森の詩
ここ数日、頭の中をとある曲がぐーるぐる。理由はよくわからないけれど、ぐーるぐる。ZABADAKさんの『GOODBYE EARTH』。英語の曲だけど、ZABADAKさんは日本の人たち。出会ったのは高校生のころか、もう少しあと。私の英語力は、『英語しゃべれるか』と英語で聞かれて、ついうっかり『はい』と、日本語で答えたというレベルなのだけれど、大まかに訳すると、こんな感じ(かな?) たくさんの木が切り倒されたよ いくつもの種(しゅ)が地上から絶たれたよ 開発、耕作、改良、灌漑、浚渫、埋立…そう思い込んで すばらしいことを成し遂げたと思ってる だけどそれは地球を汚したに過ぎない アザラシたちの浜辺は油にまみれ 鯨たちの身体は毒されていく 数学、物理学、化学、建築学、工学、農学… 輝かしいことに見えるの それは汚辱に過ぎない 教えて 人間のどこがそんに賢いの いったいどこが『万物の霊長』なの 川や海を蹂躙し、森を薙ぎ払ううちに 僕たちが母なる地球を去らなくてはいけなくなるよ……かなーり、とんでもなく、乱暴な訳。たとえば英語のテストでこんな答案書くと0点つけられかねないくらい。作詞なさった方からも苦情が来るかもしれないな。訳のついてる歌詞カードもあるらしいんだけれど、私の持ってるのにはついてないのだ。とはいえここに歌詞のっけるわけにもいかないしなぁ。(でも、勝手な訳載っけるほうが、著作権侵害するよりもはるかにたちが悪い……ような気もしてきた………^^; みなさん、ぜひぜひ曲つきで原詩をご覧ください)だけど何だって今、これがぐるぐるするんだろう。わけがわからないけれど、無視できない強さでぐるぐるし続ける。よくわかんない……そんなことしてるうちに、思い出してしまった。ずっと昔に書いた話。ちなみにBGMはZABADAKさんの『GOODBYE EARTH』。ここだと異様に読みにくいと思うけれど、ちょっとのっけてしまおう。 木々の間から夕闇がしみ出し始めていた。 見えないものの視線が手足にまとわりついて、体が重かった。 遠くの鳥の声が、いやに耳元で響いていた。 走り出したとき、何かが帽子の上から強くぶった。 振り仰ぐと細い木の枝が揺れていた。 体の芯から熱いものが吹き出した。「…このやろう……!」 少年はしゃがれた声で叫ぶと、枝に飛びかかった。わしづかみにした指の間から若い葉がちぎれて夕闇に舞う。緑色の匂いなど気にも留めず、少年は幹に片足をあげると枝に体重をかけた。「このやろう、このやろう!」あれほど騒がしかった鳥の声は、いつの間にかやんでいた。叫び声と裂け始めた木の悲鳴が森の中をかけてゆく。「…やめて!」 かん高い声が少年の耳を打った。思わず枝から手を離したすきに、何かが少年と木の間に入りこむ。その正体を確かめて、少年は目を丸くした。「やめて、傷つけないで!」背に木をかばって叫んだのは、翠の瞳の少女だったから。 差し出された木のコップの中の液体を、少年はまじまじと見つめた。甘い香りが揺れる心をそっとなでてゆく。「花のお茶よ。大丈夫だから、飲んでみて?」そう言いながら少女は自分でそれを飲んでみせる。コップと少女を見比べながら、少年はおどおどと口をつけた。かすかな甘さとあたたかさが体中に広がってゆく。コップが空になるころには体の震えはすっかりおさまっていた。「…ありがとう」コップを返しながら、少年は少女の手の白さと銀の腕輪に目をしばたかせた。そして目をあげる。木々の緑と風の青がとけあったような瞳、木の幹から抜け出してきたような色の髪、そしてその髪から長く突き出している尖った耳。「…もしかして、兎の妖精?」 思わず転がり出た問いかけをきょとんとした顔で受け止めた少女は、言葉の意味を理解したとたんにころころと笑い始めた。予想外の反応に目を丸くした少年の眉間にやがて縦じわが刻まれ、頬がふくらんでいくことに気付いて、急に真顔になる。