

  2023.12.18

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• 大東亜戦争肯定論を考える（60）諭吉の虱潰しの反論

  《此度西鄕の企（くわだて）は、前にも云へる如く唯政府の一部分を變動（へんどう）するのみにして、政府の名をも改るに非ざれば、其名正しく其分紊（みだ）れず、今の吏人（りじん）の身として此小變動に處（しょ）するに於（おい）て、其寢返りの易くして神速なるべきは智者を俟（ま）たずして明（あきらか）なり。且（かつ）新聞記者の如きは展轉（てんてん）反側（はんそく）の最も自在にして最も妙を得たるものなるが故に、忽（たちま）ち筆を倒（さかしま）にして後（しり）へを攻め、以（もっ）て正三位（しょうさんみ）陸軍大將西鄕隆盛公の盛擧（せいきょ）を贊成し、天下の人心も亦（また）これに歸（き）して、風波の鎭靜（ちんせい）すべきは疑（うたがい）を容（い）る可らず。　西郷は、ただ政府の一部分を変えようとしているだけであるから、役人が寝返るのも容易（たやす）いし、新聞記者も反転するのはお手の物であるから、西郷の企てに賛成し、世間の人々もこれに従って、波風が沈静化するだろうことは疑う余地もない。故に云（いわ）く、西鄕志を得るも第２の西鄕ある可らず。或は１、２失路の人が黨與（とうよ）を結ばんとするも、之（これ）れに與（くみ）する者は案外に少なかる可し。實は人民の氣力の一點（いってん）に就（つい）て論ずれば、第２の西鄕を生ずるこそ國の爲めに祝す可きことなれども、其これを生ぜざるを如何（いかん）せん。余輩（よはい）は却（かえっ）て之を悲しむのみ》（「明治１０年 丁丑公論」：『福澤諭吉全集 第６巻』（岩波書店）、p. 542）　諭吉は、西郷の志を得て、第２の西郷が現れるなどとは思わないが、西郷のような人間がまた現れることは、国にとってむしろ喜ばしいことではないかと言う。《論者又謂（おもえ）らく、西鄕は天皇一身の賊にあらず、道德品行の賊にあらず、又封建を慕うて文明改進を妨ぐるの賊にも非ず、又彼をして志を成さしむるも大なる後患（こうかん）もなかる可（べ）しと雖（いえど）も、苛（いやしく）も一國に政府を立てゝ法を定め、事物の秩序を保護して人民の安全幸福を進るの旨を誤らざれば、其國法は卽（すなわ）ち政府と人民との間に取結たる約束なるが故に、此政府を顛覆（てんぷく）して此法を破らんとする者は違約の賊として罪せざる可らずと。此說は頗（すこぶ）る綿密にして稍（や）や理論の體裁（ていさい）を具（そな）へたるものに似たれども、一言の下に感服すること能（あた）はず》（同）　諭吉の虱潰（しらみつぶ）しの反論は、１つひとつ尤（もっと）もだとしても、政府と人民の間で取り決めた国法を破り政府の転覆を図（はか）ろうとするのは御法度であり罰せざるを得ないとこれまた尤もなことを言う論者がいる。が、これは理に適った指摘のようではあるが、はいそうですかとは行かないと諭吉は言うのだ。

  2023.12.17

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• 大東亜戦争肯定論を考える（59）西郷の挙動への諭吉解釈

  《若（も）し彼をして眞實に封建世碌の友たらしめなば、其初め德川を倒すの時に、己が數代（すうだい）恩顧の主人たる島津家を奉じて將軍たらしめんことを勉むべき筈（はず）なり。或は然（しか）らざれば自から封じて諸侯たらんことを求むべき筈なり。此を是れ勉めざるのみならず、維新の後は卻（かえっ）て島津家の首尾をも失ひ、且（かつ）其參議たりしときは廢藩置縣（はいはんちけん）の大義にも與（あずか）りて大（おおい）に力ありしは、世人の普（あまね）く知る所ならずや。廢藩は時勢の然（しか）らしむるものとは雖（いえど）も、當時（とうじ）若し西鄕の一諾なくんば此大擧（たいきょ）も容易に成を期すべからざるや明（あきらか）なり。是等（これら）の事實を證（しょう）すれば、西鄕は決して自由改進を嫌ふに非ず、眞實に文明の精神を慕ふ者と云ふべし》（「明治１０年 丁丑公論」：『福澤諭吉全集 第６巻』（岩波書店）、pp. 536f）　諭吉は、西郷は、封建体制にしがみ付くどころか、恩義ある藩にとって辛（つら）い廃藩置県という改革にも大きく関わっている。それは、西郷が自由改進の精神を嫌うどころか、まさに文明の精神を思い慕う人物であることが分かるはずだと言う。《開國以來日本の勢は立憲の民政に赴（おもむ）くものにして、其際には樣々の事變（じへん）故障もあれども、大勢の進で止まざるは時候の次第に寒冷に赴き又暑氣に向ふが如くにして、之を留めんとして留む可らず。且（かつ）其事變故障と唱ふるものも、或は實の故障に非ずして却（かえっ）て大勢の進步を助くるに便利なりしこと、往々其例なきに非ず。之を譬（たと）へば向暑向寒の時候に大風雨あれば、風雨止んで俄（にわか）に暑寒の勢を增すことあるが如し。風雨は暑寒の進步を妨げずして却て之を助くるものなり。況（いわ）んや此度西鄕の擧動（きょどう）は日本の全國を殲滅（せんめつ）するに非（あら）ず、又政府の全體（ぜんたい）を顛覆（てんぷく）するにも非ず、僅（わずか）に政府中の一小部分を犯すのみの企（くわだて）なれば、政治上の大風雨と名づくるに足らず。是等の事情をも吟味せずして徒（いたずら）に兵力專制の禍（わざわい）を恐るゝは、狼狽（ろうばい）の甚（はなはだ）しき者と云ふ可（べ）し》（同、p. 538）　西郷の矛先は、政府の極一部分に対し向けられているだけなのであって、西郷は兵力を欲しい儘（まま）にしようと画策しているかのごとくに言うのは、周章狼狽が過ぎると諭吉は言うのである。

  2023.12.16

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• 大東亜戦争肯定論を考える（58）福澤諭吉の西郷擁護

  《從來新聞の記者又は投書家は、事を論ずるに條例を恐れて十分に論鋒を逞（たくまし）うすること能（あた）はず、常に婉語諷言を以て暗に己が所見を示すの巧を得たりし者なるが、西鄕の一條に至ては毫（ごう）も斟酌（しんしゃく）する所なく、心の底より之を惡（にく）み之を怒るが如くにして、啻（ただ）に斟酌を用ひざるのみならず、記事雜報の際にも鄙劣（ひれつ）なる惡ロを用ひ無益なる贅言（ぜいげん）を吐（はい）て、罵詈誹謗の事實に過ぐるもの尠（すく）なからず》（「明治１０年 丁丑（ていちゅう）公論」：『福澤諭吉全集 第６巻』（岩波書店）、pp. 533f）　これまでは条例に抵触するのを怖れ直截（ちょくさい）的に表現するのを躊躇（ためら）ってきた新聞記者たちが、事西郷となると言いたい放題というのは辻褄が合わないではないかということだ。《遽（にわか）に其文面を見れば、記者は嘗（かつ）て西鄕に私怨あるもの歟（か）と疑はるゝ程の極度に至れり。豈（あ）に怪しむ可きにあらずや。蓋（けだ）し此論者は之に由て今の政府に媚（こび）を獻（けん）ぜんと欲する歟、政府の中に苛（いやしく）も具眼（ぐがん）の人物あらば、忽（たちま）ち之を看破して卻（かえっ）て其賎劣（せんれつ）を憫笑（びんしょう）することならん》（同、p. 534）　政府に媚（こ）びを売ろうとしているのかもしれないが、ばればれで、むしろ逆効果だと言うのだ。《或（あるい）は之（これ）に由（より）て社會を籠絡（ろうらく）せんと欲する歟、斯（かか）る賎しき筆端に欺（あざむ）かれて其籠絡に罹（かか）る者は杜會中の糟粕（そうはく）にして、假令（たと）ひ之をして其說に服せしむるも之が爲（ため）に論者の勢力を增すに足らず。下等社會に同說の多きは正に其說の無味淺見なるを表（ひょう）するに足るのみ》（同）※糟粕：役にたたないもの。　こんな浅見に引っ掛かるような人間は、所詮社会の役に立たない人達でしかない。このような説に乗っかる人が多いということは、この説が浅薄なものであることを証明しているに過ぎないと手厳しい。《論者又謂（おもえ）らく、西鄕は武人の巨魁なり、若（も）し彼をして志を得せしめなば、必ず士族に左袒（さたん）して益（ますます）人民を奴隸視するに至らん、斯（かく）の如きは卽（すなわ）ち自由の精神を害して人智の發達を妨るものにして、之を文明の賊と稱すべしと。此論は西鄕を皮相して其心事を誤解したるものなり。西鄕が士族を重んずるは事案に疑なしと雖（いえど）も、唯其氣風を愛重するのみにして、封建世碌の舊套（きゅうとう）に戀々（れんれん）たる者に非（あら）ず》（同、p. 536）

