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2024.02.15
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素材は、このはな様からお借りしました。

「火宵の月」の二次創作小説です。

作者様・出版社様・制作会社様とは一切関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。



1333年、鎌倉。

「火月、しっかりしろ!」
「先生・・」
陰陽師・土御門有匡が出張から帰ると、妻・火月が苦しそうに血を吐いていた。
「ごめんなさい、先生・・子供達の事を、頼みますね。」
「まだわたしを置いて逝くな。お前が居なくなったら、わたしは・・」
「大丈夫・・いつかきっと、会えますから。」
有匡は、火月が床に臥せるようになると、出張の回数を減らし、家族と過ごす事を優先させた。
「もっと、早くこうしておけば良かった。わたしは、今までお前に甘えていたんだな。」
「今からでも間に合いますよ、先生。あなたと家族になれてよかった。」
火月の病状は一進一退で、体調が良い時は双子達と遊んだり、和琴を弾いたりしていた。
「父上。」
「どうした、仁?」
ある日の夜、有匡が星の観察をしていると、そこへ仁がやって来た。
「昔、父上が僕の妖力を封じたというのは、本当ですか?」
「あぁ。」
「もし、妖力を封じていなかったら、僕は母上を助けられるのかな・・」
「仁、妖力があってもなくても、命あるものは必ず終わりを迎える。それは、何人たりとも変えてはいけない自然の理なのだ。」
今にも泣き出しそうになっている仁の頭を撫でた有匡は、空に浮かぶ紅い月に願った。
願わくば、火月と会えるようにと。
空に朧月が浮かんだ夜、火月は夫と子供達に看取られ、息を引き取った。
「父上、本当にいいのですか?」
「ああ。お前には天賦の才能がある。それに、子を巣立たせるのは親であるわたしの役目だ。」
京へと旅立つ仁に、有匡はある物を手渡した。
それは、火月が生前愛用していた紅玉の耳飾りだった。
「いいの?こんなに大切な物を、僕が受け取っても。」
「これは、血の繋がり、わたし達家族の証だ。必ず、この紅玉はわたし達を導いてくれる。」
双子達を見送った後、有匡は己の寿命が尽き、転生し火月と再会する日を待っていた。
しかし、その日は来なかった。
(何故、わたしは・・)
「久しいな、有匡。」
火月の懐剣―かつては母の物であった懐剣を有匡が握り締めていた時、妖狐界から突然母・スウリヤがやって来た。
「久しいですね、母上。何故、わたしに会いに?」
「有匡、お前を迎えに来たのは、眷族となったお前を迎えに来たからだ。」
「今、何と・・わたしは、半妖の筈・・」
「お前は、“あの時”、火月と共に別次元へと飛び、時を歪ませた。そして、双子の変幻を防いだ。故に、お前の中の“妖狐”の血が、“人間”としての血を相殺した。」
「わたしは妖狐として、独りで生きよと?わたしは・・」
「そう嘆くな。火月の魂が輪廻を繰り返し、再びお前と会えるまで、待つのだ。」
「酷な事をなさる。わたしはもう、火月なしでは生きられないというのに・・」
「有匡、これからは人間の為に生きよ。」
そう言って自分に向かって差し伸べて来た母の手を、有匡はそっと握った。
こうして有匡は人間として生きる事をやめ、妖狐として生きる事になった。
―あれは・・
―スウリヤ様が人間との間に産んだ・・
―何と禍々しい黒髪・・
妖狐族の王宮に入った有匡は、そこで同族の者達からの好奇の目に晒された。
人間界では、“狐の子”として蔑まれ、その能力をアテにされたされた時と何ら変わりがない。
(これも、宿運か。)
有匡はそんな事を思いながら、火月を待ち続けた。
「有匡、王がお呼びだ。」
「王が?」
