月下の恋人達 第1話
素材は、てんぱる様からお借りしました。「火宵の月」二次小説です。作者様・出版社様とは一切関係ありません。二次創作が苦手な方はご注意ください。 産業革命により、急速な発展を遂げた、アレンディア帝国。 だが、その恩恵を受けるのは、一部の階級に属する者だけだった。 帝国の大多数の国民は、明日の生活にも事欠く程、貧しい生活を送っていた。 子供達を育てられない親達は、泣く泣く子供達を手放した。 そんな彼らは、孤児院に預けられ、日々劣悪な環境の中で生きていた。 カーシャも、そんな子供達の一人だった。 彼女は日課の薬草を摘みに、森へと来ていた。 そこで彼女は、傷ついた金色の豹を見つけた。「どうしたの、怪我をしているの?」 カーシャがそう言って恐る恐る豹に話し掛けると、彼女の前に一匹の黒い狼が彼女と金色の豹との間に割って入り、彼女に向かって牙を剥いた。「あなたのお友達を助けたいの。」 カーシャがそう狼に話し掛けると、狼は唸った後に金色の豹の前から退いた。(酷い、怪我をしているわね・・右前足に矢が刺さっているわ。傷が化膿する前に早く手当てをしないと・・)「カーシャ、カーシャ!」 森の入口付近から声が聞こえたので、カーシャがそちらの方へと振り向くと、そこにはカーシャの友人である獣医師・アレクセイの姿があった。「アレクセイ、この子、足に矢が刺さっているの!」「こりゃ酷い・・早くうちで手当てしないと・・」 アレクセイがそう言って金色の豹の傷を見ようと屈んだ時、あの狼が再び牙を剥いて唸った。「この人は、あなたのお友達を助ける為に来たの。」「大丈夫だ、傷は浅い。この子を、わたしの診療所へ運ぼう。」「はい。」 アレクセイが金色の豹を抱き上げ、カーシャと共に自分の診療所へと向かうと、狼が彼らの後をついて来た。「これで大丈夫だ。」「ありがとう、アレクセイ!」「カーシャ、この子達はわたしが預かろう。君は早く孤児院に戻りなさい。」「わかった・・」 カーシャは金色の豹と狼の事が気がかりだったが、門限を破ってシスターから折檻されるのは嫌だったので、孤児院へと戻った。 その日の夜、アレクセイは診療所の方から人の話し声のようなものが聞こえて来るような気がして、拳銃片手に恐る恐る診療所の中へと入った。「痛い、痛いっ!」「後少しだ、頭が見えて来たぞ!」診療室のドアの隙間からアレクセイが見たのは、双つの命を今まさにこの世に産み出そうとしている金髪紅眼の女と、そんな彼女の手を握っている黒髪の男だった。暫くすると、二人分の赤子達の産声が聞こえて来た。「先生・・」「良く頑張ったな、火月。」 黒髪の男―有匡は、そう言うと双つの命をこの腕に抱き、火月に向かって優しく微笑んだ。(一体、どういう事なんだ?あの二人は、昼間見た・・)「先生、どうしました?」「火月、わたしは邪魔者を消してくる。」「邪魔者?」「あぁ・・」 有匡は診察室のドアの向こうに隠れているアレクセイを睨みつけると、唸った。「待ってくれ、殺さないでくれ!」「何故、銃を持っている?それでわたし達を撃つつもりだろう?」 有匡はそう言うと、アレクセイに向かって威嚇するかのように唸った。「違う、わたしは不審者が居ると勘違いしてしまっただけなんだ!」「そうか。部屋を汚してしまって済まない。わたしは有匡、そして彼女は妻の火月だ。」「アレクセイだ。あの、ひとつ聞いていいかな?」「何だ?」「君達は、森の中で会った金色の豹と黒い狼だよね?どうして、人間の姿になっているの?」「それは、話すと長くなる。アレクセイ、お前は魔女の呪いを信じるか?」「魔女の、呪い?」「あぁ。かつてこの国を支配していた魔女・テレサからかけられた呪いを解く為、わたし達はサーカスから逃げ出し、旅をしていた・・」 有匡は双子をあやしながら、この町に来るまでの経緯をアレクセイに話し始めた。 魔女・テレサは、かつて王宮お抱えの魔術師だったが、その地位を有匡に奪われてしまった事を恨み、有匡と火月に、ある呪いを掛けた。 