  2023.12.15

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  大東亜戦争肯定論を考える（57）福澤諭吉の反論

  《西郷隆盛が「反動家」で「武断派」で、「旧士族階級の代表者」であり、彼を立役者とする征韓論の破裂と西南戦争の敗北によって旧士族は息の根をとめられ、日本は近代化への第一歩をふみ出したという見解は、すでに戦前から一般化されていた。そして、この型の「西郷反動家論」は西郷の反乱と戦死の直後から始まっている。これに対して最初に激しい怒りを吐露したのは明治の興隆期を代表する思想家福沢諭吉であった。彼はこの「全く無根出たらめの西郷個人攻撃」は「政府へのおべっか使いの学者達や、政府の飼犬化した新聞記者連」が流布したものだと言い、西郷の反乱とその精神をことごとく弁護してあますところがない》（林房雄『大東亜戦争肯定論』（番町書房）、p. 110）　諭吉は、《凡（およ）そ人として我が思ふ所を施行せんと欲せざる者なし。卽（すなわ）ち專制の精神なり。故（ゆえ）に專制は今の人類の性（さが）と云ふも可なり。人にして然（しか）り。政府にして然らざるを得ず。政府の專制は咎（とが）む可（べか）らざるなり》（「明治１０年 丁丑（ていちゅう）公論緖言」：『福澤諭吉全集 第６巻』（岩波書店）、p. 531）と政府も専制に陥ることを免れないことを指摘した上で、《政府の專制咎む可らずと雖（いえど）も、之を放頓（ほうとん）すれば際限あることなし。又これを防がざる可らず。今これを防ぐの術（すべ）は、唯これに抵抗するの一法あるのみ。世界に專制の行はるゝ間は、之に對（たい）するに抵抗の精神を要す。其趣（おもむき）は天地の間に火のあらん限りは水の入用なるが如し》（同）と政府の専制があれば、これを放置すべきではないと言う。《近來日本の景況を察するに、文明の虛說に欺（あざむ）かれて抵抗の精神は次第に衰頽（すいたい）するが如し。苟（いやしく）も憂國の士は之を救ふの術を求めざる可らず。抵抗の法一樣（いちよう）ならず、或は文を以てし、或は武を以てし、又或は金を以てする者あり。今、西鄕氏は政府に抗するに武力を用ひたる者にて、余輩の考とは少しく趣を殊（こと）にする所あれども、結局其精神に至ては間然すべきものなし》（同）※間然：非難や批判すべき欠点があること。　国会開設以前のことであるから、政府に武をもって抵抗するのは已むを得ぬことだったろう。《然（しか）るに斯る無氣無力なる世の中に於（おい）ては、士民共に政府の勢力に屏息（へいそく）して事の實を云はず、世上に流傳（るでん）するものは悉皆（しっかい）諂諛（てんゆ）妄誕（ぼうたん）のみにして、嘗（かつ）て之を咎むる者もなく、之を一世に傳（つた）へ又これを後の一世に傳へ、百年の後には遂に事の眞相を湮沒（いんぼつ）して又踪跡（そうせき）す可らざるに至るや必せり》（同）※屏息：恐れて縮こまること。諂諛：へつらうこと。妄誕：でたらめ。湮沒：跡形もなく消えてなくなること。踪跡：追跡すること。　今問題を見て見ぬ振りをしてしまっては、いずれ事の真相が分からなくなってしまうと諭吉は危惧するのだ。《余は西鄕氏に一面識の交（まじわり）もなく、又其人を庇護せんと欲するにも非ずと雖も、特に數日の勞を費して一册子（さっし）を記（しる）し之を公論と名（なづ）けたるは、人の爲（ため）に私するに非ず一國の公平を保護せんが爲なり》（同）　諭吉は、この論文を書いたのは、西郷個人を弁護しようとするものではなく、国家における「公平」を保つためのものであると言う。

  2023.12.14

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  大東亜戦争肯定論を考える（56）西郷下げの人達

  西郷をいけ好かぬ者たちは、批判する。《征韓論そのものの論拠は、あまりにも単純であっけない。しかし、当時の政治家の考え方や行動のしかたは、こんにちとはずいぶんへだたりがあって、わたくしたちの常識ではかることのできない面もあった。国と国との関係を考えるときも、まずかれらの頭を支配したのは、形式的な体面のことで、国書がつきかえされたとなれば、国威がきずつけられた大問題であって、このために出兵するのは、とうぜんのこととされた。万国とならびたつためには「海外経略の壮図」を起こす必要があると、景気のよい侵略の計画がロにされるが、それならば、朝鮮に勢力をはることで、具体的にどんな政治上・経済上の利益を求めていたのかとなれば、かれらの手紙にも、これといったことがしるされていない。けっきょく、ばくぜんと領土・資源を手に入れて、国威をかがやかすといった程度であったろう。それでも戦争をする十分の理由があると考えていたのだ》（『日本の歴史10 明治維新』（読売新聞社）、p. 228）　このような皮相的な偏見で批判を逞（たくま）しくするのを私は良く思わない。＜朝鮮に勢力をはることで、具体的にどんな政治上・経済上の利益を求めていたのかとなれば、かれらの手紙にも、これといったことがしるされていない＞と言う。あたかもすべての書簡に目を通したかのような口振りであるが果たしてそうか。また、具体的なことが記されていないのであれば、＜ばくぜんと領土・資源を手に入れて、国威をかがやかすといった程度であった＞とも言えないはずだ。結局、征韓派の話には耳を貸そうとせず、ただ自分の印象を優先して「歴史」と称するのは公平さを欠くと言わざるを得ない。　次の記述は、自著による個人的見解の披瀝（ひれき）なので仕方ないが、西郷下（さ）げに躍起である。《西郷は韓国との交渉を決裂させ、日韓戦争において、鹿児島士族の軍人としての優秀さを立証し、そうすることによって徴兵令を撤回させ、さらに政治的利権を、よりおおくの鹿児島士族に均霑（きんてん）させようとしたのである。とにかく、西郷は肚のきまった人ではあるが、転換間の日本を指導するだけの叡知をそなえた人物ではなかった。維新までの西郷は、すぐれた同僚・先輩にめぐまれていた。たとえば島津斉彬・勝海舟・大久保利通など。そしてかれらの助言のままに行動することによって、あれほどの功績をあげることができたのである。しかし維新以降、自分の功業にたいする自惚（うぬぼれ）がつよく頭をもたげると、しだいにすぐれた助言者を遠ざけ、鹿児島士族的なせまい視野しかもたぬ子分たちに取りかこまれて、有頂天になってしまった》（圭室諦成『西郷隆盛』（岩波新書）：国立国会図書館デジタルコレクション、p. 134）

