|
全て
| 過去記事
| 日記
| ワルサーP38
| FN P90
| 過去記事について
| ガバメント
| GLOCK
| ルガーP08
| ベレッタM1919
| S&W M629 Classic
| 東日本大震災関連
| ナイフ
| 独り言
| サムライエッジ モデルガン
| ブロ-ニング
| SIG
| H&K
| 模擬刀
| モーゼル
| ブローニングHP
| S&W M28 ハイパト
| S&W M36 チーフスペシャル
| ボックスアート
| ホルスター
| 防災ネタ
| S&W
| コルト
| エンフィールド
| デザートイーグル
| デリンジャー
| ライト
| 腕時計
| 旧日本軍の拳銃
| ベレッタ
| 自転車
| サムライエッジ
| GLOCK Aro-tek Cutom
| ワルサーP38 メカニズム
| マルゼン ワルサーP38ベース MG
| マルイ ワルサーP38カスタム化
| LS ルガーP08
| タカトクトイス SSスーパー9
| ワルサー
| コーヒー
| 商品紹介
| 楽天イーグルス
| 車関連
| ゲーム
| 楽天生活
| ライター
| レッグバッグ
| パラコード
| バイク
| ベレッタ92ストック・カスタム
| BATON「BM-9」カスタム
| 1/00 戦闘機モデル
| レジンアクセサリー
| プラモデル&完成模型
| ヤフオク
| M92F系
テーマ:防災の話(1082)
カテゴリ:東日本大震災関連
10年。そういった月日が流れた。
震災直後、それこそブログを書きまくっていた。自分の精神的なバランスを保つためだったかもしれない。 とにかく書きまくった。 が、ある日を境に書けなくなった。それはリアルさが無くなったからだ。 リアルさというのは、自分で書いていてどんどん誇張などが入り始めたと実感という意味で。要は正確性を欠いてしまったからだ。実際直後から書いていた時は言葉は悪いが書きなぐっていたというか・・・。 その後だんだんと書くネタを探し始め、脚色が加わり始めると書くのが嫌になったのでそこで書くのをやめたわけです。 この10年。珍しく一つの仕事につき続けていた。私生活の方はというと父が癌になり看病を半年以上・・・。まあこの時は母が主に付き添っていたのですが、父が他界後、今度は母がどんどんと状態を落としていった。伴侶を無くしたことが相当堪えたのかもしれない。そして母の状態が落ち始めてからは施設に入所していた祖母の介護をメインで受け持つようになり、その後母も介護を必要になり・・・。正直私生活は相当滅茶苦茶な状態で過ごしたが、やはり母も一人暮らしが限界になり施設に入所。昨年末くらいからようやく自分の生活のリズムが回復してきていた。 そして、昨年の年末に祖母が緊急搬送、一度は退院したものの高齢もあり終末介護へと移行。そして母が骨折、手術。そして祖母が旅立ち・・・と二か月間でいろんなことが起こり、今日の震災後10年を迎えた。 なんとも時期がいろいろ重なるなぁと・・・。 ここ数年は祖母の介護というか面会という形で私自身もだいぶ癒されていたのですが、まあ思った以上に消失感を味わった。苦しまずに穏やかに旅立てたのが本当に救いというか・・・。本当に思う。コロナさえなければと・・・。祖母が旅立ってから一ヶ月。ようやく立ち直りかけているかなぁ・・・。 母も施設に入所してからは自分の家の他実家のネコの世話をしながら暮らしているが、これまたコロナのおかげで面会が出来ないので母がどんな部屋で暮らしているのかとか入所して以降の母の生活を垣間見ることは出来ない。入所は出来たものの、もっと我が家で暮らしたかったろうに・・・。そんな思いが後ろめたさとしてある。 震災にかかわる仕事を割合で言えばだいぶ減ったものの何とか続けてこれた10年ではあったが、両親の看病と介護、祖母の介護。そして父と祖母は旅立ち・・・。ふと思うのは充分にやり切れていたのかなという思い。 ほんといろんなことに追われた10年であった。 ほとんど震災の被害にあわなくとも、年齢的なこともありいろんなことが畳み掛けるようにおこった10年。40代といえば働き盛りなんだと思うのだが必ずしも仕事にも打ち込めず、在宅看護、在宅医療もただ追われるだけで・・・。 そして・・・。この十年というかここ数年の最大の懸念はこのような状態の母を一人残して当時のような仕事ができるのかと・・・。母を置いて仕事に行けるのかと・・・。また不在時にあんな地震が起こった時、母はどうなるのだろうかと・・・。そんな不安が常に付きまとっていた。幸い現在は施設に入ることができたのでその不安はだいぶ解消されたが・・・。最悪私が巻き込まれても母の安全は保障されているという部分は本当に心の負担が軽くなった。 残りの現役時生活という意味では震災後20年にどういった立場でかかわっているかはわからない。世代的にはにそんな年齢だ。 今後予想される大地震、大津波、そのほかの自然災害・・・。 東日本大震災の教訓が生かされることを切に願う。 あんな光景はもうたくさんだ。 東日本大震災を東北以外で体験された方々、知らない世代、そんな方たちにあの津波ですべてが流された光景を見た、空気を感じたものとして、そんな思いが伝わればなと・・・。まあ私の場合はそれでも直後を知らないわけだが・・・。 東日本大震災。2011年3月11日14時46分。そこからの歩みはこれからも続くことは間違いない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021.03.11 01:18:18
コメント(0) | コメントを書く
[東日本大震災関連] カテゴリの最新記事
|
|