カテゴリ:近代短歌の沃野
窪田空穂(くぼた・うつぼ) 関東大震災連作 抜萃〔5〕
丸の内 死ねる子を箱にをさめて 親の名をねんごろに書きて路に棄ててあり * ねんごろ(懇)に:(死んだ子の霊に、またそれを見る人に対して)懇切丁寧に。 死ねる子を親の棄てたりみ濠ばた柳青くしてすずしきところ * 残暑なお厳しい九月初め、途方に暮れた親の、少しでも美しく涼しいところにという、せめてもの親心だったのだろう。哀れなその子の亡骸(なきがら)は、皇居お濠端に青々と茂って垂れている柳並木の涼やかな木蔭に棄ててあった。 時計台 時計台残りて高し十二時まへ二分にてとまるその大き針 * 銀座四丁目交差点、服部時計店(現・和光)時計台。 関東大震災は大正12年(1932)9月1日午前11時58分発生。 被服廠址あたり 東京に地平線を見ぬここにして思ひかけねば見つつ驚く * 墨田区横網にあった陸軍被服廠址(現・墨田区横網町公園)。「空のない東京に地平線を見てしまった。何ともここで、思いがけないことだったので、見て驚いた。」 焼瓦うち光りつつはるかなり列なす人の小くもぞ見ゆる 五重の塔焼原越しに立てる見つ何ぞやと我が怪しみしかな * 台東区・上野公園内、寛永寺の五重塔か。呆然自失の中で、焼け野原を見下ろして屹立するものを、一見してわけが分からず「あれはいったい何だろうと、私はいぶかしんだ。」 鉄橋の焼けとろけたり水にうかぶ一人一人は嘆かずあらむ * 隅田川。「(もはや)嘆きもしないだろう。」 川岸にただよひよれる死骸を手もてかき分け水を飲むひと 了 歌集『鏡葉』(大正15年・1926) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2023.09.04 04:56:07
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