  2023.12.13

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• 大東亜戦争肯定論を考える（55）岩倉 vs 西郷

  岩倉は続ける。《もっとも、まろは樺太のことにすぐ掛れいうつもりはさらにありまへん。これとて相手はヨーロッパの列強にさえ恐れられているロシアいう大国どす。うっかりかかれる相手ではない。十分に力を養わなならん。せんじつめたところ、当分、わが国は内治専一に行くべきどす。民の智（ち）をひらき、文明の域に進め、国富み、兵強くなることどす。国の力が弱くては、正義の主張も通りまへん。外事は強くなってからのことどす」　ものやわらかな公家（くげ）ことばだから、迫力にはとぼしいが、行きとどいた弁舌だ。征韓派の参議らは急には反駁（はんばく）出来ない》（海音寺潮五郎『西郷と大久保』（新潮社）、p. 298）　謂わば、岩倉の「現実論」と西郷の「正論」との戦いだ。岩倉は西郷の「正論」を覆（くつがえ）しても、つまり、一回決まったことを蒸し返す悪例となったとしても、内治を優先すべきだと主張するのは、現実論からなのか、それとも、西郷との主導権争いなのか。《板垣が立った。「右府（うふ）公は朝鮮より樺太が先きであると申されましたが、それは違いましょう。樺太のことは旧幕からの持ち越しで、急には埓（らち）のあくことではない。これはじっくりとかかるべきことで、急ぐことではない。露兵や露人のわが民への暴悪を云々（うんぬん）されましたが、これもある特定なる無頼（ぶらい）の兵、ある特定なる無頼の徒（と）の所行（しょぎょう）で、いわば警察上の事件です。ロシア公使に告げ、彼の国の官憲をして処理させれば済むことです。不祥事件ではあるが、国家の大事件とはいえません。しかし、朝鮮は国の方針として、我国に侮辱を加え、わが居留民を威迫しているのです。これを糺（ただ）さずして、国の体面がどこに立つのです」　板垣の駁論（ばくろん）はつづく。「岩倉公はロシアを恐れておいでのようであります。それゆえ故、樺太問題も当分のところは棚上げにしたいと仰せられる。朝鮮のことについてもご反対であるのは、やはりロシアにたいする恐れからでありましょう。ロシアが強大、恐るべき国であることは、拙者らも同感であります。しかしながら、いくら強大でも出て来ないなら、恐れる必要はないのです。この点については、副島外務卿（がいむきょう）が十分に見きわめをつけておられます。ロシア公使も、わが国は朝鮮には目下何の利害関係はないからこれを助ける名義がないと言っており、その国内事情もそれを許さない由（よし）であります》（同）　強硬派の板垣はこう言うが、大久保は冷静に反論する。「拙者は、朝鮮のことは重大ではあるが、今暫（しばら）く時機を待つべきであると思います。すべて、ものは内に充ちて外にのびるのが正当なる順序であります。とりわけ、今日の世界を眺めますに、列強覇を競い、弱の肉は強の食となる、最も苛烈なる情勢であります。かかる時代には、弱小の国は一日も早く強くなることにつとむべきであると思うからであります。わが国は古い国ではありますが、新生して日浅い。申さば若木、申さば羽翼（うよく）いまだそろわぬ雛鳥（ひなどり）であります。一切を棚上げにし、わき目もふらず内治を改良し、充実と強大につとむべきであると思うのであります」（同、p. 299）　今の国会とは比べものにならないほどの議論の応酬である。

  2023.12.12

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• 大東亜戦争肯定論を考える（54）岩倉のちゃぶ台返し

  《会議は午前１１時にはじまった。木戸だけが欠席で、あとは全部そろっていた。三条が議長として、これまでの経過と、前の会議で西郷を大使ときめたこととを説明したが、それがおわると、先ず発言したのは岩倉であった。　欧米列強の文明と富強を説き、日本の未開と貧弱をなげき、一日も早く追いつかねば、日本は列強の餌食となってしまうであろう、このような時に、戦争に連（つらな）る遣韓大使など、もっての外である、ロシア公使の言質（げんち）などあてにならない、朝鮮問題より樺太問題の方が先きである、まろは絶対に反対であると結論した》（海音寺潮五郎『西郷と大久保』（新潮社）、p. 297）　欧米を見た岩倉がこのように言うのはもっともではある。一方、西郷の言い分は、もうすでに決まったことを今更蒸し返してもらっては困るという言わば手続き論である。このようなことが許されれば、出席者が変わるたびに、話が蒸し返されるという前例ともなりかねない。《「大使派遣のことは、もうきまっていることでごわす。陛下のご裁可もいただいてごわす。もはや是非を論ずる段階ではなかのでごわす。お忘れなかように」　こう来るであろうことは、岩倉には予想がついている。「あんた、それは違いましょう。決定したものなら、今日の会議があるはずはありまへん。こうして開かれ、皆さんが出席された以上、是非を評議するためであることは明瞭どす」「実行のことを相談するための会議でごわす。三条公、そうでごあしたな」　と、西郷は三条に念をおしたが、三条はうろうろして答えない》（同）　岩倉が帰国する前に、最終段取りまで決めてしまわなかった、否、実行に移さなかったからこのようなことになったのだ。《「まろはそうは思いまへん！」　岩倉は強情におし切って、「まろは今も申した通り、今日の我国は外事より内治の方が大事やと信じ切っていますが、仮に外事を論ずるにしても、朝鮮のことより、樺太の方がはるかに重大であると思います。なぜなら、朝鮮は外国どすが、樺太は旧幕の頃から日露両国民雑居の地として、国境も判然としていない状態ではありますが、わが領土であることは間違いありまへん。そこに住んでいる国民がしきりにロシア兵やロシア人共に殺されたり、盗まれたりしているのどす。これを捨ておいて、なぜ朝鮮のことばかりにそう熱中しなさるのか、その心がまろにはよくわかりまへん。順序が違うていると思わんわけに行きまへん」》（同、pp. 297f）

  2023.12.11

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• 大東亜戦争肯定論を考える（53）西郷の正論と胆力

  《三条が言った。「大使は兵隊を連れ、軍艦に乗って行くべきでありましょうな」　西郷は首をふった。「兵はいきません。大使たるものは、烏帽子（えぼし）直垂（ひたたれ）で、礼を厚うし、威儀を正して行くべきでごわす」「兵を連れてへんだら、殺しよるかも知れまへんで。何せ、頑固な訳わからずややそうどすさかい」　と、また三条が言うと、西郷は呵々（かか）と笑った。「そうなればまた幸いでごわす。朝鮮の民は自国の政府の悪を知り、日本の民は朝鮮政府の暴悪を知ります。万国皆知ります。そこで罪を鳴らして討てばよかのです。名正しく、言順なる戦さというものでごわす」　堂々の議論だ。板垣も、江藤、後藤も、皆服した》（海音寺潮五郎『西郷と大久保』（新潮社）、p. 287）　西郷の議論は「正論」である。が、必ずしも正論が最善というわけではない。正論は、現実を捨象（しゃしょう）した「観念の世界」に属する。つまり、正論が現実の世界で通用するかどうかはやってみなければ分からないということだ。一方、「最善」は状況によって異なり、「時・処・位」が与えられて初めて最善手が決まる。《大隈だけが言った。「これは国家の重大事でありますから、岩倉大使らのお帰りのあるのを待ってからきめてはいかがでありましょう」　西郷は巨（おお）きな目でにらむように見て言った。「ここは太政官正院（せいいん）でごわす。日本の政務万端の元締をする堂々の場所でごわす。国家の大事に際して、是非を決定出来んようなら、唯今（ただいま）から院門をしめて、百般の政務を議するのをやめるがようごわす」　断乎たる西郷の調子に、大隈は沈黙した。他の参議らも呼吸（いき）をのんだ》（同、pp. 287f）　自分は何も建設的な意見を述べられないにもかかわらず、西郷の判断だけでは不十分だと言う大隈に西郷が憤慨するのも当然だろう。《西郷はさらに発言した。「この大使には、わたしをやって下され。お願いします」　一同は驚愕（きょうがく）した。急には声を出すものもない。西郷は政府の重鎮だ。昨年岩倉らが使節として国外に行けたのも、西郷が留守政府の重石（おもし）になっていたからである。西郷一人の存在が政府を天下に重からしめていると言ってよいのである。朝鮮問題は重大問題であるには達いないが、西郷が自ら出馬しなければならないほどのこととは思われない。しかも、今日の情勢からすれば、大使たる者は危害を加えられる危険が大いにある。西郷に万一のことがあっては、政府の危機になると、皆思ったのである。　一同は口々に、あなたがお出でになることはないと言ったが、西郷は首を振った。「わたしをやって下され。朝鮮の問題はロシアの問題につらなります。日本の将来の大問題に関係があります。これは大へん重大なことです。ぜひわたしをやって下され。こうして頼みます」　と、深々とおじぎした》（同、p. 288）　肝の据わり方が他の参議と西郷とでは全く違っている。　

