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恐竜境に果てぬ第1章第1節その1


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恐竜境に果てぬ第1章第2節その1


恐竜境に果てぬ第1章第2節その2


恐竜境に果てぬ第1章第2節その3


恐竜境に果てぬ第1章第3節その1


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カテゴリ

2016.03.24
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カテゴリ:怪談
この頃はまだ複数の交流相手に恵まれていて、同じ人のコメントも延べ人数に入れると、この時は都合4件のコメントがあった。お名前を伏せて、本文に続き、コメントも掲載することとした。コメントで驚きを書いているものがあるのは、当時、ブログ全文が現われないシステムだったからだ。今はこれは少なくとも私のブログでは全文が出てしまうので、この効果は不可能となった。その意表をつく画像は、「四谷怪談」のお岩様の凄まじく陰惨な画像だった。皆さんは、これに驚いてくれたのだ。せっかくだから、本文最後に一画像載せるが、Face Bookに掲載したとたん、この画像が出てしまうおそれ大である。

相馬千恵子.jpg
昭和31年(1956)新東宝映画「四谷怪談」でお岩様を演じた女優・相馬千恵子さん。当時としては最長身の165cmだったからか、伊右衛門に「行かないで」とすがる女心を見せ、既にそのあとの凄まじい憎悪を予感させて、歴代「四谷怪談」映画では、高名な中川信夫氏をしのいでいた。怪談映画は「恐い」ことが何よりなのだ。

2004.08.07

戦争中の怪異・魂となって帰って来た息子
(4)
カテゴリ:カテゴリー未分類

らちもない迷信じみた話ながら、昔から言い伝えられている訓(おし)えのようなものが幾つかある。
子供の時分から怪談にひとかたならぬ関心のあった私は、これらの古人の言にも一通り耳を傾け、決してバカにしない、というより出来ないタチだった。

もしかすると、ある年齢から下の世代の人々には初耳となることかも知れない。
便所の戸の取っ手、あるいは今で言えばトイレのドアノブの向きのことである。もし便所の戸が引き戸ならば、これは当てはまらないかも知れないが、現代のハウスメーカーの住宅、マンションなど、いかにも近代的に生まれ変わった今の住居ならば、多分便所の戸は引き戸でなく、「開き戸」がほとんどだろう。

ならばここに古来言い伝えられる民俗信仰のような話がある。
もし、住まいの大事な部分である便所の取っ手が外から向かって左側についていたら、その家は、まあとりあえずは安心だという。取っ手が左についているのだから、開ける時は右側へ向かって戸を回転させて開けることになる。

だが、取っ手が右側についていたら、そしてそこに長く住んでいたら、その便所には幽霊が住むと、昔から言い伝えられている。
これについて子供の私は、強い興味を探究心に変える意欲に欠けていたから、残念ながらこれ以上のことを書けない。

ただ、住んでいるだけで曰く言いがたい気味悪さを覚える家というものが現にあり、その家の間取りその他を調べていったら、ようやく最後に便所の戸の取っ手の位置に行き当たるということが、かつてはあった。

恐らく家相学などに関連していることかも知れない。実は祖父の遺した一冊がこの家相学の本だった。これまた勉強嫌いの私は、ひも解いたことすらない。方角など、決して迷信とあなどってはならないことがずいぶんあるようだが、意欲がないのでは仕方ない。

ここまでは前置きである。いや、もう少し続けようか。出来るなら某婦人を心臓が止まるほどの恐怖に陥(おとしい)れてやりたいと長く願っているが、電話でこの手の話をしかけたとたん、すばやく感づくから、まだ果たせないでいる。

そう言えば再三よせと言ったのにもかかわらず、いよいよ私の地元に越して来る予定だと言うし、これまでのぜいたくなマンション暮らしには見切りをつけてアパートの気の利いたところへ入るというから、アパートにまつわるネタでどうにかして恐がらせようとも考えているが、そうたやすいことではない。

とにかく信じないのだから恐がるな、その資格はないとまで私は言い切ってしまうが、信じる信じないということと、恐ろしいこととは全く別の感覚が働くのだと、屁理屈のようなことを言うばかりだから、相手にしない。

さて、前月よりずっと通して来た怪談シリーズも、余りいい気になって記憶に残る身の毛もよだつ話ばかりを先に書いてしまうと、八月いっぱいもたない。数そのものとしては30話くらいは書けるが、これが大仕掛けなものと、数行で終わってしまうような短い話の混ざったものだから、調整して書かねばならない。