スウリヤと共に、有匡は初めて王―母方の祖父と会った。
「そなたが、有匡か。良く顔を見せよ。」
「はい・・」
王は、じっと有匡の顔を見た後、こう呟いた。
「今まで人間界で辛い目に遭ってきただろう。そなたと神官―艶夜には悪い事をしたな。」
「いいえ。」
「そなたの話は、スウリヤから聞いておる。そなた、火月の魂を待っているようだな。」
王は、そう言うと有匡が肌身離さず持ち歩いている懐剣を見た。
「愛する者を救う為、人間として生きる事をやめたのは、辛かろう。だが、そなたが火月と再会する日は近い。」
「そうですか・・」
「そなたと火月は比翼連理、唯一無二の存在。そなたが望めば、火月もそなたに応えてくれるであろう。」
「ありがとうございます、王。」
「有匡、そなたと会えて良かった。」
それが、有匡と王が交わした、最初で最後の会話だった。
王は病に倒れ、一度も意識を回復することなく、黄泉へと旅立っていった。
長年善政を敷き、人間界と良好な関係を築いてきた王の死によって、妖狐界は混乱を極めた。
―次の王は、アルハン様では?
―あの方ならば、王に引けを取らぬ程の能力・・
―黒髪の“奴”とは違う。
王の直系の血族である、スウリヤの異母弟・アルハンは、才能があり、何者にも分け隔てなく接する王に相応しい男であったが、妖力が弱かった。
この世は、人間も妖も、力が全て。
「やはり、そなたが王に相応しいのではないか、有匡?」
「わたしは、王にはなりたくありません。」
有匡は、王の後継者争いには加わらず、一介の妖狐として生きようとした。
だが―
「戦だ!」
「戦が始まったぞ!」
時の流れと、運命は残酷なもので、人間界と妖狐界との間に陰の気が満ち、戦によりそれは爆発した。
まるで、有匡が火月の中に眠る紅牙を制した時のように。
「有匡、そなたはどうする?」
「・・呼んでいる。」
「有匡?」
―先生・・
火月の魂が、自分を呼んでいる。
「母上、わたしは・・」
「行け。止めぬ。」
スウリヤは、人間界へと降り立った有匡を静かに見送った。
(地獄絵図だな・・時代が変わっても、争いはなくならぬ。)
有匡が約五百三十五年振りに人間界へと降り立ったのは、会津の戦場だった。
町全体が死と静寂に包まれ、あるのは底の無い絶望だけだった。
そんな中で、有匡は微かに命の灯火を感じた。
「そこに誰か居るのか?」
「う、うぅ・・」
線香の匂いが立ち込める仏間で、有匡は産気づいた女を見つけた。
「しっかりせよ。」
「どうか、殺して・・」
「ならぬ。」
火月の魂の欠片が、自分を呼んでいる。
程なくして、女は子を産み落としたのと同時に、息を引き取った。
有匡は産声を上げる男児を抱き上げ、そのへその緒を懐剣の刃で斬ると、そこへ官軍がやって来た。
「何じゃ、貴様!?」
「この赤子を、そなたの子として育てよ。」
有匡はそう言って大将と思しき男に赤子を託すと、妖狐界へと戻っていった。
「火月とは、再会えたのか?」
「いいえ。」
「そう気を落とすな。」
戦が終わり、太平の世となり、“明治”と名を変えた時代の終わりに、有匡はあの赤子であった男と会った。
「あの時、わたしを助けて下さりありがとうございます。」
そう言った男は、薄い翠の瞳で有匡を見た。
「そなた、わたしが見えるのか?」
「はい。あなたの事を、わたしはいつも感じておりました。」
男は苦しそうに咳込むと、有匡に抱きついた。
「どうか、わたしを助けて下さい。わたしはもう永くはありません。」
「それは出来ぬ。だが、そなたの望みは聞いてやろう。」
「では・・」
男は有匡に、一枚の写真を見せた。
そこには、金髪紅眼の振袖姿の少女―火月が写っていた。
「わたしの娘です。まだ四つになったばかりの子を、残して逝くのは辛い。どうか、わたしの代わりに娘を守ってくださいませんか?」
「わかった。」
「ありがとう・・ございます・・」
男は、有匡の腕の中で静かに息絶えた。