  2023.12.10

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• 大東亜戦争肯定論を考える（52）西郷の「征韓論」は平和的解決策

  「征韓論」について、明治指導者の間でどのようなやり取りが具体的にあったのかを見ておこう。《朝鮮のことが、最初に正式に太政官（だじょうかん）会議の議題となったのは、６月１２日のことであった。　この日は参朝日であったので、太政大臣の三条実美（さんじょう・さねとみ）をはじめ、西郷・板垣・大隈・後藤象二郎（ごとう・しょうじろう）・大木喬任（おおき・たかとう）・江藤新平の６参議が皆出て来て、会議室に集まっていると、扉をあけて入って来た者があった。　外務少輔上野景範（うえの・かげのり）であった。当時外務省は、卿（くげ）の副島は清国に、大輔（たいふ）の寺島宗則（てらしま・むねのり）は英国に、それぞれ出張中であったので、上野が万事をとりしきっていたのである。　「緊急に申上げたいことがあります」　と、前置きして、上野は朝鮮問題をそもそものはじめから説きおこし、現在のことにおよんだ。「朝鮮政府は、わが使節にたいして暴慢無礼であるだけでなく、近頃の日本は中華聖人の教えを捨て禽獣（きんじゅう）にひとしき夷狄（いてき）の風を学び、夷秋の真似ばかりしている、夷秋を学ぶものは夷秋、禽獣を学ぶものは禽獣、今や日本人は夷狄、禽獣となった、もしわが国土に古来の日本の風俗以外であらわれるものがいたら、それは禽獣、夷秋である、決して入れるな、などと煽動していますので、やがて必ずわが居留民に凶変の生ずることは明らかです。今日となっては、居留民全部を引上げさせるか、武力に訴えてでも条約を結ばせるか、いずれか１つに決するよりほかはないと存じます。ご裁断を仰ぐためにまかり出でました」　上野のことばは言々風霜の気をおび、慷慨（こうがい）の情にあふれていた》（海音寺潮五郎『西郷と大久保』（新潮社）、p. 286）　著者海音寺は、西郷が上野を呼んだのだろうと推測するが、事の真偽は分からない。《先ず板垣が発言した。「居留民保護は、政府の責任です。すぐ一大隊くらいの兵を釜山（ぷさん）に出しましょう。彼は我を侮（あなど）っているのですから、談判する上にもその方が都合がよいでありましょう」　西郷は首をふった。「おことばですが、それは性急にすぎますぞ。そげんことをしたら、朝鮮では日本が国を取りに来たと疑うて、恐ろしがるでごわしょう。先ず、これまでの交渉の経過を考えてみようじゃありませんか。これまで、こちらから遣（つか）わした使者は、皆卑官（ひかん＝階級の低い官）ばかりでごわした。じゃから、向うでも地方役人しか相手させんじゃったのではなかでしょうか。果してそうなら、談判にならんはずでごわす。こんどは一つ、位も高く、責任も十分に負える全権を出そうじゃありませんか。そうすれば、向うも大官を出して来るでごわしょうから、堂々と万国交際の道理を説くことが出来ます。いくらあちらが頑迷でも、わからんことはなかでしょう」》（同、p. 287）　侮る朝鮮を力で抑え込もうとする板垣を制止し、平和的に、話し合いで解決しようとしたのが西郷だったのだ。

  2023.12.09

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• 大東亜戦争肯定論を考える（51）西郷の「征韓論」の意図

  《副島の屋敷は越前堀にあって、西郷の屋敷に近い。時々出かけては語る。西郷は大いに傾聴した。　西郷はこれを朝鮮だけの問題とは考えなかった。彼は日本の将来の大患はロシアであると思っている。ロシアは必ず満洲・朝鮮を侵略し、日本の大脅威となるに相違ないと思っている》（海音寺潮五郎『西郷と大久保』（新潮社）p. 281）　「征韓論」を対鮮問題とみるのは矮小（わいしょう）に過ぎる。根本問題はロシアである。もしロシアが朝鮮を支配することにでもなれば、日本は一衣帯水（いちいたいすい）でロシアと対峙しなければならなくなる。それだけは避けたいというのが、幕末以降大戦敗戦まで続く、日本が抱える懸案であった。《彼はまたこの問題を、彼の最も憂えていることと関連して考えずにはいられなかった。その憂えとは、日本の政界と官界を蔽（おお）うている驕奢（きょうしゃ）と堕落の風である。維新の精神を忘却しきっている官規の頽廃（たいはい）は、芯（しん）に入（はい）り、根に入り、尋常の方法をもってしては、粛正出来ないと、彼には見える。「維新をやり直して、鉄火の中に鍛え直すよりほかはない。今のままでは日本は亡びる」　という痛切な憂（うれ）えが、その胸から去らなくなっている》（同）　西郷は「徳義の人」であった。西郷の目には、明治の指導者は弛（たる）み切っているようにしか映らなかった。もう一度やり直さなければならない。おそらく、「征韓論」は、そういう考えの延長線上にあったのだろう。《朝鮮とのもつれは、いずれは戦（いく）さになるに相違ない、戦さになれば、官僚らの根性もひきしまる、戦時立法して厳格な粛正令も出せる、いやが応でも心掛は改まり、国は救われると、思ったのである。　当時はまた別な意味でもむずかしい世の中であった。急激な変革によって世間には反動の気がみなぎっている。廃藩置県によって常禄（じょうろく）をはなれた武士らは、不平不満、自暴と反抗の気に満ちている。これらを外に向けることも出来ると、思った》（同、p. 282）　実際、西郷は、「內亂（ないらん）を冀（こいねが）う心を外に移して國を興（おこ）すの遠略は勿論」（「板垣退助への書」明治６年８月１７日付：『大西郷全集 第２巻』：国立国会図書館デジタルコレクション、p. 755）と言っている。つまり、西郷の「征韓論」は、１つは「ロシア南下問題」、もう１つは「国内不平士族のガス抜き問題」の２つの側面からなるものであった。

  2023.12.08

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  大東亜戦争肯定論を考える（50）「征韓論」は時代の趨勢

