サンセツキ <本編> 第一章 雪華 9
「-----獅吼【シコウ】。」静かに深い呼吸の中、隣を歩く連れをやんわりと呼び止める。すると獅吼は可笑しそうに片頬を上げた。「こんな時でも余裕だな、先生。」色悪、という呼び方が似合いそうな獅吼の耳に響く低音の男の艶を孕んだ声が可笑しな呼び名を氷翠王【シャナオウ】に向けてくる。「あんたへの追っ手かもしれねぇ。」なのに何でそんなに落ち着いてるんだい?と面白げに続けて返す獅吼の声はまるでそうあったらいい、とでも言う様に楽しげだ。「性悪、と言われるな。」そんなでは、と氷翠王は微笑を返した。本当は色悪と言えばぴったりだと思ったが賢明にも氷翠王は辞めておいた。色悪--------その容貌は非常な魅力的で、性は最低の下をいく極めて凶悪、など嵌りすぎで笑えない。その気配を読んだのか、獅吼は片眉をあげて笑う形に唇を歪める。「・・・・・今考えたことを当ててやろうか、先生。」色事を紡ぐ様に甘やかな色っぽい声音に氷翠王は再び微笑する。「少しはお前も親切設計で出来ていたらいいのにな。」揶揄混じりの氷翠王の返答に獅吼は声を立てて笑った。「違いねぇ。」その間も二人は足を止めない。着実にこの地とは無縁の人間がいる場所へと足を進めている。ふ、と視界が稀なる銀灰色を映した。(子供・・・・・・・・・・か。)見れば紅の瞳をした少年がこちらを憎憎しげに睨んでいる。近くには銀灰色の髪をした少女が木に崩折れる様にして凭れ掛かっていた。「おいおい・・・・・・・大丈夫か?」心配とは程遠い声が隣にいる獅吼から発せられるのを聞く。それに敏感に反応して少年は眦を吊り上げた。強い視線がこちらに向けられる。それに獅吼が面白げに視線を合わせる。だが氷翠王の視線は銀灰色の髪の少女に向けられたままだった。雪がその視線をさえぎる様に柔らかに再びちらちらと降り始める。少女のどこかに惑う瞳は氷翠王にやはり記憶の底にあるものを思い起こさせた。これが出会いだった。この出会いが後に全ての周囲の思惑を孕んで氷翠王たちの一生を変えることになる。静かに降る雪はそれを暗示する様に美しく、どこまでも深遠に汚れた地上に綺麗に堕ちて、・・・・・・・・そして、穢れた。