海に咲く花(五) 13
イケは、物も言わずにすぱっすぱっと歩きだした。何かを切り捨てるように両腕を鋭く、振った。そして、自分にくっついてしまったものを、意を決して剥がそうとするような、強いものが目の中にあった。「イケ、警察へ行った方がいいよ。ねえ、イケ。ぼくたちじゃ、どうにもならないよ」「お前には、分からないんだよ。とにかく、はやく歩けよ。ぐたぐた喋ってんじゃ、ねーよ。此処から、さっさと離れるんだ」「離れるだけじゃ、何の解決にもならないよ。イケッ」「お前には関係ないことだよ。警察なんか行ってみろ、オレは、奴らから一生逃げまわることになるんだぜ。オレは、もうそんなことは、しねーよ。しねーって、決めたからよ」「でも、イケ。何にもしてないイケを奴らは蹴ったんだよ。ちゃんと警察に行った方がいいよ。これからだって、奴ら、何をするか分からないよッ。ねえ、イケ」 イケは返事をしなかった。奴らから、遠く離れた時、イケはぶっきらぼうに言った。「オレ、此処で帰る。お前と話しても、分かってもらえねーし、よ。お前のじいちゃんに、礼を言っといてくれよな?いいじいちゃんだぜ。オレも欲しいよ、あんなじいちゃん」「イケ、何でだよ。何でここで帰っちゃうだよ。先生だって、ぼくん家に来るんだよ。おじいちゃんだって、イケのこと心配してるんだから、一緒に行こうよ」「まあな。まあ、帰るってことよ。お前に説明するのも、めんどくせーからよ」「何で、めんどくせーんだよッ。ぼくたち、友だちだろッ?」「確かに、なッ。確かにそうだよな。お前の言う通りさ」「だったら、だったらさ。警察がだめって言うんなら、先生とおじいちゃんに、相談しようよ。それしかないよ。ぼくだって、ほんとは、イヤだよ、相談するの。でも、仕方ないじゃん、この際」「そんなこと、できるかッ?だからよ、お前に説明したくなくなるんだよ」「友だちだって、言ったよね?それなら、説明しろよッ。どうするつもりなんだよ、イケは!どうやって、解決するんだよッ!分かるように、説明しろよッ」 ぼくは、解決に向かって歩き出したかった。イケは、ふんと、笑った。「オレよ。親父、でっきれー(大嫌い)だけどよ。ちゃんと仕事行ったか心配なんだよ。だらしねー、親父だからよ。だから、帰るから、よ。じゃーな」 イケは、もう、ぼくを振り返りもしないで、いつものように片手を挙げて、行ってしまった。「ぼくはまだ、説明きいてないよー。どうすんだよォー、イケーッ」「やっかいな親父、だからよー。仕方ねーんだー」 ぼくは、追いかけて行こうとした。でも、止めてしまった。ぼくは、イケの何が分かっていないのだろう。 つづく