父へ 「夏の空」後編
数日後 ゆんとけんたが けんかを始めた。 「ユウレイは絶対 いる」 と けんた。 「ママが 人は死んだら無になるって言ったわ」 と ゆん。 ママというのは じいちゃんの娘のことだ。 (ばか娘め) じいちゃんだって ここに居ると知らせたくて 努力している。 霊力のありったけをしぼり 自分の骨をカタッと鳴らすことに成功した。 (それを あのばか娘 ねずみが天井を走っている だと) ゆんが つづける。 「じいちゃんがママに教えたんだって。 ユウレイなんか居ないって。」 じいちゃんは 頭を抱えた。 「おじいちゃんは 居るもんっ」 と けんた。 「それなら なんで 会いにきてくれないの? 呼んでも 返事してくれないの?」 叫んで ゆんは くちびるをかみ うつむいた。 けんたは 顔を真っ赤にして まばたきをくりかえす。 じいちゃんは 二人の肩を抱き 深々とためいきをついた。 じいちゃんの骨が お墓に おさめられた。 海辺の墓だ。 潮が匂う。 海鳴りが響く。 「見えないけれど おじいちゃんは居るよ」 と けんた。 「ぼく メダカやカメの世話 できたもん。 おじいちゃんが居るから やり方わかったの」 じいちゃんは うなずく。 けんたの朝は じいちゃんの朝そっくりだ。 窓をいっぱいに開けて 朝の空気を吸い込む。 朝顔の花を数える。 それから メダカとカメの水槽をのぞく。 ゆんが 言う。 「じいちゃんからの手紙を読み直したの。 手紙の中に じいちゃんをみつけた」 誕生日や入学式 折々に ゆんにおくった手紙。 じいちゃんは心をこめた。 そうだ その手紙の中に じいちゃんはいるぞ。 ゆんが ふっと 笑って 「こっちも霊感が強くないとだめなんだよ。 ラジオの電波みたいにさ じいちゃんの波長とこっちの受信アンテナがピタッと合わないと 姿は見えないんだよ」 じいちゃんも ふふふと 笑いがこみあげる。 霊感の無さも 遺伝かな。 ゆん おまえの頭には ツムジが二つある。 じいちゃんのツムジも二つだ。 けんたの顔の輪郭は じいちゃんとうりふたつだ。 いつか 鏡を見て 驚くさ。 じいちゃん そんなところに隠れていたの と。 朝顔の花は 今年も種を残す。 その種をまく時 花が咲く時 じいちゃんと過ごした夏の匂いをかぐだろう。 「夏の空だ」 と ゆんが 空を仰いだ。 「おじいちゃんの好きな空だ」 と けんたも 空を仰ぐ。 深く濃い青空。 じいちゃんが 何十回何百回と見上げてきた 空。 何千回見上げても いい空だ。 南紀特有の夏の空。 まるで吸い込まれるような。 気づくと じいちゃんは本当に空に引き寄せられていた。 ゆんとけんたの姿が 下方に遠のいていく。 ふたりは じいちゃんを見上げている。 グッドバイ? いや ”See you again” じいちゃんは 夏の空に 染まっていった。 完