先日法事の後にお膳を用意していただいたのですが、
そこで面白い質問がありました。
「ところで、質問させていただいてよろしいか?」
「ハイどうぞ!」
「真言宗は何故1200年も続いているか、その理由を聞きたい」
「難しいですね」
「何で~そんなことも判らんの?」
「わかりません。真言宗の坊主は皆判らないと思います」
「ええ~何で~」
「それは当然です。『真言宗の教えはすぐれている』と
思っていますから、続くのは当然です。理由なんかありません」
「そら、一本取られたな~、じゃあ説明しよか」
ということで説明していただいたのですが・・・
相手の方が酒気帯び&高齢ということで
全くわかりませんでした(;一_一)
それはさておき、前回の日記で
「空海が飛びぬけて多いのも驚きです」
というコメントがありましたが、それも当然です。
巨大教団を一人で作り上げた仏教者としてあげられるのが、
弘法大師、伝教大師(最澄)、栄西禅師の三人です。
実は日蓮上人、親鸞上人、道元禅師などは、独特の教えを
生み出しましたが、自らがその教えに基づいて大きな教団を
作ったわけでなく、弟子がその教線を拡大しました。
一方で伝教大師(最澄)、栄西禅師の二人は独特の教えを
生み出したわけではありませんが、弘法大師は
空海ワールドともいうべき独特の教えを生み出しています。
しかも、弘法大師が得度(僧侶になる)したのは31歳!
他の祖師が子どもの頃から仏門に入っていたのとは対照的で、
他の祖師の半分の生涯で他の祖師を上回る業績を残しています!
以前にも書きましたが、弘法大師は仏教のみならず日本史に
強烈な個性を持って足跡を残しています。
ある時は、言語学者
(篆隷万大象名義という日本初の辞典の編纂者)
ある時は、教育家
(綜芸種智院という入学制限のない学校を作る。
しかも学費は全額支給という超画期的なもの)
ある時は、文学者
(文鏡秘府論という詩文の創作理論を取りまとめた著作。
執筆法使筆法という字の書き方の著作がある)
ある時は、土木技師
(日本最大の溜池である満濃池をアーチ型にして改修)
ある時は、書の達人
(平安の三筆にあげられ、五つの書体を自由に操り
唐でも「五筆和尚」の異名を授けられた)
ある時は、詩人(唐の文化人を驚かせる漢文を書く)
仏教者の枠に収まりきらなかったのは、得度が遅かったことと
無関係ではないように思います。
仏教界の巨人のみならず、他のさまざまな分野で日本史に
足跡を残した天才が弘法大師です。
どうだ、まいったか!(*^^)v
人気ブログランキングに参加しています。
クリックよろしくお願いします。
↓