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せんだって日記

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親不知

2007.03.30
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カテゴリ:親不知
 せんだって、歯は、抜かれた。
 膿盆に大きなものが落ちた音がした。
 糸のついた針を持ち出した歯科医は、本当に両手を口の中に入れて、不器用そうに縫い、不器用そうに糸を結んだ。
 精も根も尽き果てて拷問器具の上に寝ていると、医者が息荒く話しかけてきた。
 これから二、三日で頬が面白いように腫れるという。
 縫合した糸が切れたり解けたりしないように気をつけろという。
 抗生物質と痛み止めを出しておくので、院外薬局でもらうようにとのこと。
 明日、傷口の消毒に来なさいとのこと。
 1週間後の抜糸の予約をとって帰りなさいとのこと。
 喫煙はどうかと聞けば、強く吸ってはいけない、陰圧がかかっちゃうからねと。
 白髪を返り血で真っ赤に染めてスナッフビデオの主役のようになっている歯科医師は、輝くような笑顔で言った。
 そして、見せびらかすように膿盆を捧げ持った。
 砕けた親知らずの欠け片と、塊のままの親知らずの根っこがあった。まだ体温を感じられる生々しさがあった。
 もらっていいですかと聞いたら、当然だよと答え、持ち帰り用にラッピングしてくれた。滅菌パックのパウチっコだ。
 帰宅し、根っこに穴をあけてペンダントヘッドにした。
 痛み止めを飲んで、鏡で縫合跡を見る。
 黒い糸が歯ぐきのあちこちをぐるぐる巻きにしている。縫合がヘタなのか、こういうものなのか。糸が黒なのは、抜糸する時に見つけやすいからなのかもしれない。
 抜いてから二日目に、ほっぺたが脹れ上がった。三日目には、まっすぐ歩けなくなった。歩いてると左ひだりに旋回してしまう。いま実写版・こぶとりじいさんがあったら、枯れ木に花を咲かせる自信がある。バランスをとるため、右の頬にどんぐりを詰める。
 その腫れも徐々に治まり、抗生物質も底をついたころ、縫合した歯ぐきの抜糸手術の日がやってきた。
 どんな恐ろしいことがあるのか不安に思っていたが、痛みもなく糸は切られた。ここ1週間、歯に糸が挟まっているような違和感を感じていたので、気分が晴れた。
 しばらくしたらかかりつけの医者で消毒してと、白髪の歯科医はC調丸出しの様子でしゃべった。
 かかりつけと言われても、この口腔外科に紹介した歯科医は、あまりの痛みに飛び込んだところなので、かかりつけではない。
 しかしまあ、消毒と言われればやっておいたほうがいい気がする。
 人畜無害な感じの歯科医師に診てもらうことにする。待合室のスッポンはあいかわらず水槽の中ほどに浮かんでいた。
 拷問器具に備付けられたナナオのモニターにはアメリカのカートゥーンではなく、中東の町並みが映し出されていた。
 人畜無害な感じの歯科医師はデジトゲン画像を呼び出し、親知らずがあったところの奥歯に虫歯の穴があると言った。治療したほうがいいですよという。
 私は治療の予約をした。
 デジトゲンから映像が切り替わったナナオのモニターには、中東のどこかにある廃墟となった神殿と破壊された女神像が流れていた。

