海に咲く花(三) 39
朝になって、ぼくは学校に行きたくないと思った。何か、休む理由がないかなと考えたけど、思い浮かばなかった。 昨日の夜、イケに正直になろうと、あれだけ決心したのに。一晩寝たらもうぐらつきはじめている。どうしてこんなに、ぼくの心は動いてしまうのだろう。ボンドでくっつけてしまいたいぐらいだ。イラッとしながら、そう思った。 イケは、野島さんの手紙を見て、ぼくから遠ざかっていくなんてことはないと、信じたかった。「塁、遅刻しそうだぞ。大丈夫か。気をつけて行けよ」 おじいちゃんはそう言って、耕ちゃんと一緒にお隣に行った。昨日のお礼と今日また何処かに連れてってもらうお礼に。 ぼくは仕方なく、のろのろと登校した。イケは、始業のチャイムが鳴っているのに、校門の前にいた!ぼくは、びっくりしたけど、もう目の前で何かが動き始めたと、思った。もう引き返せない。「ルイ、遅かったな」 イケは、いつもと変わらない調子で訊いてきた。「うん。走ろう、イケ!始まっちゃうよ」「始まったって、いいじゃん!手紙、持ってきたかよッ」「持ってきたよ。イケ、行くよッ。走るよッ」 イケは多分、走って来ないかもと思った。でも、ぼくの後から走ってくる。その瞬間、ぼくは、きっと、イケとずっと友だちでいられると、確信できた。 休み時間に、イケと二人で図書室の非常階段にべたっと座り込んだ。ドアを閉めてしまえば、ここは、誰にも見つからない。 ぼくは、黙って手紙をイケに渡した。イケは、封筒に書かれた字を見た。「ノジの字だ」 一言、そう言った。表をみて、静かにひっくり返して裏を見た。ぼくは、息をつめてそんなイケを見ていた。イケは、そのまま中身を読まずに、「返すよ。ほらッ」 と、言った。「どうして、何で読まないの?」「読まなくても分かるよ」「何で、分かるんだよッ。読みもしないでッ」 ぼくは、ほっとしたのに、何でだか、突っかかるように言った。「読んでいいよッ。イケ」「分かるから、いいって」「何で、読みもしないで分かるなんて言うんだ?」「分かるさ。名前をちゃんと書いてないじゃん。ノジだっていうこと、誰にも知られたくないんだよ。宛名の、ルイにだけしか知られたくないんだよ。どうでもいいことを、書いてるんなら、偽名なんか使わないね。オレ、ノジの気持ち分かる。ノジはこの手紙、誰にも見られたくないんだぜ。だから、オレ、絶対見ない。ルイ。コクられたろッ、ノジにッ?」 ぼくは、びっくりして何も言えなかった。イケは鋭いと思った。 ぼくが黙っていると、イケは、「オレ、ノジに相談、してもらいたかったよ。学校来なくなってしまったし、な。オレ、ノジの味方なのに、よ。ルイより、ずっとずっと、味方なのによ。ルイよりオレの方が、ノジを守れるのにな。人生って、うまくはいかねーな」 人生!ぼくは、そんなことを言うイケが凄いと思った。そして、その後、ぼくはイケがものを沢山知っていることに、驚くことになるのだ。 つづく