猫の夜(3・最終話)
~~~最終話~~~ チビが言うほど 簡単じゃなかった。 けれど ぼくは登った。 木の上から眺める学校は いつもとまるで違った。 気に入らないあだ名 乱暴なクラスメイト 苦手なおかず・・・ そんなものが小さくなり どうでもよくなった。 体も心も ぽかぽかした。 登る時につくった手足のすり傷さえ 気持ちいい。 となりの枝では チビが身づくろい。 ぼくが落下しそうになるたび えり首をくわえてくれたんだ。 チビは大きく のびをすると 「じゃあな 月が消える前に旅立つよ」 「え? どうして? どこへ?」 「おれにふさわしい名を 探すんだ。 この町は旅の途中さ」 「名前なら ぼくが考えてあげる」 「おれが おれでいるための名だ。 おれにしか みつけられない。」 チビはきちんと座ると 緑の目で 僕の目をのぞいた。 「おまえは 何を求めて 明日を迎える?」 ぼくは 答えられなかった。 かわりに こう言った。 「チビがいなくなると さみしい」 「別れは 再会の約束さ。 いつか おれは尻尾をピンと立てて おまえに会いに来る。 おまえに おれの名を告げる。 おまえは その名をかみしめ うなずくんだ。 ああ わくわくするぜ」 ぼくは 涙をこらえた。チビが顔をつき出し 「おれのひげ 一本やるよ」 「抜いていいの? 痛くない? 」 「なんてことないさ」 できるだけ そっと抜いたけれど 痛そうだった。 チビは 顔を洗って ごまかした。 「猫のひげには 勇気がつまってるんだぜ」 そう言うと チビは再び 夜空へと跳躍した。 あいつは 旅に出た。 ぼくは この町で明日を迎える。 いつか ぼくは胸を張って あいつと再会する。 そのためには 試練も乗り越えよう。 そう 例えば 今 目の前の試練。 ぼくは 木の上。 一人で 降りなくてはならない。 すり傷だらけの手のひらで あいつの勇気が一本 光を放っている。