 幾日か経って、親から荷物が届いた。
 缶ビールや果物、タオルに混じってお見舞と書かれた封筒が入っていた。
 母親はいま腕を骨折している。


omimai.jpg

 DVDを買った。






最終更新日  2014.09.03 15:48:07
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2007.03.29
カテゴリ:親不知
 せんだって、生まれてはじめて歯医者で右手を挙げた。
 歯科医はあわてて局部麻酔の注射を追加した。ちくりともしない注射だが、麻酔液が歯ぐきを膨らます感触はある。
 涙を拭って麻酔の効きを待つ。歯科医師は退屈そうにしている。
 歯と骨の破片や血液はバキュームで吸われていたが、口を開けっぱなしでいたので喉が乾いていた。
 助手の女の子にそのことを話すと、うがいの許可が出た。しかし今歯ぐきは切り開かれて骨まで見えている状況だ。激しいうがいはしてはいけないと言われた。
 年下の女の子に、してはならないことを注意されるのは好きだ。
 静かにうがいをすると、赤黒く濁った水が吐き出された。口の中がどのようになっているか想像すると、手術の終わりが思いつかない。
 ふたたび歯科医は「coz I'm a dentist」を唄い、骨削りの続きを始めた。
 下顎の骨を削り終わったら、いよいよ親知らずを引き抜くことになる。
 鉗子が口の中に入れられると、頭の中で骨が折れるような、または、頭の中でクリッパーで鎖を切断するような音が聞こえた。
 鉗子で歯の薄い部分を折り取っている。
 ずいぶん大雑把なことをする。プラモデルだってこんなに雑な扱いはしない。
 「coz I'm a dentist」はサビに入り、歯科医のツイストがうなる。
 彼は私の口に両手をつっこんで、親知らずの根っこにとりかかる。
 医師の体重が顎にのしかかるので拷問器具の枕に私の頭が押しつけられる。
 医師が腕を引き抜くたびに、魚の骨、万国旗、目印をつけて封筒に入れておいたコイン、言い忘れた言葉、言い辛かった本音などが口から飛び出してくる。助手のバキュームがそれらを吸い取る。吸い切れなかった鳩が逃げていく。
 親知らずの根っこを抜く際に、唇の端を「てこ」の支点にして鉗子をあおるため、口角の部分が擦り切れていく。同意書にそのことは書かれている。
 アルキメデスが梃子の原理を証明したのは、私の口の端を切るためだったはずがない。
 頭を押される圧力に顔をしかめているのを麻酔切れと思ったのか、助手の女の子が、痛いですかと聞いてきた。
 右手の親指と人差し指でオッケーサインを出して、健気にもカラ元気を見せる。顎は外れそうだ。
 鉗子でしっかり掴まれた親知らずを歯科医師があおり、その歯科医師を助手の女の子が、助手の女の子を、まご娘、いぬ、ねこ、ねずみが引っ張る。
 「coz I'm a dentist」はフィナーレを迎えた。
 歯は、抜かれた。
 膿盆に大きなものが落ちた音がした。
 歯ぐきに開いた大穴を縫い合わせる。でないと、そこから身体が裏返ってしまう。
 糸のついた針を持ち出した歯科医は、本当に両手を口の中に入れて、不器用そうに縫い、不器用そうに糸を結んだ。この医者、シャツのボタンをつけ直すこともできまい。
 精も根も尽き果てて拷問器具の上に寝ていると、医者が息荒く話しかけてきた。






最終更新日  2014.09.03 15:48:53
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2007.03.27
カテゴリ:親不知
 せんだって、下顎の親知らずの抜歯手術を受けた。
 目を閉じるとスティーブ・マーティンに似た歯科医の歌う「coz I'm a dentist」が聞こえてきた。
 目を閉じる前に見たメスは、私の歯ぐきを切開した。
 ところでヴァイオリンとコントラバス、カタチは似ているのに出す音が大きく違う。
 小さい楽器は高い音を出し、大きな楽器は低く太い音を発する。
 歯医者の切削機が口の中に入れられた感触がして、癇に障る高い音が響いた。
 虫歯で穴があいて湯のみ茶碗のようになっていた私の親知らずが削られているのがわかる。
 歯科医の歌う「coz I'm a dentist」は、いよいよ興が乗ってきている。
 一度抜かれた切削機が再び差し込まれ、今度は低く太い音が、頭蓋骨を震わせた。
 さきほどの高い音をホンダの250cc並列四気筒エンジンが一万rpmでぶん回る様子だとすれば、今度はアイドリングしているドゥカティ900cc並列二気筒エンジンが口の中に突っ込まれたようだ。
 大きなリュータービットが、顎の骨を削っているのだ。
 でこぼこが大きなビットが、ゆっくりした速度で回転して、顎の骨を削いでいる。
 歯科医の歌う「coz I'm a dentist」のリズムに合わせて回転速度が変化する。
 助手の女の子が構えているバキュームの音が血で濡れている。
 顎の骨がうまく削れないのか、頭蓋骨を震わす重低音はなかなかやまない。そのうち、下顎に灼熱の痛みを覚えた。
 長引く手術で、麻酔が切れ始めたらしい。
 私は、生まれてはじめて歯医者で右手を挙げた。