そのために、以上書いたような前置きも利用することになる。なお、先ほどの某婦人が恐ろしさで眠れぬ夜に、私の講釈で、やや恐怖がやわらいだ「四谷怪談」にまつわる話は、本人が「まだ裏がある」と察した通り、確かに数多く存在する。だがここでは措(お)く。思い出したことがあるので少し書く。

私は子供の頃、夏になるとほかの子らのように外へ出てかけずりまわるということを余りせず、その代わり、新聞の番組欄で確認すると、テレビにかじりついて、当時よく放映した講談の「四谷怪談」に耳を傾けて、ある時期、これをそらんじて、林間学校の夜、教師の許可と勧めで、形ばかり寝床についた級友たちを前に、よどみなく語ったことがある。

それも講談調だから、語り方だけでも凄い。自分でも半そでの腕にハッキリ浮き出るほど鳥肌を立てて語ったから、講談の語り口とはそれだけで凄まじいものだった。
例えば、「と、その時、油が切れかけた行灯(あんどん)の火が消えかかってはまた心細い炎を上げて、ジジッ、ジジッと陰気な音を立て始めた。どこで鳴るのか、寺の鐘が、陰(いん)にこもって物凄く、ゴーンと一つ・・・」。このあたりで生徒たちも水を打ったようにシーンとなって聞き入っている。そこで続ける。

「ふと気づくと、いつのまに入って来たものか、ひらきかかった戸口のこちら側に、うすよごれた身なりの女があおざめた顔で、スッと立っている」。ここで祖母仕込みの声色(こわいろ)をたっぷり利かせて「ごめんくださぃ、ごめんくださぃ・・・。ヒッヒッヒッヒッ・・・」
一同「ひゃーっ ! ! 」と悲鳴を上げてしばし騒然となるから、私も思わずゾクッとするが、これが怪談趣味冥利に尽きるというひとときだ。

実は確かこれは、講談に有名な「お岩様誕生」の一部なのだが、子供の私はこのタイトルの意味がわからず、勝手に「お岩様が亡霊となって初めて出現する瞬間までの話」かと決め付けて、ただ暗誦した声色で語ったのだった。
残念ながら今はすっかり忘れて、このくだりが語れない。お岩様誕生とは文字通り、まだお岩様が赤ん坊として生まれ出るまでの話なのだ。

だが戸口に現われた身なりの悪い不気味な女も、既に亡霊だったのかどうか、もはや覚えていない。今一度テープなどでじっくり聞きなおして・・、と思ったが、聞かせる相手もまたいない。記憶力だけは人生のうちで最も良いと言われる少年時代に、もう少しきちっと学習しておけば良かったと悔やむが、もはや今となってはその必要もない。

さて、最後にほんの短い怪談を。
小中高校時代のほとんどを過ごした御殿場市に、一軒の古い旅館があった。このあたりを新橋といったが、読み方は「にいはし」だ。私がこの旅館にまつわる話を聞いた時は、その場所は食堂にかわっていた。これが中学の時だから、その数年前まで旅館はあった。
その旅館は一人の老婆が経営していた。

不思議な話は、その老婆がまだ50才くらいの時にさかのぼる。時まさに大東亜戦争末期の、戦局の劣勢覆うべくもない頃だった。
婦人には出征している一人息子がいた。遅く出来た子供で、夫君は既に病死していた。
しのつく雨の夜だった。その夜は宿泊客もほとんどなく、ムチのようにたたきつける雨が物凄い音をたててやむ気配もなく、婦人の寝床にもやかましく響いていた。

それでも仕事の疲れからか、いつしか眠りに落ちてぐっすり休んでいた婦人は、夜半、激しく戸をたたく音に目を覚ました。こんな土砂降りの夜中に誰かしらとけげんに思いながらも、ようやく寝床から起き出して、表の戸を開けに行った。

「お母さん、正夫です。開けて下さい ! ! 」その声は間違いなく戦地へ行っている息子の声だった。声は更に告げた。
「軍務を変わるために、一時帰郷で内地にたった今帰還しました」とはっきり仔細を告げる言葉が婦人の耳にも届いた。そういうことかとややホッとした婦人は「待ってなよ、今開けるからね、ひどい雨だろ。さあ」
と、カギをはずして引き戸を開け、外に立っている息子を見た。いや、勢い良く開け放った玄関先には、誰の姿も見えなかった。

