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知的漫遊紀行

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Ryu-chan6708

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2018.10.27
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今週の「書評」欄の8冊の内、下記の3冊に興味を持った。

 

1.F・アルヴァレド、T・ピケティほか〈編〉『世界不平等レポート 2018』評者・石川尚文(本社論説委員)

 

日本でも4年前にベストセラーになった『21世紀の資本』の著者ピケティ氏らによる最新版の報告集。

 

 欧米に加え中国やロシア、インド、中東、アフリカの「不平等」も分析し、この数十年、所得の「不平等」の度合いは、世界のほぼ全地域で高まっていると指摘。

 

 同時に、民営化や財政赤字によって各国で公共財産の割合が減り、政府が「不平等」を抑える力が低下し、個人の富の「不平等」も、拡大に拍車がかかっているという。

 

Aこの傾向を止めるには(1)累進課税(2)金融資産の所有者の把握(3)教育と仕事の機会の平等化(4)政府の未来への投資等が必要だというのが本書の提案。

 

残念ながら日本への言及は少ないし、文章も決して読みやすくはないが、こうした研究の蓄積が、社会に広く伝わることは大切で、継続して翻訳・出版されることを期待したいと評者はいう

 

このブログ「1票の『格差』か、1票の『不平等』か」にあるように「格差」語でなく、「不平等」語としたのはよかったね。

 

2.ジェイミー・バートレット〈著〉『操られる民主主義』・評者・間宮陽介(青山学院大学特任教授・社会経済学) 

 

私:本書の著者は、イギリスのあるシンクタンクに籍を置く、ソーシャルメディア専門のディレクター兼ジャーナリストで、その彼が描く現代民主主義の変貌ぶりは迫真性に富むと評者は言う。

 

主義主張を異にした人々、党派が、言論の力で相手を説得しようと努め、議論が平行線をたどれば、妥協の途を探る。それも不調に終われば、最後の手段として多数決の数の力に持ち込む。

 

 本書を読むとこのような民主主義観がすでに過去のものになりつつあることを痛感し、言葉のやりとりによる「アナログ」的民主主義が、デジタル・テクノロジーによって操作される疑似民主主義へと様変わりしつつあるのだという

 

A例えば、2016年のアメリカ大統領選挙。

 

トランプ陣営はデジタル・テクノロジーを最大限に駆使して、有権者の取り込みをはかり、千万単位の有権者を、ネット・ショッピングで得られた個人情報やフェイスブックの「いいね!」クリックなどをもとにタイプ分けし、なびく可能性のある有権者には、メールやネット広告をピンポイントで大量に流すことにより、トランプ側への誘導をはかる。

 

インターネットは人と人、国と国を瞬時に結びつけ、仮想の公共空間をつくる、といわれてきたが、確かに、インターネットが討論の公開性をもつ限りではそうであろうが、大統領選挙で見られるようなデジタル情報のやりとりは裏世界の出来事、人々の気づかぬところで進行する。

 

操作される民主主義は社会の「部族」化と裏腹だというのが著者の見解。

 

似たもの同士が「いいね!」によって党派化し、その純度を高めていく。

 

政治における独裁化、情報経済における独占化はこのような変化の帰結だという示唆は一考に値するだろう評者はいう。

 

アメリカで起こっていることは対岸の出来事ではなく、規模こそ違え、日本でも民主主義の操作は進んでいるはずであると評者は指摘する。

 

A氏:自民党の憲法改正でもデジタルはからんでいないがブログ「自民総務会、石破派ゼロ『イエスマンしかいなくなった』」や、「更迭されても、『憲法族』の意地」でふれたように首相一極集中の「部族」化がはじまっているね。

 

3・姉歯曉〈著〉『農家女性の戦後史 日本農業新聞「女の階段」の五十年』・評者・寺尾紗穂(音楽家・エッセイスト)

 

1960年代は農家の主婦の万引きが多かったという。

 

母乳が出ないがミルクを買えない、学芸会や運動会でそろえるべき物を買えない、その結果の万引き。

 

これは中流農家にも多く見られたといい、そこそこ余裕のある家でも万引きが起きた背景には嫁姑問題があり、自由になるお金がほとんどないという嫁の地位、姑に出費を言い出せず、言ってももらえないという状況が発生していた。

 

さんざん働かされる一方で「血筋」からは外れ、土地の分与も稀な不安定な存在で、嫁姑問題と単純に矮小化できない事態の根深さに本書で気づかされるという。

 

A高度経済成長を支えた労働力は、農村からの出稼ぎに大きく依存し、田畑を任された嫁たちは、家事に加えて農業の主体とならざるを得ず、耕運機使用による流産や農薬の影響をもろに受けた。

 

「日本農業新聞」の投稿欄「女の階段」への投稿者たちへの著者のインタビューからは、農村史を眺めるだけでは浮かび上がらない女たちの切実な声が溢れている評者は言う。

 

 アメリカと日本の財界の意を汲んだ国の農政にいかに農村が翻弄されてきたか、そのための手段がいかに姑息だったかということも本書では描かれていて「米よりパンを」と普及させたパン食は学校現場では「米ばかりをたべていると頭が悪くなる」と伝えられ、米輸入自由化の際は、都合よくデータを調整して公表した「物価レポート」で物価高が強調されて「消費者を守る」という建前が作られた。

 

しわよせは都市よりは農村、男よりは女に行き、北欧型福祉国家では高齢者の自殺率が高いという「誤情報」と共に、「独自の家族関係を強調する日本型福祉社会」が叫ばれたが、1972年当時、実際に高齢女性の自殺率が最も高いのは日本だったという。

 

ひどい話だがそれ以上に憂鬱になるのは、半世紀近く時がたっても、この国の行く末を握る政治家たちが同じような家族観を持っていることだ評者は指摘する。

 


 そういう家族観を憲法に盛り込もうという「部族」
もいるようだね。






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Last updated  2018.10.27 17:51:55
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