最終更新日  2014.09.03 15:49:28
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2007.03.26
カテゴリ:親不知
 せんだって、大学病院内の口腔外科に1回目の通院をし、手術の説明を受けた。
 病院に行く2回目は、もう親知らずの抜歯手術だ。
 予約の時間というよりも指定の時間なので、診察券を出したらすぐに呼び出された。もう少し、覚悟を固める時間が欲しいものだ。
 手術の助手らしい女の子に下顎智歯抜歯同意書を渡し、拷問器具に座る。
 そこにはすでに局部麻酔用の注射器やメスなどが用意されていた。
 歯医者の注射器は、ふつうにイメージする物と違って、針が曲がってついていたり、シリンダーを押すところに親指を入れる穴が開いてたりと、少しばかり凶々しいデザインになっている。医療器具に装飾性は無いので、完全に機能に由来したかたちなのだ。
 機能美という言葉がある。道具のカタチは使う目的を示し、それが純粋であるほど美しい。
 この注射器のカタチから受ける印象は、苦痛そのもの。
 苦痛というタイトルの現代美術オブジェである。
 白髪の担当医師は、あいさつもそこそこに注射器を手にとった。
 親知らずの抜歯はわりと大きなオペレーションだと思っていたので、もっといろいろ話すことがあったり、確認作業があったりするものと思っていたが、まるで朝飯前といった感じで始まってしまうようだ。場所も普通の歯科にある拷問器具の椅子だし、すこし拍子抜けする。
 歯ぐきの何回かに分けて麻酔を注射されると、じんわりと感覚が遠ざかる。
 麻酔の効きを待つ時間があって、白髪の医師が笑顔で戻ってきた。
 この笑顔が誰かに似ていると思っていたが、この時に思い出した。
 映画『リトルショップオブホラーズ』のスティーブ・マーティンだ。
 患者に苦痛を与えることを悦びとし、歌いながら施術する、サディスト歯科医の役だ。
 その事実に気が遠くなる。
 拷問器具に仰向けに寝かされた私の視界に、輝くメスが現われた。
 イヤなモノを見た。
 私は目を閉じた。
 歯科医の歌う「coz I'm a dentist」が聞こえてきた。






最終更新日  2014.09.03 15:49:52
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2007.03.25
カテゴリ:親不知
 せんだって、親知らず抜歯の担当医師から渡された「下顎智歯抜歯同意書」は、手術で何があっても病院や医師を訴えませんという白紙委任状だった。
 その日、帰ってから、担当医の名前をインターネット検索したが、大学病院の医師だけあって、研究に関する項目が多く検索できた。医療過誤で致命的なミスをしたというような、私が探している経歴は見つからなかった。
 下顎智歯抜歯同意書には気になる項目があった。
 「当病院は教育病院ですので、その旨をご理解ください。」とある。
 その旨ご理解という曖昧とした言葉は、どういうことか。その辺よろしく察してよという風情の、こちらに下駄を預けるわりにおっかない条項。
 この紙に判を押す覚悟が求められる。なにしろ以前、耳たぶに悪いできものができたときに、迂闊に同意した手術でインターンのお嬢さんに縫合されたことがある。麻酔がかかっていて痛みは無いが、傷口を縫い合わせた糸を引っ張るたびに私の頭も手術台から持ち上がってしまった。不器用なインターンのお嬢さんの練習台になったのだ。いや、そういう機会が必要なのは理解している。私以外の患者に当たればいいのにと思うのだ。
 ところで私の親は、子供の歯並びに関していろいろな対策をしたものだった。子供のころの私は、歯列矯正をする医者に連れて行かれては何度もブリッジを架け替えたものだ。
 しかし現在その甲斐は無く、私の八重歯はチャームポイントのひとつとなっている。
 つまり私は、歯医者に関して深い不信感を持っているのだ。
 あれこれ不安を抱えていると、妻がパートから帰ってきた。
 妻に、局部麻酔が怖いことなどの愚痴を述べる。
 私は手術で聞こえるであろう骨を削る音が怖いから、局麻なんかではなく全身麻酔で寝かせてくれればいいと言った。全麻で死ぬこともあるが、それはそれで仕方がないと、背に腹は変えられないと、むしろ死ねないケースで一生寝っぱなしよりはマシではないかと、訴えてみた。
 妻は医者の娘である。門前の小僧ではないが、麻酔の怖さを知っている。
 私の弱音を聞いた妻は、顔を真っ青にして黙りこんだ。
 タイミングのいいブラックジョークは控えようと思った。
 この晩に読んだ小説に、口腔外科医が出ていた。
 患者の口に両腕を肘までつっこんで、血まみれの札束を掴み出していた。