「ごめんなさい。…でも、私は兎じゃないわ。」上目遣いに見上げた少年の前でわずかに背筋を伸ばし、少女はひとつ息をついて厳かに名乗った。「私は『森の守り』よ。この森を守っているの。」 さほど歳の違わない姉のような少女の顔に浮かんだ表情は、春から通い始めた学校のチャペルで祈りの言葉を唱えていた、齢を重ねた修道女のそれを思い出させた。その不思議な対比に少年はわずかに目を見開く。そんなことは気にも留めていないふうで、少女は窓のように開いている枝の間から外を見やった。「木や鳥達が私を呼んだから。行ってみたらあなたがいたの。」少年は驚いたように少女を見つめた。「木の声が聞こえるの? 木って喋るの?」少女は当然といわんばかりにうなずいた。そして不思議そうに首をかしげた。「木と話したこと、ないの?」少年はぶるぶると首を横に振った。そして慌てて、話しているような気はするけれど、とつけ加える。少女はやはり不思議そうに頭を振った。「人間には聞こえないのね。…じゃあ、森が怒るっていうことも、きっと知らないのね」 少年はその言葉に目を丸くした。「怒るの? 森が?」木々のざわめきが急に大きくなったような気がする。うろうろと視線をさまよわせる少年の前で、少女は静かにうなずいた。「怒るわ。必要もないのに傷つければね。」 少年は身をすくませた。手の下でちぎれて飛んだ葉の匂いが、足の下で軋んだ枝の音が、急に甦る。目をあげると、少女は翠の瞳に少年を映し、じっと立っていた。その瞳が自分の思いまで見つめているような気がして、少年は顔を伏せた。「…ごめんなさい……」 少年はうつむいたままでかすれる声をしぼり出した。喉が波打とうとするのを抑えようと身を固める。その髪に白い手が触れた時、少年は思わず大きく身を震わせた。「…いいわ。はぐれてしまって、淋しかったんでしょう?」おずおずと顔を上げると、少女は幼い顔に今度は母親の笑みを浮かべて少年を見つめていた。「あなたはまだ小さいから。その分、『母』に近い……。」少年はこっくりうなずいた。少女の言葉の意味はわからなかったが、許してもらったらしいという安堵がじわじわとわき出した。「もう暗くなったから、今日はここで泊まっていくといいわ。」 そう言われて初めて、少年は自分が疲れ果てていたことに気付いた。母親の顔が浮かんだが、同時に歩いて帰る力が残っていないことを心のどこかで悟っていた。うなずいた少年を草でできた寝床に横たえさせて出ていこうとして、少女は闇に一筋流れた光と小さな喉の震えに首をかしげた。「…大丈夫よ、朝になったらお母さんのところへ連れていってあげるから。」小さな灯りをともすと、少女は寝床の傍に腰かけた。「虫捕りに来てたんでしょ? 蝉? かぶと虫? クワガタ?」 とたんに少年は淋しさを忘れた。頬を紅潮させて虫の話を始める。疲れも心細さも忘れてしまったように、少年は話し続けた。少女も同じように目を輝かせて、いろいろな話をする。たくさんたくさん話した後で少女は手を伸ばし、少年に布団をかぶせた。「もう遅いわ。続きはまた今度ね。」 草を編んだ布団は眠りの精の住み処であるに違いなかった。あれほど生き生きと心の中を動き回っていた虫達が、急に動きを止める。あくびをひとつすると、少年はやっとのことで少女におやすみなさいを言った。「おやすみなさい。元気でね。」 ほほえんだ少女の言葉が耳にしみ込むよりも早く、少年は鳥になって虫と友達の待つ国へ飛び立っていた。 名を呼ばれたような気がして目を開けると、いくつもの顔が驚いたような目をして覗き込んでいた。すぐに体が持ち上げられ、何度も揺さぶられた。涙で顔をくしゃくしゃにした母親が自分を抱きしめ、繰り返し繰り返し名を叫ぶのをぼんやり感じながら、少年はもう一度ゆるやかな眠りに引き込まれていった。