海に咲く花(五) 14
ぼくは、イケの大抵のことは、知っているつもりだ。 イケは、父さんと二人で暮らしていること。母さんはいるけど、離婚して、お兄ちゃんを連れて家を出て行ってしまったこと。イケの生まれる前、イケの母さんは、お兄ちゃんを連れて、イケの父さんと再婚した。だから、お兄ちゃんは、父さんとだけは血がつながっていなかったこと。イケは、父さんの子だから、母さんに連れて行ってもらえなかったんだ。残されてしまったんだ。母さんと血がつながっているのに。 ぼくの母さんなら、そんなこと絶対しない!どんなに反対されても、連れて行ってくれる!血がつながっていなくたって、ぼくの母さんなら!でも、でも。大人は、子どもの心の、小さな『ど真ん中』のことを分かってはくれない。たとえ、ぼくの、やさしい母さんだって。 ぼくは、イケが母さんに置いていかれても、母さんのこと、大好きなのを知っている。ぼくはイケのこと、まだ、もっと知っている。 学校の勉強はできないけど、ナスカのことや、歴史のこと、そして、惑星や恒星のことをよく知っていること。特に衛星に興味を持っていて、月が大好きなこと。大人になったらナスカの番人になるって決めていることだって。 それに、野島さんのこと、今も、とっても好きだってこと、知ってる。 まるで、月にうさぎがいないぐらい、花立に野島さんがいないのに、何度も野島さんが住んでいた家を見にいってるらしいこと。イケは、月にうさぎがいてほしいのだ。ぼくだって、いてほしいと想う。 でも、ぼくは。イケの心の、『ど真ん中』のことは、知らないのかもしれない。きっとそうなんだ。イケの一番大切なことは、簡単には見えない。ぼくの一番大切なことが、母さんにもおじいちゃんにも見えなかったように。イケは、ぼくに、「お前に説明するのも、めんどくせー」と言った。それは、ぼくに分かるまで、ぼくが納得できるまで説明するのが、「めんどくせー」のだ。いや、もしかして、どんなに説明しても、ぼくが理解しないと思っているのかもしれない。ぼくが考えていることを、どんなに言っても、イケが理解しないみたいに。 やっぱり、一番大切なことは、一番分かりにくいことでもあるんだと、思う。でも、ぼくにはっきり分かっていることは、友だちは、イケしかいないということだ。 ぼくは、イケのために何ができるのだろう。ぼくは、イケと一緒に奴らと戦いたい。震え上がるほど怖いけど。 つづく