海に咲く花(五) 12
ぼくは、凍りついた。ぼくたちは、こんな所まで来ていた。崖の下を夢中で歩いていて、此処が何処なのか、分からなかったのだ。 花にもう一度会いたくてやって来たのに、こんなことになってしまった。「ぼくたち、花に会わない方が良かったのかもしれない!」 ぼくは、わなわなと震えながら、小声で言った。「オレ、けじめをつける勇気なかったけどよ。花に会って、オレ、良かったよ。もう、逃げ回らないぜ、オレ。もう、決めた!今まで怖気づいていたけどよ。ルイ。奴らのことは、お前には関係ねえ。上に上がったら、さっさと帰れ!いいなッ?此処で、もたもたなんか、してんじゃねーぞ!いいなッ?」 イケは、ぼくの心にねじ込むように言った!恐ろしいほど真剣な声だった。その言葉は、ぼくにはとても痛いほど、響いた。ぼくは一人で逃げ出すのは嫌だ。怖いけれど、一人で逃げてしまうのは、嫌だ。逃げ回らないと決めたイケと一緒に、ぼくも奴らと話し合うんだ。話し合えば、きっと分かるはずだ。イケを、奴らから解放させるんだ。 ぼくは、考えているうちに少しづつ落ち着いていった。 イケは崖をのぼりはじめた。ぼくも、イケの後に続いた。イケは軽々とのぼっていく。逃げ回らないと堅く決心した強さが、イケを後から押し上げているようだった。でもぼくは、そうはいかなかった。奴らの、怒鳴るように話す声で、決心が揺らぎはじめてしまった。何人仲間がいるのだろう。しり込みする気持ちが、ぼくを重たくした。逃げ出したくなってしまった。イケと二人、ダッシュで!「イケッ!」 ぼくは、思わず叫んだ。「ルイ、黙って早くあがれッ!」 イケの押さえた声が、ぼくを益々不安にした。ぼくが、あがっていくと、「こいつはオレと関係ねっす。だから、ルイ、早く帰れッ!」 イケはそう言った。「コウヘイちゃんよォ。そうは、いかねーんだよ。お前が仕切って、どうすんだよ!」「こいつは、めんどクセー奴っす。使い物にならねー奴なんで、帰した方がいいっす」「だから、コウヘイちゃんよォ。お前が仕切るんじゃねーつーのォ!決めるのは、オレたちなんだよ!」 イケが、震えるのをはじめて、ぼくは見た。イケは、はたと跪いて頭を下げた。「こいつは、関係ねっす。勘弁してやって下さい。オレ一人でいいと思うっす」 奴らの一人が、何もしてないイケを蹴りつけた。イケは、草むらを転がった。「イケは、何にもしてないのに、どうして蹴るんだよ!話せば分かることじゃないかよ!」 ぼくは、思わず叫んだ。「何だとォー!小生意気な野郎だぜ!締め上げてやるかァ?」「勘弁してください!こいつは、関係ねっす。今までのことも、これからのことも、オレはちゃんと話しにくるっす。邪魔なこいつのいない時に、ちゃんと来るっす。だから、今日は勘弁してください。オレは、逃げも隠れもしねっす」 イケは蒼白な顔をして言った。「逃げも隠れもしねぇ?いい度胸してるぜ」 その時、仲間の一人が、袋を持って走って来た。「食い物、ゲットー。飲み物、パクリー」 仲間の声が、どっと沸いた。「仕方がねえ。お前の兄ちゃんに免じて今日のところは、これで勘弁してやるぜ。コウヘイ!逃げんじゃねーぞッ!」 イケは、また蹴られた!ぼくが、何か言おうとした瞬間、「ルイッ!」イケがぼくにタックルしてきた!ぼくは、ひっくり返ってしまった。一瞬、意味が分からなかった。イケはぼくの目を睨んでいた。「オイ、オイ。仲間割れかー。がはははッ。コウヘイ、さっきのこと、忘れんじゃねーぞッ」 奴らの声に、イケは「はいッ」と答えた。そして、ぼくの手を乱暴に素早く引っ張った。「速く歩け!」 イケは、小さな声で、ぼくに命令した! つづく