「安らかに眠れ、人の子よ。」

1915年、東京。

―あの子でしょう・・
―不吉な瞳をしているわね。
―呪われているわ・・
長く肺を患っていた母が亡くなり、火月は父方の親族の元へと引き取られた。
そこには、自分に対して好奇と畏怖の視線を向ける親族と、使用人達が待っていた。
そして、火月を何かと敵視する本妻の娘・香世が居た。
「ねぇ、あなたは何処から来たの?」
火月は、いつもお気に入りの場所で会う猫を撫でながらそう猫に話し掛けていると、香世がそこへやって来た。
「気味が悪いわ!」
「香世・・」
「“お嬢様”と呼びなさい。あなたみたいな気味が悪い子を、“姉”と呼びたくないわ。」
火月は、父の妾の子だった。
父は火月が四歳の時に亡くなり、母は懸命に火月を育ててくれたが、病には勝てなかった。
(父様、母様、会いたいよ・・)
父の本妻は、火月を女中として扱った。
暗く狭い部屋を宛がわれ、食事すら与えられず、火月はいつも飢えていた。
そんな中、彼女は香世達と花見をしに、鎌倉へと向かった。
火月はまるで何かに惹き寄せられるかのように、鶴岡八幡宮へと向かった。
初めて来る場所だというのに、火月は何処か懐かしいような気がしてならなかった。
「あっ!」
「何しているの、この愚図!」
小石につまずいて転んだ火月を助け起こそうともせずに、香世達はそのまま石段を下りていってしまった。
「うっ、うっ・・」
痛みと寂しさで火月が泣いていると、そこへ一人の男が現れた。
「どうした?何故泣いている?」
「父様、母様、会いたいよ・・」
有匡は、そっと火月の頭を優しく撫でた。
その時、火月はその優しい感触が、何処か懐かしいような気がした。
「また会おう、火月。」
「どうして、僕の名前を知っているの?」
「そなたが産まれる前から、そなたの事を知っている。」

1924年、東京。

女学校を卒業間近という時に、火月は自分の父親よりも年上の男と結婚する事になった。
その結婚は、没落寸前の家を救う為のものであった。
「ねぇお母様、本当にこれで良かったの?」
「良いに決まっているでしょう。これで厄介払いが出来て、せいせいするわ。」
 香世の妹・綾乃は、火月の部屋へと向かった。
するとそこには、少ない私物を風呂敷にまとめている異母姉の姿があった。
「姉様、どうかお幸せに。」
「ありがとう。」
―おい、あれ・・
―高原家の・・
―可哀想にねぇ、人身御供に出されるなんて・・
白無垢姿の火月が、“夫”の待つ鶴岡八幡宮へと向かっていると、突然雨が降り始めた。
「さぁ、つきましたよ。」
一段ずつ石段を火月が上った先に待っていたのは、幼き日に鶴岡八幡宮で会った男だった。
「待っていたぞ、火月。」
「あなたは・・」
―先生・・
「もう何も心配は要らぬ。これからは、わたしがお前を守ってやる。」
―僕、あなたの子供が産みたいんです。
「さぁ、わたしの手を・・」
「はい。」
有匡は漸く、六百年振りに火月と再会した。
「なんですって、あの子が消えた!?」
「どういう事ですの、お母様!?」
「さっき大宮様からお電話があって、火月がそちらに来てないと・・」
「何処へ消えてしまったのかしら?」
「さぁね。全く最後まで役立たずなんだから。」
火月が消えた日の夜、香世とその母親は何者かに惨殺された。
「祟りじゃ、稲荷様の祟りじゃ~!」

すぐさま惨殺事件を警察が捜査し始めたが、目撃者も居らず、迷宮入りしてしまった。
この事件は、天気雨が降っていた事から、“狐の嫁入り事件”と呼ばれた。

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