カテゴリ:現代短歌の曠野
小島ゆかり
風に飛ぶ帽子よここで待つことを伝へてよ杳き少女のわれに なにかあやふき感覚は来ぬ岩かげを声なき蝶のもつれつつ飛ぶ わが髪より生れしならずやなまぬるき風を起こして黒揚羽とぶ 若宮年魚麻呂といふ人の名をおもへばたのし春の早雲 蟬はみな小さき金の仏にてせんせんせんせん読経のこゑす 炎昼のわあんゆうんと歪みつつ樹木は蟬の声に膨らむ 午後のかぜ瀞にしづみて夏ふかしあなひそかわれに魚の影ある くれなゐは不穏なるいろ花にあり火にあり女のくちびるにあり その髪の濡羽色なるをみなにて抱けばほのあかき喉見ゆ シーア族難民ゆゑにパキスタン国境に来て棒で打たるる 秋のショールに肩つつまれて何をどう言ふともわれは難民ならず 会議室の窓にひろがる鰯雲 ギリシャ以前に多数決なし みづからが釣りたる魚を食む子らは眼しづかに骨まで食べぬ 石川原、草川原あり 蜻蛉のにほひにみちて秋の陽は照る 玉のごと白湯やはらかし生くる身のもやもやふかい冬のあさあけ 弾丸の速さに雲へ飛び込みし冬の鳥あり のちしろき風 椿さく下土黒しこの朝は霜の神殿ひそやかに建つ 今しがた落ちし椿を感じつつ落ちぬ椿のぢつと咲きをり 走り来て赤信号で止まるとき時間だけ先に行つてしまへり 歳晩の鍋を囲みて男らは雄弁なれど猫舌である みかんひとつころがり落ちてゆふやみにとほいわたしの声が聞こえる 歌集『憂春』(平成17年・2005) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2024.06.08 04:45:17
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