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2016.09.13
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カテゴリ:回想
「2013年9月22日の記録」

『お母さん ! 』と題して書き始めた日記の最初の文面である。この日記は、曜日の記載がない。調べればわかるが、当時のむなしい思いを創作の形で再現することで精一杯だった。
この二ヶ月後に母は世を去った。今回、更新するにあたって、加筆して書く。


9月22日
お母さんが、2012年春先ごろの元気さだったらと仮定して書きます。書き方はいろいろ変えます。
だって、僕のお母さんだものね。

いや、認知症にならずに、腰痛もメニエルも出なくなって、かえって調子が良くなったお母さんと仮定して書きますね。事実あれほど苦しめられたメニエル症は奇跡としか思えないほど、消えました。認知症と交代にそうなったと解釈すれば、そうかも知れないけど、僕は自然治癒と思います。同じ立場の老人の中には、両方抱えている人がいることが、施設の人の話でわかったからです。
もうお母さんを認知症とは書かずに、つづってみます。

今、2013年。僕と二人きりの生活です。もちろん70代になったばかりの頃ほど、足腰が元気とは限らないから、無理なく過ごせる体調だとします。
お母さんは、今、86だけど、まだまだ何年も長生き出来る強さです。

僕が目指すのは、米寿88です。周りにはこれくらいの年寄はかなりいます。
お母さんの寿命を限るのは親不孝の極みですが、お母さん自身がつらい思いをしないで済む意味で、とりあえず卒寿90にします。

まだ4年あります。
今年の夏は暑さが厳しかったけど、お母さんは余り身体にこたえることなく、見事に乗り切りましたね。
さあ、これからは秋。実はお母さんは、弱った足腰をいたわるために、車で出かける時は、杖をついていますよ。

お母さん、いよいよ新車ですね。今度もお母さんの好みに全部合わせて買いますから、じっくりさがして下さいね。ただし、最後に買った1800ccクラスのものは、軽四輪になじん僕には不向きなので、排気量を落としてさがしますが、説明をするつもりなので、納得して下さい。
カタログ集めがかなり忙しいけど、それも楽しみになります。
ここから急で悪いけど、他人行儀な言葉づかいを改めます。

トルネオ1.jpg

新車とは言っても、お母さんは相変わらず庭木の手入れや落ち葉拾いにも熱心で、少しは手を休めてほしいと思うけど、たった二人きりの親子で些細なことから気まずくなってもイヤだから、お母さんの気分次第ということにして、任せるね。

お母さん、余り快い話題ではないけど、もう13年も前の2000年、平成12年に泊まった熱川の「熱川第一ホテル」、閉鎖したようです。
翌日ホテルを発つとき、ホテルの人が鶴を折ってくれて、フロントガラスのいい場所に取り付けて送り出してくれましたね。

あの時の仲居さんも年配で感じの良い婦人でしたね。ご結婚はとの問いには、「またか」と思ったけど、俺が未だ独身だと正直答えて、情けないと付け加えたら、ご自分の息子さんの結婚失敗の話をしてくれました。そして、イヤな嫁と離婚寸前だとも話してくれました。さらに、離婚だけならまだしも、嫁の側が狡猾で、詳しい事情は余りわからなかったけど、離婚に際して、息子さんからお金を取る権利があると言われて、もめているとも語ってくれました。

俺はその手の話に疎くて、仔細がわからなかったけど、お母さんは、事情を詳しく説明する仲居さんの息子さんのつらい立場を理解していたという印象だけは残っています。そして話の初めと終わりに、俺が独身ということは、何ら恥ずべきでないと、繰り返してくれました。つまり、とんでもない相手にあたると、泥沼になると。
皆々等しく13年ぶん年を取ったわけです。俺もナナハン免許を取る少し前の47歳、お母さんも、72歳でしたね。ついでにと言うと悪いけど、親父も76歳でした。

歳月はいろいろなものを変えてしまいますね。
旅館も経営順調な頃もあったと思います。そして、何かの事情で倒産しても、ほかに旅館は必ずあります。皮肉を感じます。

お母さんの元気に俺は本当に救われ、支えられていますが、もう86ですものね。
無理は禁物だけど、お母さんは足腰がいくらか弱った以外は、たとえばあれだけ苦しめられたメニエルが消えてなくなり、腰痛も出なくなりました。
これは本当にうれしいことです。

お母さんの無病息災だけを祈っているのも本心ですが、無理のない旅程で、ドライブにも出たいですね。
トルネオはお母さんがほとんど一瞬で決めたなかなかの車でした。
それまで俺がインテグラにしようと提案して、そちらで話を始めるところでしたね。

生計の形は変わりました。お母さんの以前の年金のイメージが強かったので、280万ほどというのには驚くと共にうれしいとも思いました。
仕組みがわからないけど、事実ですね。
これで月々の支出はさほどでないこともわかりました。

でも、俺の預金を時々おろす工夫もして、これみんなお母さんがやってくれているので、相変わらず経済感覚は俺はダメですが。
結果、少しずつお母さんの通帳は残高が増えていますね。
それを時々俺の通帳に移してくれるので、おかげで俺の通帳も今のところ、増え続けています。


創作日記以上。
むなしさが募り、それ以上つづれなくなり、キーボードの手をとめた。





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最終更新日  2016.09.14 03:42:23
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