李白の七言詩に「採蓮曲」というのがある。
若耶渓傍採蓮女(若耶渓の傍採蓮の女)
笑隔荷花共人語(笑いて荷花を隔て人と共に語る)
日照新粧水底明(日は新粧を照らして水底明らかに)
風飄香袖空中挙(風は香袖を飄して空中に挙がる)
岸上誰家遊冶郎(岸上誰が家の遊冶郎)
三三五五映垂楊(三三五五垂楊に映ず)
紫騮嘶入落花去(紫騮落花に嘶きて入りて去るも)
見此踟厨空断腸(此を見て踟厨して空しく断腸)
「採蓮曲」は本来、蓮(はす)の根を採る秋の労働歌だが、李白は、蓮の花が咲き柳の葉が茂る晩春の歌に変化させている。どこの誰とも分からない遊冶郎(粋な若者たち)が馬に乗って垂楊の葉陰に消え、顔を赤らめつつ踟厨(ためらい)がちにその後ろ姿を見送る花摘みの娘たち。実に繊細な描写ではないか。
ところで、ここに出てくる「三三五五」は、あっちに三、こっちに五という具合に人や物が散らばっている様を示している。決して「三月三日に五十五歳になる人が居る」(このブログの主だったりして。はは)という意味ではないので、そこは誤解の無いように。
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Last updated
2019年08月02日 10時59分45秒
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