  また松陰は、次のようにも言っている。《魯・墨講和一定す、決然として我れより是れを破り信を戎狄に失ふべからず。但だ章程を巌にし信義を厚うし、其の間を以て国力を養ひ、取り易き朝鮮・満洲・支那を切り随（したが）へ、交易にて魯国に失ふ所は又土地にて鮮満にて償ふべし》（「安政2年4月２４日付・兄杉梅太郎宛書簡」：『吉田松陰全集 第７巻』（大和書房）、pp. 364f）（ロシア・アメリカとの講和が一度（ひとたび）定まれば、覚悟して、自らこれを破って外国の信頼を失わないようにしなければならない。但し、法律規則を厳守し、信義を篤くしながら、国力を高め、簡単に手に入る朝鮮、満洲、支那を武力によって平定し、交易によってロシアに奪われるものは、朝鮮満洲の土地によって償うべきだ）　更に、木戸孝允（きど・たかよし）も、明治元年１２月１４日付の日記に、岩倉具視に問われ次のように「征韓論」を述べている。《速（すみやか）に天下の方向を一定し使節を朝鮮に遣（つかわ）し彼無禮（ぶれい）を問ひ彼若（もし）不服ときは鳴罪攻擊其土大に　神州之威を伸張せんことを願ふ》（『木戸孝允日記 第１』（日本史籍協会）、pp. 159f）　ここからの議論は、海音寺潮五郎『西郷と大久保』を種本とする。《木戸が佐田白茅（さだ・はくぼう）の征韓論に共鳴したのは、以前松陰の論を聞いていたために相違ない。熱心に征韓説をとなえていたが、欧米派遣になって、国を去った。　この問題は、木戸だけが考えていたのではない。要人らは皆それぞれに考えていたから、朝鮮との交渉のもつれが続く間に、人々は次第に熱して来た。なかにも熱心であったのは、外務卿（がいむきょう）副島種臣（そえじま・たねおみ）であった。副島は岩倉大使らが欧米に行くについて、岩倉にかわって外務卿になった人だが、外交にはしろうとではない。以前から外務省出仕として、いろいろ働いている。中にも樺太の国境問題については、露領のポシェット湾まで出張して、向うの官憲と交渉した。朝鮮問題には以前から関心があったが、外務卿となってからはなおさらであった。当時の外務省官吏はかつての志士だ。血の気が多い。佐田に限らないのである。これらが皆副島に説く。重厚誠実で、しかも熱烈な国権主義者である副島は燃えざるを得ない》（海音寺潮五郎『西郷と大久保』（新潮社）p. 281）　つまり、「征韓論」は、日本における時代の趨勢だったということだ。言わずもがなだが、西郷は、「征韓論」を先導したわけでもなければ、主導したわけでもない。この趨勢に乗っただけである。

  2023.12.07

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  大東亜戦争肯定論を考える（49）吉田松陰の「征韓論」

  ここまでは欧米を見ていない西郷の弱点について述べてきた。が、これだけではとても公平とは言えないので、もう少し「征韓論」を掘り下げてみたい。《長州というところは、地理の関係もあって、昔から朝鮮に意識のあるところで、吉田松陰も征韓論を唱えている。朝鮮の地理的位置が、あたかも日本列島の胴中に匕首（あいくち）を突きつけたような姿になっているので、欧米勢力が日本に迫って来る時代となっては、ここを日本の親和地帯あるいは勢力圏にしておかなければ、日本の安全が脅かされるというのが、松陰の論旨だ。当時のことだから、もちろん、国威を四海に張るなどの文句もあるが、要領は前記に尽きる》（海音寺潮五郎『西郷と大久保』（新潮社）、p. 281）　吉田松陰は、『幽囚録』に次のように書いている。如二朝鮮一、古時臣二屬千我一、而今則寖倨、最不レ可レ不詳二其風敎、而復一レ之矣、（朝鮮のごときは古くはわが国に臣属していたが、いまはやや高ぶったところがある。その現状を十分明らかにして、もとのようにもどす必要があろう）― 『日本の名著31 吉田松陰』（中央公論社）田中彰訳、pp. 226f日不レ辯則昃、月不レ盈則虧、國不レ隆則替故善保レ國者、不二徒無一レ失一其所レ有、又有レ增二其所一レ無、（太陽は昇っているのでなければ西に傾いているのであり、月は満ちているのでなければ欠けつつあるのである。同様に国も隆盛でなければ衰えているのだ。だから、よく国を保持するというのは、ただたんにそのもてるところのものを失わないというのみではなく、その欠けるところを増すことなのである）― 同、p. 227今急修二武備一、艦略具、礮略足、則宜下開二墾蝦夷一、封二建諸侯一、乘レ間奪二加摸察加隩都加一、諭二琉球一朝覲會同比二內諸侯一、責二朝鮮一納レ質奉レ貢如二古盛時一、北割二滿洲之地一、南收二臺灣呂宋諸島一、漸示中進取之勢上、然後愛レ民養レ士、愼守二邊圉一矣、不レ然、坐二千群夷爭聚之中一、無二能擧レ足搖一レ手、而國不レ替者、其幾與、（いま急いで軍備を固め、軍艦や大砲をほぼ備えたならば、蝦夷の地を開墾して諸大名を封（ほう）じ、隙に乗じてはカムチャツカ、オホーツクを奪い取り、琉球をも諭（さと）して内地の諸侯同様に参勤させ、会同させなければならない。また、朝鮮をうながして昔同様に貢納（こうのう）させ、北は満州の地を割（さ）き取り、南は台湾・ルソンの諸島をわが手に収め、漸次（ぜんじ）進取（しんしゅ）の勢いを示すべきである。しかる後に、民を愛し士を養い、辺境の守りを十分固めれば、よく国を保持するといいうるのである。そうでなくて、諸外国競合の中に坐（ざ）し、なんらなすところなければ、やがていくばくもなく国は衰亡していくだろう）― 同

  2023.12.06

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  大東亜戦争肯定論を考える（48）同器に盛る能はざる外伸派と内治派

  《欧米を見て帰ってきた人たちには、そんなことにこだわってあれこれ議論しているのは、ピントはずれにしか思えない。「何を言っているのか。いま朝鮮と戦争しているときか。欧米を見ろ、欧米を」　というわけである。　結局、欧米を見てきた人たちの意見が通り、それが新政府の主流になっていく。　欧米を見て帰り、政治の中心になった大久保利通、それを助ける伊藤、井上、それに岩倉たちの考えは、簡略に言えばこういうことである。「四の五の（しのごの）言っているときではないし、四の五の言っても始まらない。日本は欧米のようになるしかないのだ」》（渡部昇一『歴史に学ぶ リーダーシップ』（致知出版社）、pp. 76f）　「小田原評定」に陥っている場合ではない。結論は明らかではないか。欧米化以外に日本が生き残れる道はない、とする欧米を見た人達が主導権を握ったのは、時勢を考えれば、当然の成り行きであった。《何が何でも欧化。そして富国強兵。兵が強くなければ植民地になる。兵を強くするには何よりもすぐれた武器が必要だ。すぐれた武器を持つには国が富まなければならない。そこにしか日本の「生き筋」はないという確信。これは見てきた人間の強さである。　しかし、見ていない人間にはわからない。このビジョンの違いは決定的と言っていい。欧化に向かって突き進んでいく政府の方向に、欧米を見ていない参議たちの不滴が噴き出す。それが前原一誠（まえばら・いっせい）の「萩の乱」（明治９年＝１８７６年）であり、その前の江藤新平の「佐賀の乱」（明治７年＝１８７４年）であり、最後は西郷の「西南戦争」（明治１０年＝１８７７年）となったのだった》（同、p. 87）　蘇峰は、對立（たいりつ）の存在は、洋行の有無には干繋（かんけい）ない。（德富蘇峰『近世日本國民史 第８６卷』（近世日本國民史刊行會）、pp.3f）と言う。が、果たしてそうか。欧米を直に見た人達と直に見ていない人達では、見える景色が異なり、したがって、皮膚感覚も異なるのであるから、優先すべき事柄が違ってくるのは当たり前と言えば当たり前である。されど洋行の爲（た）めに、その對立をして、互ひに調和す可からざる迄に、隔離せしめたる事實は、決して無視し難きものがある。別言すれば在留者はかねて外伸的であったものが、倍々外伸的となり、出遊者はかねて內治的であったものが、愈々（いよいよ）內治的となり、それが餘（あま）りに互ひに成長して、同器に盛る能（あた）はざるに到ったのであらう。（同、p. 4）

  2023.12.05

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  大東亜戦争肯定論を考える（47）「大海」が見えぬ西郷