雨にけむってよく見えないとも思って、土砂降りの雨の中に一歩踏み出してようく見たが、息子の姿はなかった。
息子の留守に女手一つで旅館を切り盛りする気丈な婦人は、誰かのいたずらだったかなどと思って、しばらくしてまた戸をしめカギをかけた。

数日後、婦人のもとに戦死広報が届いた。一人息子の正夫は、出征先の大陸で戦死したとの知らせだった。
爾来、婦人は激しい雨の晩になると、息子がまた帰って来て呼びかけるような思いにとらわれたという。
戦争中の怪異談として、各地に数多く残る話の一つである。

八月はあの大東亜戦争を思い起こさせる月だが、腹を痛めた可愛い我が子を戦地にとられ、悲しい思いをした婦人が日本中に数え切れぬほどいたことに思いを致すと、再びあのような戦争をくり返してはならぬと、つくづく戦争というものが嫌になるものだが、魂となってでも、せめて母親に一目会いに帰りたいとの思いを残して、遠い異国の空に帰らぬ人となったおびただしい数の英霊たちに、謹んで鎮魂の意を表するものである。

「海行(ゆ)かば 水漬(みづ)くかばね 山行かば 草むすかばね 大君(おおきみ)の
辺(へ)にこそ死なめ かえりみはせじ」

お岩様出現.jpg


最終更新日 2004.08.07 15:48:34


「コメント」

Re:ちょっとだけ、敵前逃亡... Aさん
こんばんは。
日記を読もうとページを開いたとたんに、この写真!
ゲッ! とにもかくにも読み始めたのですが、最初のトイレの取っ手のところでもうダメ。
今日は夜中にトイレ、行けないよぉ。
でも、恐い話が嫌いなわけではないの。ただ、今は逃亡します。
明日明るくなったら、また来ま~す。
臆病者の私を許してね。 (2004.08.07 22:06:00)

Re:戦争中の怪異・魂となって帰って来た息子。(08/07) Bさん
書き込みいつも有難うございます。
真夏ということで、怪談話が続いていますね。画像の表情、笑っているようでいながら怨念を感じて恐ろしいですね~

トイレといえば昔のぼっとん式のトイレのほうが、怖かったですよね。便器から手とか出てきそうな気かして。。
水洗になってからはそれほど怖い場所ではなくなりました。

それでも学校のトイレどは今でもいろいろな怪談があるようですね。
(2004.08.08 06:31:55)


Re:戦争中の怪異・魂となって帰って来た息子。(08/07)   Cさん
ひえ~~~・・・。怖いです~~(ToT)
話も怖いけど、画像も充分怖い! (2004.08.08 09:08:30)


Re:明るいうちに読んじゃおう♪     Aさん
戻ってきました(笑)
あれから、我が家のトイレの取っ手が左側についていることを、改めて確認して心なしかホッとしていました。

私の友人にも霊感の強いのがいて、さんざん恐い思いをされられました。若い頃彼女とはルームメイトで、2年ほど一緒に住んでいたのですが、夜中に突然起こされて、“兵隊さんがたくさん来ているよ、行進の足音がずっと続いてて眠れないの”とか、“あなたの頭の上に落ち武者みたいな男の人がいるよ”とか...
終いには、見えても二度と私に教えないでくれと懇願する有様。
彼女の生んだ娘もまたこれ、同じ様で、娘が3才位の時に、彼女の家に遊びにいったことがありました。
彼女が娘に「台所に行って台ふきん持ってきて」と頼んだところ、彼女の娘「知らないおじちゃんがいるから、いやだよ」とのたまうではありませんか。
私と彼女はビックリして台所に行くと、誰もいない...
だって、マンションの4階で玄関から台所に行くには、私たちの視界を横切らなくてはならないのですから。
その後もその娘は、お風呂につかっている見知らぬ男を目撃したりこともあり、母である友人は、やっぱりこういうのも遺伝するのかなぁ、と嘆いておりました。

ただ、彼女の亡くなったお父さんが現れた時には、幽霊でもいいからもう一度会いに来て欲しいと、言っていましたよ。でも、最近は彼女の霊感も、なりをひそめているようです。

また遊びにきますね♪ 明るいうちに(笑) (2004.08.08 15:25:01)







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最終更新日  2016.03.24 14:37:37
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