最終更新日  2014.09.03 15:50:15
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2007.03.24
カテゴリ:親不知
 せんだって、親知らず抜歯に関するインフォームドコンセントにおいて局部麻酔であることを知らされた私は、医者に、骨を削る音は聞こえますか、と聞いた。
 医者は、聞こえるよ、と笑顔で答えた。
 私は、そのような恐ろしい音を聞くのは怖いのである。たとえ麻酔が効いてて痛くなくても、意識として痛みを覚えそうだからである。
 そのような私の気持ちを推し量っているであろう医者は、笑顔のまま言葉を継いだ。
 なんだったらなんか聞いてればいい、とイヤフォンをする仕草さえしてみせた。
 ipodで癒し系ヒーリング音楽を聴いたり、マリリン・マンソンを聴いたり、綾小路きみまろを聴いたりすれば、骨を削る音を和らげられるだろうという意味なのか。
 この白髪の歯科医師は、サディストなのではないか。あるいは、ピンチを冗談で切り抜けるウィットを見せたのではないか。
 ならばこっち側の人間だ。
 信用できると判断した私は、とりあえず彼にすべてを賭けてみようと思った。
 白髪の医師はニヤニヤした笑いを消して、急に真面目な顔になった。
 そしてレントゲン写真を指して、あと重要なことだけど、と神妙な口調で言い足した。
 下顎の骨の中、歯が並んでいる下の方に、白い筋が見える。
 顎のつけ根から先の方に向かって細くなっていき、枝分かれしている。
 顎の骨の中に、神経と血管が通る、いわば下水道のような空洞があるのだという。
 親知らずのあたりは、神経や血管がこれから先に向かうわけだから、一番太くなっている。これらは、前の方の歯や舌に繋がる重要なものだ。
 深く骨に埋まっている親知らずの根っこが、この神経に近接している。
 手術の塩梅によっては、この神経を傷つける可能性がある。その場合は術後に、舌や唇に違和感や痺れが起こる。治す薬もあるが、完治には半年ほどかかる。
 ほとんど無いケースではあるが、そのことを了解しておいて欲しいということらしい。
 私は恐ろしくなった。
 このサディストの歯科医師は、この後に、その神経を傷つけたいと言い出すのではないか。
 歯科医師の真意を探るべく、私は質問を繰り返した。
 味覚障害は起こり得るか。
 言語はどうか。
 表情が不随意になりはしないか。
 今までの経験で、失敗は無いのか。
 それらの質問に白髪の歯科医は、はいはい心配ないと豪快に答えて、私に「下顎智歯抜歯同意書」を渡した。どこかで見たような笑顔を浮かべた。誰に似ているのだろうか。
 「下顎智歯抜歯同意書」は、数日後、抜歯手術をするときに、印鑑を押して持って来いという。
 手術で何があっても病院や医師を訴えませんという白紙委任状だ。
 この日、帰ってから、担当医の名前をインターネット検索した。






