海に咲く花(五) 11
山あり谷ありのでこぼこ道を、誰にも会うことなく、無限岬に行けるようにと、思った。ぼくもイケも、しゃべらずに急いで歩いた。二人とも、同じことを考えていたのだと思う。花は、まだ留まっていてくれるだろうかって。何処かから旅してきた花は、きっとまた、何処かへ往ってしまうのだろうと、思った。 イケの足は、だんだん速くなっていった。ぼくも、急いでついて行った。もう、花が往ってしまったのではないかと、焦っていたのだ。どうしても、もう一度会いたかった。きちんと、別れの挨拶をして、爽やかに見送りたかった。悲しくなる別れは、もういいと、思った。何度も、してきてるから。だから、バーイと明るく、見送りたかったのだ。たとえ、もう会うことがなくっても。ぼくたちにとって、特別な。大切な。息づまるような。花以上の花、だったから、もう一度絶対、会いたかった。何年かして、たくさんの思い出の中に、花も一緒に並んでいたとしても、ひと際光を放って、ぼくたちの胸の奥で色褪せずに咲いているはずだ。花は、誰にも見送られずに、旅立ってはいけないんだ。ぼくとイケが見送るのだ。最敬礼して、見えなくなるまで。 ぼくたちは、花を捜した。捜し回った。けれども花は、見当たらなかった。崖をおりて、岩場を歩いて捜すことにした。上からでは見えない、小さな入り江もあったからだ。入江の所は、海に入らなければ、向こうまで行けない所が多かった。浅そうな所は、靴のまま海に入り渡った。捲り上げたズボンが濡れてしまった。でも、上着だけは濡らす訳にはいかない。もしも、濡らして帰ったら今度こそ、おじいちゃんは黙っているはずがなかった。ちゃんと、はっきりと、訊いてくるに違いない。何をしているのかって。でも今は、何も話したくない。話せる時が、いつかは来ると、思うけれど。入り江が深くなっている所では、ぼくは、上着もズボンも脱いだ。それらを頭に縛りつけて、泳いで渡ろうと思ったからだ。イケも黙ってそうした。いつものイケなら、きっと、チャチャを入れたかもしれない。笑い転げたかもしれない。 ぼくもイケも、口を利く暇などなかった。懸命に捜した。海に咲く花は、どう捜しても、いなかった。もう出発してしまったのかもしれない。ぼくたちが、二日間、目が覚めなかった間にと思うと、じりじりと悔しさが込み上げてきた。 それでも、諦め切れなかった。ぼくとイケはひたすら、岩場を、歩き続けた。どうしても、諦められなかったのだ。 ぼくたちは、言葉を忘れてしまったかのように、無言だった。視線を下に落として、黙々と歩き続けた。周りの、何もかもが聞こえないほど、花のことばかり考えていた。どこまで、歩き続けてきたのか、分からなかった。ここは、どの辺りなのだろう。「ルイッ!あれを見ろッ!花じゃ、ねッ?」 イケが、怒鳴るような声を出した。ぼくは、イケの指差す方を見た。「イケッ!そうだよッ!ぼくたちの花だよッ!花ッ、花だよ!まだ、いてくれたんだ!」 二つの花は、引いていく波に誘われるように、向こうの入り江から去っていくところだった。ぼくは、瞬きもしないで見ていた。花は、沖の方へ沖の方へと、旅立っていく。もう、ぼくたちの方には戻って来なかった。「またなーッ!またなーッ!元気でいろよーッ!」 イケが、大きく叫んだ。「さよならーッ!さよならーッ!ありがとうーッ!」 ぼくも、でっかく叫んだ。旅立っていく花を、爽やかに見送りたかったけれど、できなかった。やっぱり、寂しかった。爽やかな別れなんて、ほんとは、ないんだ。「またなーッ!」と、叫んだイケは、花にいつかまた、再会できると、思っていたのかもしれない。「よォー。コウヘイちゃん、じゃんか。そんなところで、遊んでいたのかよ。近頃は、勝手な真似ばっか、しやがってよォ。舐めんじゃねーぞッ。コウヘイ!上がって来いッ!そこの、お前もだ!」 イケの仲間たちが、ぼくたちの頭上にいたのだ! つづく