  大久保利通の側から「征韓論」問題を見てみよう。《明治４年から明治６年（１８７１～７３）まで、岩倉具視を全権とする明治政府の外交使節が世界一周をした。これに大久保も加わっている。若くして久光に近づいてから暗殺されるまで、大久保が唯一、政治の中心から離れたときがあるとすれば、この時期だろう。しかし、欧米での見聞は大久保にとって大きな意味があった。　欧米をまわった岩倉道外使節団の目にありありと映ったのは、日本と先進国との落差だ。大久保も岩倉も東海道を歩いたことがある。当時の東海道は日本一の街道だが、歌川広重の描く絵でもわかるように舗装されてはいない。また、道幅が狭く、駕籠（かご）か、歩くか、馬に乗るかしかできない。ところが、アメリカに行くと、汽車が走っている。旅をするのに、歩く必要も馬に乗る必要もなかった。ヨーロッパに行ったら、広い道路が舗装されていて、夜になればガス灯がついているという具合だ。さらに工場や造船所なども見た。もはや日本が進まなければいけない道は明々白々だった。西洋文明を取り入れるしかないのである》（渡部昇一『理想的日本人 「日本文明」の礎を築いた１２人』（ＰＨＰ）、pp. 144f）　「阿片戦争」を吹っ掛け、清を侵略した英国の手は、すぐそこにまで来ていた。にもかかわらず、「征韓論」に固執する西郷は、まさに「井の中の蛙大海を知らず」状態にあったと言えるだろう。これが「大海」を見たことがない西郷の限界だったのではないか。一方、大久保達は、世界の現実を知り、このままでは日本も植民地化されてしまうということを肌身で知ったのだ。《確かロンドンあたりでのことだったと思うが、岩倉使節団のみんなが悄然（しょうぜん）とし、「こんなに進んでいる西洋諸国に、日本はいつになったら追いつけるのだろう」というような話になった。話し合った末に「だいたい５０年ぐらい遅れているのではないか」という結論が出た。そして、「それなら追いつけるのではないか」と思った。できることなら、５０年もかけないで、日本を先進国に追いつかせなければならない。そのためには、富国強兵を最優先に「追いつき追い越す」ことを目指す。これが岩倉使節団の結論だった。一方、大久保が留守をしている間に、日本では征韓論が持ち上がっていた。帰国した大久保を筆頭に、岩倉使節団に加わったものは、「よけいなことをやっている暇はない」と征韓論に反対した。これに対して、留守を預かっていた西郷は征韓論で勅許（ちょっきょ）まで得ているとゴネる。三条実美（さんじょう・さねとみ）などは西郷が怖くてノイローゼになったといわれているが、西郷はそれほど怖い存在だった。　しかし、岩倉具視が頑張って、西郷の言葉を天皇に取り次がず、そのために西郷の征韓論は退けられる結果となった》（同、pp. 145f）

  2023.12.04

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• 大東亜戦争肯定論を考える（46）「征韓論」の背景

  詳細は省くが、日本は、朝鮮が近代化するのを期して幾度となく外交文書を送ったが、朝鮮は日本との交渉を拒否し続けた。《このような背景から生まれたのが、“征韓論”であった。つまり、それほどまでに朝鮮が排外的であるなら、武力を行使してでも開国させるべしという意見である。　こうした考えの背景には、日本を無視する朝鮮への反感もあったが、それより大きかったのはやはり、「このままではロシアが南下してくる」という危機感であった》（渡部昇一『「日本の歴史」⑤明治篇 世界史に躍り出た日本』（WAC）、pp. 56f）　日本から近代化を迫られても朝鮮にとっては、大きなお世話でしかない。そもそも宗主国は清であって、日本にとやかく言われる筋合いではない。が、日本は、朝鮮が近代化せず、ロシアの植民地にでもなればと思うと気が気でない。「征韓論」は、そんな日本側の「焦燥」や「不安」から生まれたものだった。が、日本側は一枚岩ではなかった。《当然のことながら、大久保利通らの洋行経験者は、朝鮮半島への武力進出にはまったく否定的であった。朝鮮に陸軍を出兵するような余裕は、日本のどこを探してもない。一刻も早く商工業を興し、鉄道などの社会資本を整備しなければ、日本は西洋に呑みこまれてしまう。朝鮮が無礼だの何だのと言ってはおれないという心境である。　しかも、当時はまだ徴兵令が施行されたばかりで（明治６年布告）、陸軍は組織づくりに追われている時期である。現実問題として、朝鮮出兵を実行できるような状態ではないのだ》（同、pp. 57f）　西洋を直に見て来た大久保達と見ていない西郷達では「見える景色」が違っていた。西欧列強全体の脅威を肌身で感じてきた大久保と、ロシアの脅威にしか目が向いていない西郷と、反（そ）りが合うわけがなかった。《本来、征韓論という議論はこのまま消えてなくなるはずの話だった。　ところが、実際には征韓論は消えてなくならず、深刻な政治問題になった。その大きな原因となったのは、陸軍大将西郷隆盛の存在であった。洋行組に真っ向から対立する形で西郷が朝鮮問題に固執したからである。彼は岩倉使節団が出かけている留守中、政府の中心であった。そして一度は征韓論を留守政府が決定しているという事実があった。　西郷の言い分は、「外交文書のやりとりで埓（らち）が明かないのなら、自分が特使として朝鮮に乗り込んで直談判をする。それで、もし自分が殺されるのであれば出兵もやむをえない」というようなものであった》（同、p. 58）

  2023.12.03

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  大東亜戦争肯定論を考える（45）西郷と大久保の違い

  　征韓論の破裂は、決して純理論のみを以て審判す可きものではあるまい。豫（よ）は今茲（ここ）に斷言す。若（も）し岩倉、木戶、大久保、伊藤等の明治４年の末より、明治６年の秋まで米歐諸國の巡回が無かったならば、征韓論の破裂を見るに到らなかったかも知れない。或（あるい）は對立（たいりつ）や、衝突はありても、何とか交讓、妥協の地を見出したであらうと。（徳富蘇峰『近世日本国民史 第８６巻』（近世日本国民史刊行会）、p.3）　外伸派と内治派は力が拮抗（きっこう）し、ある意味、安定していた。が、欧米諸国が日本各地に手を出してきたために、この平衡が崩れ、＜征韓論の破裂＞というようなことになったのではないかということだ。但（た）だ一年有半の歲月は、出遊者と在留者との間に、互ひに踰（こ）ゆ可からざる溝渠（こうきょ）を鑿（うが）ち來りて、今更ら如何ともす可からざるに到った。卽（すなわ）ち外伸派はいよいよ外伸派として飛躍し、內治派は內治派として、いよいよ收結し、遂ひに互ひに兩立す可からざる勢を釀生したるものであらう。而（しか）して其の此（それのこれ）に到らしめたる理由の中には、若干の感情問題も、其の中に混淆（こんこう）し、若干の離間、中傷も、その作用をなし、或は西鄕、大久保の如きも、策士の策に飜弄せられたる傾向無しともしない。（同）　渡部昇一氏は、西郷隆盛と大久保利通の違いは、先進西洋文明を自らの目で見たかどうかにあると考えておられるようだ。《自分の目で西洋文明を「見る」ことによって、明治政府首脳は日本を徹底的に欧化することに腹を括った。一刻も早く、西洋文明を自家薬籠中（じかやくろうちゅう）のものにし、商工業を振興して富を生み、その富を使って植民地にされないだけの近代的軍隊を作り、さらに鉄道や港湾などの社会資本を充実させねば、日本の生き残る道はない》（渡部昇一『「日本の歴史」⑤明治篇 世界史に躍り出た日本』（WAC）、p. 53）　大久保は、西洋文明の偉大さを目の当たりにし、現実路線となった。一方、目にしていない西郷は、観念の世界から抜け出せなかった。《そこで日本政府が何よりも期待したのは、朝鮮の近代化であった。　もし朝鮮がその宗主国、清朝の真似をして、いたずらに西洋を侮（あなど）り、抵抗すれば、かえって外国の植民地になってしまう。それより、さっさと開国し、近代化したほうが朝鮮のためにもなるし、日本の国益にも合致すると考えたのである》（同、p. 55）　＜朝鮮のためにもなる＞などという温情は、彼らの民族性からすれば、不要だった。もっと実務的でよかった。

  2023.12.02

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• 大東亜戦争肯定論を考える（44）外伸論と内治論は表裏一体

