8208978 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

雀坊の納戸~文鳥動向の備忘録~

雀坊の納戸~文鳥動向の備忘録~

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

Calendar

Keyword Search

▼キーワード検索

Free Space

本サイト
文鳥団地の生活


文鳥用品販売/生体/宿泊
文鳥屋

Freepage List

Category

Archives

Headline News

2023年06月24日
XML
 人は思いこみの生き物だ、と昨今改めて思い知らされる。
 例えば、昨今、民間の小型潜水艦で深海に沈むタイタニック号を見学するツアーで、メンテナンスが不十分だったのか、大破して乗員乗客おそらく即死の事故があった。フツーに考えれば、深海で行方不明になれば、数日内に救出など不可能なので、浮上していることを祈りつつ、深海に万一にも沈んで、乗客が酸素の欠乏を待つような事態は想像しないようにするのが、健全かと思う。ところが、救出したいとの人々のとても非現実的な願望により、潜水艦が形をとどめて深海にあって中の人たちは救出を待っているのが前提のようになってしまい、およそ現実ではありえないから奇跡のはずの「奇跡」を渇望、挙句、「30分おきに何かをたたく音」をソナーが探知した、などと騒ぎたてることになった。
 待て、なぜ30分おきなのか?自然では起きない?否、むしろ人為的には起きないだろう。海底のガスがたまって吹き出すのが約30分おきとか、そう言った自然現象を想定する他ないはずだ。しかし、そのような現実的な議論は出来ず、勝手な思い込みで一喜一憂するのである。
 例えば、昨今、某NHKの時代劇にも頻繁に出演していた永山某くんは、大麻所持で逮捕されてしまった。フツーに考えれば、大麻の葉っぱを乾燥させて吸っても、特段の効果は得られないが、思いこみの生き物である人間の中には、現在の地位や名誉を失うばかりか、他人に多大な迷惑をかけ再起も難しくなるようなリスクを冒す価値があると信じてしまう。
 大麻はタバコより昔から日本でも栽培されていて、それなりの薬効は知られていたが、喫煙は一般化しなかったものである。つまり、今現在、その葉っぱを吸いたがる人は、とっくの昔に喫煙する意味がないと証明済みのものを、思いこみで「効いたぜ!」などと思って珍重している過ぎないのである。
 なお、ミュージシャンは禁止薬物で逮捕されても再起はあるが、他人との共演が必須の俳優の場合、この手の薬物犯罪を犯せば、再起は不可能である。効果のない葉っぱごときでも、それで逮捕されたら、製作者サイドの仕事も資金もパーになるばかりか、自分と同じ立場の共演者たちの仕事を台無しになってしまう。そのような被害を受けた人が、今後、加害者と共演するであろうか?孤独もしくは内輪で生きるミュージシャンのような甘えは許されないので、どうしても葉っぱなど吸いたければ、俳優業をやめ、他人の迷惑にならない職種に転向した上で、便所の中で吸うのが筋道と心得られたい。
 例えば、性同一性何とか、LGBT何とか、といろいろ区分けしてそれが新しい正義のように主張する人の声が大きいが、すべて思い込みにしか聞こえない。子どもの頃から男の子であるのに違和感があって、スカートがはきたかった?はけば良いではないか?はかせない親が悪いしそれでとやかく言う同級生のガキがバカなのである。女装が好きな男の子がいて何が悪い?他人に対して無害な行動を差別したがる性根に問題があるのに、自分をゲイだ、心は女だ、とかわざわざカテゴライズ(LとかGとかBとかTとか区分けすること)する必要などないだろう。
 なぜ心の内の問題を表だったものにしなければならないのか、生物学的に同性が好きな者がいて不思議はないのに、なぜ、女性が好きな女性が男性として振る舞わねばならないのであろうか?なぜ、男性が好きな男性が女性にならねばならないのか?およそ解しかねる(生物学的には、男性に好かれる特質の遺伝は、兄弟が子孫を残すには不利だが姉妹にとっては有利に働くので、同性愛は一族が子孫を残す上での不利にならない)。ただ、性器の有り様によって男性と女性を分けなければ、トイレも銭湯も混乱するし、スポーツ競技の多くは男性に独占されてしまうし、憲法は改正しなければならなくなるので(日本国憲法第24条「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」するものなので、「両性」の「性」を「人」に変えないと同性婚は違憲になる可能性が高い)、その点は個人の自由の範疇を超えることは理解しなければなるまい。

 そこで文鳥の行動を観察すると、彼らは異性だからとか同姓だから、と認識して恋愛などしていない。好きな相手を異性と見なす、と言うより、好きか嫌いかで異性とか同姓といった意識を持っていない。不思議に思えるかもしれないが、主観でしか生きられない生き物の定めとして、その方がよほど自然に思える。つまり、人以外も思いこみで生きているのである。
 生きとし生けるものは自分が見たり感じたりの主観で思いこんで生きる他ないが、人は大きな社会を維持するために客観性が求められてしまう。自分勝手で行動されては、社会は維持できないのである。潜水艦の乗客を助けたい願望だけで行動すれば、多くの資源が費やされ、時として二次災害を起こし、挙句何も得られない結果となる可能性も考えねばならない。「鰯の頭も信心」で葉っぱさえ吸えば気持ちが落ち着いて楽になると思いこんでいれば、自分だけは逃避の達成感で一時の満足は得られようが、ただの葉っぱで、他人や社会に対する罪悪感を背負い込みことになる。また、枠にとらわれない自由に寛容な社会を求めながら、自らの思いこみで枠を作って窮屈にもなる。
 思いこみは生物の宿命だが、人は思考することで、思いこみを客観的に判断することも出来るはず。思い込みに流されないように心がけたいものである。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2023年06月24日 10時40分13秒
コメント(0) | コメントを書く
[しらばくれた書きとめ] カテゴリの最新記事



© Rakuten Group, Inc.