テーマ:意外な戦記を語る(748)
カテゴリ:潜水空母・伊401
(カモメ)南部少佐は乗員の士気を鼓舞するために伊四〇一の歌を作りました。佐世保軍楽隊に作曲を依頼し、数回の講習も行いました。
(ウツボ)日本海軍で艦歌があるのは珍しい。「伊四〇一潜の歌」は五番まである。 (カモメ)歌詞を読んでみましょう。一、咲くや万朶の桜花 忠魂ここに雄叫びて 集う丈夫百余名 神州不滅の意気高し。二、男度胸に血の出る練磨 鍛え鍛えし急速潜航 怒涛逆巻く太平洋 必勝不敗の士気高し。三、どっと砕ける荒波を 蹴って開いたベント弁 映える朝日の潜望鏡 やるぞ空母だ戦艦だ。四、爆弾爆雷繁くとも 至誠に懲りし鉄血を 鍛えし熱火の訓練に 凱歌轟く太平洋。五、波濤万里の海越えて 見よ堂々のこの雄姿 勲は薫る潜水艦 仰ぐ芙蓉の峯高し。 (ウツボ)また伊四〇一の発令所にある艦内神社に、伊勢神宮でもらったご神体を奉安、全員が武運長久を祈った。潜水艦はたいていお伊勢さまだった。 (カモメ)艦内神社の神鏡は、その艦の起工式のときの鋼鈑の一部を磨いてつくるのが慣例になっていましたね。 (ウツボ)「伊号潜水艦」(学習研究社)によると、潜水艦に飛行機を搭載することは、第一次世界大戦中から各国海軍で試みられていた。 (カモメ)日本海軍も大正十二年に、ドイツのカスパル社からハインケルU1潜水艦水上偵察機を輸入して研究を始めたのです。この機体を手本に横須賀工廠が昭和二年に横廠式一号水偵という実験機を製作し、第四八潜(後に伊二一)で実用試験を行いました。 (ウツボ)そうだね。その結果、開発されたのが、九一式水偵で、日本海軍初の正式潜水艦搭載機となった。だが実用機としては性能不足だったので、九六式水偵が新たに開発され、巡洋潜水艦等に搭載された。 (カモメ)さらに性能を向上させて昭和十五年(紀元二六〇〇年)に制式化されたのが零式小型水上偵察機です。前にも述べましたが、昭和十七年九月九日と二十九日、伊二五潜を発進した藤田信夫飛曹長(操縦)と奥田兵曹(偵察)搭乗の零式小型水偵は、アメリカ西海岸のオレゴン州山中へ焼夷弾夜間爆撃を行いましたね。 (ウツボ)世界に先駆けて潜水艦で飛行機を運用することに成功した日本海軍は、開戦直後に攻撃機を搭載して四万海里の航続力を持つ巨大潜水艦の開発に着手した。これが伊四〇〇型潜水艦であり、特殊攻撃機「晴嵐」はこの伊四〇〇型潜水艦搭載用に開発された。 (カモメ)そうですね。一方搭載する攻撃機の設計と試作は愛知航空機が担当し、海軍側からは横須賀航空隊第四飛行隊長・船田正少佐が空技廠実験部員兼務としてこれにあたりました。 (ウツボ)最初は彗星(艦上爆撃機)の改造型が考えられたが、折りたたみや組み立ての技術的問題から、むしろ新しく専用機を開発したほうがよいということになった。 (カモメ)こうして昭和十七年春、十七試特殊攻撃機M6A1、のちの晴嵐および南山(晴嵐の陸上機)の設計開発がスタートしました。 (ウツボ)十七試とは、十七年に海軍が設計・試作を指示することを意味する。 (カモメ)機体そのものは、これまで愛知航空機で製造していた零式水偵よりやや小型程度であるが、分解、組み立てのための特別の苦心がなされました。 (ウツボ)試作一号機が完成したとき、晴嵐と名づけられたが、名付け親は船田少佐だった。「海鷲の航跡」(海空会編・原書房)の中で、船田少佐は、その晴嵐の名前を付けた経過を次の様に記している。 (カモメ)読んでみます。「試作機M6A1の適当な機種名を考えよと海軍航空本部より要請があり、潜水艦の隠密性に水上機操縦者の狭視界行動能力(計器飛行能力)を加味し、忍者のように霞の中から突如出現するという意味で、粟津の晴嵐から晴嵐という名を考え、採用になった」 (ウツボ)「潜水艦隊」(井浦祥二郎・朝日ソノラマ)によると、潜水空母搭載攻撃機晴嵐は、昭和十八年十一月に愛知航空機株式会社によって一号機が完成した。小型軽量の急降下爆撃が可能な特殊爆撃機だ。 (カモメ)一般的に爆撃機が比較的小型の爆弾を積んで急降下して爆弾を投下する飛行機であるのに対して、攻撃機の定義は、大型爆弾や航空魚雷を積んで緩降下して雷爆撃を行う飛行機ですね。 (ウツボ)そうだね。晴嵐は潜水艦搭載用のため、できるだけ小型で、しかも折りたため、また分解もでき、同時に急速に組み立てができることが要求され、反面、攻撃機として、強襲攻撃することにも耐え得る強度が要求されるという複雑な飛行機だった。 (カモメ)だから晴嵐は大量生産には向かず、コストの高い飛行機でした。また当時最新鋭の飛行機で、その装備はトップレベルでしたね。 (ウツボ)そう、装備は優秀だった。航空計器では、当時水上艦艇でさえ全部は装備していなかったジャイロ・コンパスを装備していた。これは原理的にはコマを高速回転させると一定の方向を指す特性を利用したコンパスで、当時は非常に高価な計器だった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2015.08.15 09:21:02
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