  　征韓論とて、更（さ）らに其の問題が、朝鮮に限局せられたことでない。將（は）た其の事件が、武力解決に限局せられることではない。假令（たとい）眼前に朝鮮問題が發生せざるも、明治政府の中には、自ずから２個の潮流が存在した。その１は、先（ま）づ內を固くせんとする者、その２は、外に手を伸ばさんとする者だ。彼等の間には固（もと）より共通の點（てん）があり、交流の道もあつた。外に手を伸ばすは、則ち內を固くする所以（ゆえん）であり、內を固くするは、外に伸ぷ所以である。（徳富蘇峰『近世日本国民史 第８６巻』（近世日本国民史刊行会）、pp. 1f）　つまり、外伸論と内治論は表裏一体のものだということだ。萬里の波濤（はとう）を拓開（たくかい）せんには、先（ま）づ國家を富岳（ふがく）の安きに措（お）かねばならぬとは、內治論者の主張にして、萬里の波濤を拓開してこそ、始めて國家を富岳の安きに措くことが出來るとは、外伸論者の主張である。何（いづ）れもそれぞれ一通りの理屈はある。これは明治の初期に限つたことではない。何れの世、何れの時、何れの地、何れの場所でも必らずこの思想は存在してゐる。但（た）だ平時はそれが潛在するに止まるが、一朝事件が出來（しゅったい）すれば、直ちに何れの思想も頭首を擡（もた）げ、對立の狀態を表現し、やがてはその鎬（しのぎ）を削らねばならぬ危機を請招（せいしょう）するの已（や）むなきに到る。（同、p. 2）　外伸論と内治論は、本来、不可分であるにもかかわらず、主導権争いが熾烈（しれつ）となり、互いに相攻撃し合うようなことになれば、結果として、国全体が弱体化してしまうということだ。　されど征韓論は、單に國政上に於ける意見の對立や、衝突によりて破裂したるものではない。當時（とうじ）の在朝の大官高僚は、何（いづ）れも維新回天の運動に參加し、槪（おおむ）ね自刃（じじん）の下（もと）を潛（くぐ）りて、云はば九死に一生を得たる人々、若（も）しくは其の仲間である。彼等は臨機應變（おうへん）の祕術もて其の死生の途上を切りぬけ來りたる者にして、純理もて頭を固めたる泰平（たいへい）の論客ではなかつた。されば如何（いか）に其の重しとする所は、互ひに相ひ同じからざるも、決して交讓妥協の餘地（よち）を見出さぬまでに、彼等の間を嫌惡ならしむ可（べ）き必要は無い筈（はず）だ。例（れい）せば如何に大久保が內治派にせよ、西鄕が外伸派にせよ、それが喧嘩分れをせねばならぬ迄に、其の衝突の度を劇甚ならしむる必要は無い筈だ。彼等には互ひに自他の意見を諒解（りょうかい）し、その心事を洞察す可き餘裕（よゆう）の打ち合せは有る可き筈だ。彼等は何（いづ）れも政治家である。人事の表裏には善く精通してゐる。若（も）し交讓せんとせば、交讓するの方便は決して皆無では無かつたであらう。（同、pp. 2f）

  2023.12.01

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• 大東亜戦争肯定論を考える（43）慶喜の警戒

  江戸幕府第１５代将軍・徳川慶喜（とくがわ・よしのぶ）も外国に頼ることを警戒している。高橋　（一膝（ひとひざ）進め、平伏（へいふく）のまゝ）彿蘭西（ふらんす）公使レオン・ロッシュは有司何某（なにがし）を通じて、若（も）しこの際戰爭など始まらば、ナポレオン３世皇帝は何日（いつ）にても日本大君（タイクーン）のために軍艦、武器、資用の類を供給いたすべしと――、又しても幕府の再擧（さいきょ）御謀反（ごむほん）をお勸め致してゐると聞きましたが、それ等はもはや、御耳に達して居りませうか、いかゞ。慶喜　謀反とは言葉が過ぎよう。（不興の目を外方（そっぽう）にそらしつゝ）小笠原壹岐守（いきのかみ）まで、それに似たる話はあつたと聞く。高橋　官軍に反抗すれば、すなはち謀反でござりませう。（意（こころ）ありて將軍の面を仰ぎ見る）慶喜　薩長の軍を官軍と見るや否や、そは、その人々の見解にあるだらう。（間）が、伊勢守、慶喜はそれ程の愚者（おろかもの）でもないつもりでゐる。外國の軍資を借りてまで、彼等に勝たうとは考へてゐない。外國人干涉の國辱を殘さうとは思はぬ。（「江戶城總攻」：『眞山靑果全集 第７卷』（講談社）、p. 138）☆　☆　☆話は変わる。　徳富蘇峰（とくとみ・そほう）は、《征韓論の破裂は、實に明治史上の一大分水嶺（ぶんすいれい）である》（『近世日本国民史 第８６巻』（近世日本国民史刊行会）：国立国会図書館デジタルコレクション、p. 1）と言う。《この破裂によりて、明治政府は慶應２年１２月９日以來、始めて一大分別作用を遂げた。その以前にも、その以後にも、時に際し、變（へん）に應じて、若干の分離作用が無いでも無かつた。例（れい）せば明治１４年１０月大隈（おおくま）一味の下野（げや）の如きがそれである。然（しか）も末（いま）だ征韓論の破裂の如き、重大なる影響を、歷史の流域に及ぼしたるものは無かつた。若（も）しこの破裂が、明治４年７月廢藩置縣（はいはんちけん）以前に行はれたらんには、其の日本の治安に及ぼす影響は更らに大なるものがあつたであらう。それが廢藩置縣後、中央政府の威信漸（ようや）く樹立せられたる後に出で來り（いできたり）たるは、せめてもの仕合（しあわせ）と云はねげならぬ》（同）　「征韓論」には、様々な見解があり、実態を捉え難いところがある。だから基準を何にするのかで話が大きく変わってしまうところがある。林氏は、最も解説が詳細だと思われる蘇峰の記述を「叩き台」に据えた。

  2023.11.30

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• 大東亜戦争肯定論を考える（42）歴史の知恵

  吉之助（＝西鄕隆盛）　正直に云ひますがね。英國公使から苦情が起つてゐます。慶喜さんを殺すことは、萬國の公法に背（そむ）くと云ひよした。然（しか）し、わしは……考へた。（重く、强く一點（いってん）を見詰めて）たとへ萬國の公法に背いても、今は日本建國の大精神を發揮する時ぢやないでごわせうか。山岡さん、どう思ひますか。慶喜さんは何（ど）う云つても朝敵です。（腕を組んで動かす）金浦　（決然、山岡の進み出るを遮（さえぎ）つて）西鄕先生。先生の口から英國と云ふ名が出たから申します。勝先生の衷心（ちゅうしん）から恐れるところは、この際に起る外國の干涉です。日本國が東西の２勢力に分れて戰ふ時、英佛の２箇國が、必ずその何方（どちら）へか加擔（かたん）しませう。そして若（も）し一度外國の勢力を籍（か）りた時、異人干涉の端緖がそこに開けて、東西兩軍は勝つても負けても、外國權利の侵入を受けませう。印度の滅びたのも、支那の領土を失つたのも、皆外國の兵力を一時籍りたゝめではありませんか。吉之助　（腕組のまゝ、重く頷首（うなず）き）實に……痛いところでごわす。わしも今、英國公使の報吿を聞いて、ふツと……それを考へてゐよした。（嘆息して）勝先生はやはり、わし共よりは……遠いところを見てござる…。（語尾に顫（ふる）へる如き氣味を帶（お）ぶ）金浦　その正義は何（いづ）れにあつても、日本園內のことは日本人同志によって解決しなければなりません。たとへ何（ど）んな些末（さまつ）な事であつても、この際外國人の勢力などを籍りることは――吉之助　（手を上げて、狼狽せるやうに思はす叫ぶ）分つとる、分つとる！　英吉利病院を借りようとしたのは、おいどんの一生の失策でごわした！　惡かこと考へよした！　（苦しさうに聲（こえ）を搾つて、目に一杯の淚をためて、凝（ぎょ）ツと一點を睨（にら）みゐる。暫（しばら）くして又）　日本勤王のためには、萬國の公法と云ふものを破っても、それは恐れません。たゞ外國に病院を借りようとしたこと……、誠に、誠に惡かことしよした。勝先生に、面目ごわせん。（「慶喜命乞」：『眞山靑果全集 第７卷』（講談社）、pp. 87f）　当時の日本人には、「強者の手を借りれば、一時的に奏功しても、最終的には強者の軍門に下ることになる」のではないかという警戒心があった。それは長い歴史の中で蓄積された「知恵」と言うべきものでもあったろう。そして強者の手を借りないのは、日本人としての１つの「矜持（きょうじ）」の顕（あらわ）れでもある。　昨今、日本の歴史伝統を軽視する人達が、目先の利益に眼が眩（くら）み、外国資本を取り込む愚を犯している。成程、一時的に経済は潤うかもしれない。が、外国の組織が根付き、影響力を行使するようになれば、やがて投下した資本以上に「搾取」されるであろうことは目に見えている。歴史に学ばぬ人間が権力を握るのは危ういということだ。