それは、“夜の間にしか人間になれない”呪いだった。「その呪いを解く為に、北の海に棲む人魚の宝を探している旅をしている。だが、旅の途中でわたしと火月は、奴隷商人に捕まった。あいつらは、わたし達をサーカスへ売り飛ばした。そこのオーナーはサディストで、わたしは芸が出来ないと良く殴られた。この背中の傷は、あいつにやられたものだ。」有匡はそう言うと長い黒髪を掻き分け、アレクセイに背中の槍傷を見せた。「酷い・・」「わたしは、オーナーが留守にしている間、火月を連れて逃げ出した。獣の姿で逃亡生活をするのは辛かったが、宮廷に居た頃よりも火月と共に居られるから嬉しかった。」 だが、火月の妊娠が判明し、有匡はサーカスで仕込まれた芸で旅をしながら披露して日銭を稼いでは、火月の為にその金を貯めていた。 そんな生活を続けていたある日、火月が臨月を迎え、刻一刻と出産の日が近づいていた。 町に滞在するつもりだった有匡達だが、テレサが放った追手が二人を見つけた。 その追手から逃げる途中、火月は産気づいた。 右足に矢を受け、動けなくなっているところを、カーシャとアレクセイが通りかかったのだった。「そうか・・わたし達に、出来る事は無いかい?」「双子を頼む。」「わかった。カーシャなら、力になってくれるだろう。彼女は、大家族出身だから、赤子の世話には慣れている。」「あの子は、孤児じゃないのか?」「数年前、大飢饉が起きてね・・カーシャは、家族全員を亡くした。彼らの命を奪ったのは、はした金と食糧を盗みに来た賊だった。カーシャは、両親と幼い弟妹達が賊に殺され、その肉を食べられている姿を窓から見ていたのさ。あの時、わたしが賊を殺さなかったらどうなっていたか・・」 宮廷で暮らしていた頃、北部では相次ぐ水害が原因で、大飢饉が発生した事は知っていた有匡だったが、その実態を知る事はなかった。 いや―知る事すらなかったのだ。「カーシャは、わたしが引き取りたかったが、出来なかった。あの子には、高い魔力があったからね。」 高い魔力を持つ子供は、孤児院に入れられ、魔力を“矯正”される。「カーシャは、人間だろう?わたしや火月のように半妖ではないのに、何故?」「先祖返り、というものだよ。カーシャの先祖は、かつてこの国を創った古の魔女・カタリナらしい。」 カタリナ。 この国を創った、古の古き善き魔女。 かつてはその功績を称え、彼女を祀る聖堂があったのだが、それらは全てテレサにより“邪教”だと一方的に決めつけられ、破壊されてしまった。「そろそろ、夜が明ける。双子の事を、頼むぞ。」「わぁ、わかったよ。」 夜が明け、有匡と火月はそれぞれ動物の姿へと戻っていった。「わ~、同時に泣かないでくれ!」 双子の夜泣きに付き合い、アレクセイは慣れない育児に悪戦苦闘していた。 そこへ、サーシャがやって来た。「何をしているの、もう!この子達、おむつが汚れているじゃない!」 大きな溜息と共にカーシャはそう言いながら背負っていた籠の中から清潔なおむつを取り出すと、手際良くそれを双子の汚れた股間に宛がった。「アレクセイって、本当に育児では役立たずね!」「はは・・」 アレクセイは苦笑しながら、カーシャと共に双子をあやしていた。「ねぇ、この子達は、わたしが森で見つけた豹と狼の子供なの?」「どうして、そう思うんだい?」「だって、昔聞いたことがあるの。悪い魔女に呪いを掛けられた、魔術師とその奥さんの話。奥さんが金色の豹で、左耳に紅玉の耳飾りをつけていて、魔術師が黒い狼。この子達、あの二人にそっくりだもの。「勘が鋭いね、カーシャは。」 アレクセイはそう言うと、双子を己の尻尾でそれぞれあやす火月と有匡を見た。「二人の呪いを解くには、人魚の宝が必要なんでしょう?」「あぁ。」「そういえば、孤児院の図書室に、魔術の本があったから、今夜持って来るわね!」「ありがとう。」 カーシャとアレクセイがそんな話をしている頃、宮廷ではテレサが部下からある報告を受けていた。にほんブログ村