カテゴリ:近代短歌の沃野
会津八一(あいづ・やいち)
かすがのにおしてるつきのほがらかにあきのゆふべとなりにけるかも かすがののみくさをりしきふすしかのつのさへさやにてるつくよかも くわんのんのしろきひたひにやうらくのかげうごかしてかぜわたるみゆ ふぢはらのおほききさきをうつしみにあひみるごとくあかきくちびる おほてらのまろきはしらのつきかげをつちにふみつつものをこそおもへ すゐえんのあまつをとめがころもでのひまにもすめるあきのそらかな あめつちにわれひとりゐてたつごときこのさびしさをきみはほほゑむ あまごもるやどのひさしにひとりきててまりつくこのこゑのさやけさ かすがののしかふすくさのかたよりにわがこふらくはとほつよのひと 歌集『南京新唱』(大正13年・1924) 歌集『鹿鳴集』(昭和15年・1940) * 作者特有の細かい分かち書き表記は、私個人としては、読みづらく興趣をも削いでいるように思われるので、僭越ながら普通文表記に直して掲載する。 cf.) 原文「かすがの の みくさ をり しき ふす しか の ~」。 この連作は、古都・平城京奈良を詠んで、短歌詩形表現のひとつの白眉ではないかと思う。 註 かすがの:奈良の春日大社の境内から東大寺・興福寺へかけてひろがる、平城京東郊の台地。 現在の奈良市春日野町付近。 おしてる:照りわたる。一面に照る。 みくさをりしき:深草を折り敷き。 さやに:さやか(亮)に。くっきりと、清らかに。「爽やか」とは別語。 くわんのん:観音。観世音菩薩。 やうらく:瓔珞(ようらく)。菩薩や密教の仏の装身具、または仏堂・仏壇の荘厳具の一つ。古代インドの貴族の装身具として用いられていたものが仏教に取り入れられたもので、菩薩以下の仏像に首飾り、胸飾りとして用いる。 ふぢはらのおほききさき:光明皇后。父は藤原不比等(ふひと)。 うつしみにあひみるごとくあかきくちびる:法華寺本尊十一面観音。光明皇后に現世であいまみえるような心地の紅い唇。 おほてらのまろきはしらのつきかげ:大寺の丸い柱の、月に照らされた翳。 すゐえん:水煙。塔(ここでは薬師寺東塔)の九輪(くりん)の上にある火炎状の装飾金具。火事の連想を避け、同時に水難をおさえる意味もこめてこう名づけられたといわれる。 あまつをとめがころもでの~:薬師寺東塔の水煙に透かし彫りされた天つ乙女(飛天、天女)の衣の隙間にさえ、澄み渡っている秋の空だなあ。 かたよりに:かたわらに(いて)。 わがこふらくはとほつよのひと:私が恋しくてたまらないのは、遠い昔の世の人である。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024年10月26日 04時03分26秒
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