最終更新日  2014.09.03 15:50:44
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2007.03.23
カテゴリ:親不知
 せんだって、紹介状を書いてもらった大学病院での初回の診察を受けた。
 親知らずの処置に対する私の希望は、笑気ガスでうっとりしている間に歯が抜かれて歯ぐきの縫合まで済んでいることだ。
 白髪の歯科医が、撮影されたレントゲン写真を持って私の座っている拷問器具の脇にやってきた。
 誰かに似ている。誰だろう。
 蛍光管の明かりに透かして見る白黒の歯並び。何度も見ているものだが、白髪の口腔外科医にインフォームドコンセントをされながらというのは初めてだ。
 やはり、私の左下の親知らずは斜めに生えていて大臼歯を押している。虫歯の穴も、レントゲンに映るほど大きい。根っこは顎の骨に埋まっていて、鉗子でエイヤと引っ張れば抜けるようなものではない。
 歯ぐきを切開して破砕して取り除くほかあるまい。
 陰鬱な気分でレントゲン写真を見る。
 白髪の医者は、歯茎を切り開いてとか、親知らずが虫歯でスカスカだから砕いてとか、根っこが埋まっている部分の骨を削ってとか、術後にはおそらく痺れや違和感が出るとか、嬉しそうに話している。
 いや、それは仕事のうち。今回の来院の目的はこのインフォームドコンセントなのだが、どうしてそんなに嬉しそうなのか。
 臆病な私が気にしているのは、麻酔で気を失っていることができるかどうかと顎の骨を削るとかいうことだ。美容整形でもあるまいし、そこまでしないといけないものか。
 その不安を打ち明けると、麻酔はもちろん局部麻酔だという。
 ということは、意識があるということだ。
 親知らずを砕く音や、顎の骨を削る音が聞こえるのではないか。骨伝導で聞こえるのではないか。
 医者に、聞こえますか と聞いたら、聞こえるよ、と答えた。
 笑顔で答えた。






最終更新日  2014.09.03 15:51:08
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2007.03.21
カテゴリ:親不知
 せんだって、親知らずを抜くことを親に知らせた。
 それから1週間ほどして、紹介状を書いてもらった大学病院での初回の診察を受けた。
 紹介状を書いてもらった時点で予約はできているので、大学病院とはいえどもそんなに待たされることなく拷問器具に座ることができた。
 担当医は白髪の男性。
 誰かに似ている。フレッド・ブラッシーかベラ・ルゴシか、いずれにせよ不吉な人相だ。誰に似ているのだろう。
 大雑把に口の中を診たあと、放射線科に行ってレントゲンを撮ってくるように言われた。
 すでに街の歯科医で撮ったのだが、医者が言うのだから仕方がない。
 カルテを持って、広い院内をうろついている病人の流れに沿って歩き、放射線科に向かう。
 黒と黄色の放射線ハザードのマークがたくさん並んだエリア。レントゲン室のまわりにあるベンチは、不健康そうな老人や痛々しい様子の怪我人で埋まっていた。
 鉛のエプロンをかけられ、レントゲンの機械に頭をつっこむ。
 放射線を出しながら頭のぐるりを周っている機械から、なんの配慮かわからないが『エリーゼのために』がヘボい音色で流れた。
 被曝しながら聴かされるメロディとしては、かなり不愉快な部類だ。電話の保留音のような、この音程の不確かなベートーベンはたしかにレントゲンの機械から流れている。音が頭のぐるりを移動している。どうせなら伊福部メロディにでもすれば良かろうと思う。
 現像されたレントゲン写真を持って、また口腔外科に戻る。鼻歌はエリーゼのために、だ。
 この大学病院の口腔外科の設備は街の歯科医と比べて一世代くらい古い感じ。レントゲンもデジタル化されていなかった。やはり図体の大きな所はフットワークが重いのだろう。
 親知らずの処置に対する私の希望は、笑気ガスでうっとりしている間に歯が抜かれて歯ぐきの縫合まで済んでいることだ。
 それは、これからのカウンセリングで判明する。
 白髪の歯科医が、私の座っている拷問器具の脇にやってきた。