  2023.11.29

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• 大東亜戦争肯定論を考える（41）日本に介入したがる英国

  葦田　江戶を攻擊するには、われ／＼は英吉利（イギリス）と戰ふ決心でなければならん。中村　何を云ふか。何んで英吉利と戰ふことになるんだ。それよりは、病院の方は何（ど）うだ。戰爭が始まったら、官軍の負傷兵を、英國公使館の病院で收容してくれる承諾を得て來たか。葦田　それどころぢやない。パークスは大變な劍幕だ。中村　何が大變だ。落ち付いて話せ。（舌打して）總攻擊の準備は總（すべ）て調（ととの）つてゐるが、我が軍の缺乏（けつぼう）はたゞ軍醫（ぐんい）官なのだ。その點（てん）は是非とも英國公使の援助を受けるより外に策がないのだ。葦田　それが可（い）かんのぢや。戰爭を開けば、英吉利は幕府に援助の兵隊を出さんとも限らん。中村　何を云つてるのだ。何虞（どこ）と何虞との戰爭なのだ。英吉利が何んの關係（かんけい）するところがある。狼狽（ろうばい）しちや可かんよ。葦田　國際公法といふものがあるんださうだ。パークス公使はそれを盾にとつて、官軍の無法を憤（いきどお）つてゐるのだ。困つた、實に困つた。中村　分らん。ハッキリ云つてくれ。何んでパークスが……。葦田　好く聞きたまへよ。パークスは、今回の戰爭を內亂（ないらん）征伐の軍（いくさ）とは見ないさうだ。政治上の戰爭、卽（すなわ）ち……政論の爭ひと見ると云つてゐる。順逆の大義をいかに說明しても、異人には分らん。中村　政治の戰爭？　無論何日（いつ）の戰爭でも政治の戰爭だ。葦田　然（そ）うぢやない。君は國際公法といふものを知らないのだ。內亂征討と政治戰爭とは全く達ふと。バークスは主張してゐるのだ。中村　また國際公法か？　國際公法とは人の戰爭の邪魔をする法律か。そんな馬鹿げた法律が何處（どこ）にある。日本で、日本人が戰ふんだ。（「慶喜命乞」：『眞山靑果全集 第７卷』（講談社）、pp. 75f）　何としても英国は日本に入り込みたい。だから自分が国際社会を取り仕切っているかのように「国際公法」などというもの持ち出すのだ。茸田　バークスが云ふには、前（さきの）將軍は今回の政治戰爭に於（おい）て、筍（いやしく）も一方の統御者である。しかも恭順謹愼して無抵抗の狀態にゐる。それをなほ邀（むか）へて殺さんとするは、人道上より見通しがたき罪惡である。英吉利は通商國として、その暴虐を默過（もっか）されないと云ふ。中村　飴計（よけい）なお世話だと云つて來い。默つて歸（かえ）つて來るやつがあるか。村田　（中村の激昂（げっこう）を制しつゝ）で、何か。英國は幕府を援助するのか。葦田　それは云はんが、斯（こ）う云つた。たとへ國事犯罪者であつても、その主謀者に第三國が保護を加へるのが歐米諸國の慣例となつてゐる。若し慶喜公にして英國公使館に遁（に）げ込む場合があれば、英國公使は大英國の國旗のもとに前將軍を保護すると明言した。村田　厄介な事を云ひ出して來たなア。そんな面倒な法律が、世界にあつたのかなア……。中村　好（い）いぢやないか。構はん／＼。病院を借りなけりやそれで好い。怪我（けが）人は皆地べたへおツぼり出して置いて、生き殘つた者だけで江戶城を乘り取らう。遣（や）らう／＼。日本人の戰爭だ。葦田　仏蘭西（ふらんす）公使は初めから幕府援助だ。英國まで敵にとつては、この際不利益ぢやらう。（同、p. 77）　英国の手を借りようとしなければ、英国も深く介入はできない。だから、英国公使館の病院を借りなければよいと言うのである。

  2023.11.28

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  大東亜戦争肯定論を考える（40）強国の力を借りる危険

  次は、劇作家・真山青果（まやま・せいか）の史劇である。必ずしも史実とは言えないが、ここにはある重要なものがある。安房（あわ＝勝海舟）　貴公（きこう）も伊勢守（いせのかみ）の弟だ。まさかに時勢おくれの主戰論者ではあるまいな。山岡　次第によっては戰はなければなるまいと思ふ。安房　ふん、次第によっては――好（よ）からう。たゞ江戶は焦土になる。３００年の江戶の文物が煙になるのだ。山岡　蓋（けだ）し、已（や）むを得まい。安房　小栗上野（おぐりこうずけ）一派の說に倣（なら）って、彿蘭酉（ふらんす）の金など借りて軍（いくさ）したら、或（ある）ひは、戰爭に勝つかも知れぬ。然（しか）し、その時かならず薩摩は英國と結ぶ。日本國は２つに別れるぞ。西國の勢力と關東だ。おれはそれを思うても憤然として膚（はだ）に粟（あわ）を生じる（=鳥肌が立つ）。印度の滅びたのもそれだ、支那の領土を盜まれたのもそれだ。萬一日本がその覆轍（ふくてつ）を踏むやうなことがあつては、國の滅亡は眼前にあると思ふ。その萬國圖（ばんこくず）を指して話すれば事理は瞭然だ。山岡　（兩手を擧げて制し）勝先生。安房　何んだ。山岡　あなたは直ぐにそれを云ふから厭（い）やだ。世界の大勢、國運の消長、あんたは直ぐ長廣舌（ちょうこうぜつ）になるからいかん。餘（あま）り大局ばかリを見て論じ出すから、太刀さきが延びて籠手（こて）に隙が出來ませう。どうも劍術を習つた人のやうにもないなァ。（「江戶城總攻」：『眞山靑果全集 第７卷』（講談社）、p. 29）　他国の力を借りて軍に勝てば、他藩も同じく他国の力を借りることになり、国が割れ、国が滅ぶということは歴史の教えるところだ。軍において、他国の力を借りるのは「御法度」なのだ。このことは軍に限ったことではない。《過去の植民地のなかには、植民国によって行なわれた投資や、ときには制度的基礎などの遺産を持ったまま、近代化に臨んだものもありました。インドやパキスタンの鉄道などは、こうした例です。これらの諸国は、１８５０年代の日本には皆無であった近代化の要因を持って歩み出したのです。今日見られるもう１つの有利な条件は、近代化の途上にある国に対して、アメリカやその他の諸国から提供される多額の対外援助です。　日本はわずかの宣教師から受けた教育面の無料奉仕を除くならば、いかなる無償援助にも預かったことはなかったのです。そればかりか、帝国主義勢力が横行していた当時、より強力な諸国に対して多額の債務を負うことを危険であると見た日本は、巨額の借款を受けようとしなかった》（Ｅ・Ｏ・ライシャワー『日本近代の新しい見方』（講談社現代新書）、p. 67）

  2023.11.27

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