最終更新日  2014.09.03 15:51:36
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2007.03.14
カテゴリ:親不知
 せんだって、親知らずが痛んだので歯科医に行った。
 応急処置の後、紹介状をもらうことになる。
 この歯科医が紹介できる口腔外科はふたつあるという。
 近所の大学病院の中の所と、新宿の開業医。
 大学病院は自宅の近くなので、最悪の場合でも這って帰ることができる。もしもの事態があっても、総合病院なのでなんとかなりそうである。ただし、1回目は検査とカウンセリング。2回目の通院で抜歯となる。
 一方、新宿の開業医は、今行って今日抜けるらしい。親知らずの抜歯に関してはどうにも凄腕のようだ。人畜無害な風貌の歯科医師が、この話をする時だけテンションを上げたからそう感じた。
 人畜無害な風貌の歯科医師は調子に乗って話し続けたが、結局は彼がとにかく尊敬するとにかくすごい医師ということらしい。
 西新宿のビル風にマントを翻し、鉗子を構えてジョジョ立ちをするスーパードクターの姿が目に浮かんだ。
 だから私は迷わず大学病院への紹介をお願いした。
 人畜無害な風貌の歯科医師はすごく拍子抜けしたような表情を見せた。
 紹介状と痛み止めの薬をもらって帰った。
 待ち合い室の水槽では、あいかわらずスッポンがゆらゆらと、不器用に泳いでいた。
 この日、親知らずを抜くことを親に知らせた。






最終更新日  2014.09.03 15:51:59
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2007.03.09
カテゴリ:親不知
 せんだって、十年間逃げ続けてきた親知らずと決着をつけるべく口腔外科に行く紹介状をもらうために、歯科医に行った。
 お待たせしました、と声が聞こえ、歯科医が拷問器具の横にやってきた。
 彼は、人畜無害を絵に描いたような風貌をしていた。
 四角い顔の色は白く、メガネの厚いレンズの奥で眼が小さく見える。
 親知らずが痛いことを伝えると、まずレントゲンを撮るように言われた。
 これも最新の機械で、通常の10分の1ほどの被曝量で済むとかいうデジトゲンだ。 発明した人の名前を取ってレントゲンと呼ばれるのだから、これはきっとデジトゲンさんが発明したのだろう。
 頭のぐるりを機械が回転すれば撮影は終了だ。
 デジトゲン室から戻ると、拷問器具に供えつけられたナナオのディスプレイでは、ネコの身体が金床のカタチに膨らんでいるシーンが流れていたが、一瞬の暗転の後、今撮った歯のXray写真が目の前に映し出された。拡張子はJPGだ。
 このハイテクにいたく興奮した私は、歯科医にこのデータをくれないかと頼んでみた。USBフラッシュメモリは常に持っているのだ。
 しかしこの歯科医は人畜無害な笑顔の中に曖昧な困惑の色を浮かべ、他の患者さんの写真もありますから、という意味のわからない言い訳を繰り返すだけである。なんだかそれ以上食い下がるわけにもいかなくなり、私は自分の歯並びをブログで世界中に見せびらかす夢を諦めた。
 歯科医の説明によると、左下の親知らずの根っこが斜めに下顎の骨の中に埋まっているので、口腔外科での手術が必要であること。その際、骨を削る等の処置がなされるであろうこと、いずれにせよ紹介状と予約が必要であることなどが明らかになった。
 骨を削るということは、当然歯ぐきも切開されるだろう。恐ろしい、逃げ出したい。十年前もこれが怖くて手術をしなかったのだが、いくら歯科医の技術が進歩してもこればかりは変わらない。覚悟を決めるしかない。
 痛み止めのために、親知らずの穴に紙ねんどのようななんかネバネバしたものを詰めてもらい、応急処置は済んだ。
 恐ろしいほどすぐに、痛みは治まった。
 この歯科医、人畜無害な風貌からのイメージ通り、インフォームド・コンセントはしっかりしている。デジトゲンのデータをくれさえすれば、インターネットのランキングに書いてあげてもよかったのに思った。
 応急処置の後、紹介状をもらうことになる。
 この歯科医が紹介できる口腔外科はふたつあるという。






最終更新日  2014.09.03 15:52:25
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