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台湾の澎湖 ひっさしぶりの更新です…
本当は帰国後に少しずつまとめようと思ってたのに あれから早2年 元号も変わってますがな そもそもなぜ、私が台湾に短期留学したかというと 日本統治時代の建築物に興味があり 現存している建築物が最も多く残っているのが台湾だったんです 建築研修も兼ねての留学だったのに 長い間、それに触れずに来てしまいました・・・ で、ようやく書き始めようかと 台湾の澎湖についてはこちら さて、今日は第一賓館についてです 第一賓館とは日本統治時代には貴賓館と呼ばれていました 1940年 に建てられ 1943年 2月に落成を迎えました 玄関は入母屋造の屋根と洋風の門扉となってます 入母屋造は当時流行していたそうです 澎湖では数少ない和洋折衷スタイルで特殊な代表例の一つです 1949年(民國38年)すでに辞任していた蒋介石が初めて宿泊して以降 蒋公行館と呼ばれていましたがその後、第一賓館と改称されました 内部は洋風と和風の2つに分かれていて 間仕切り壁は洋風の木摺漆喰壁と 和風の竹小舞造壁による工法 引戸の上は ヒノキ板による富士山の景色を浮かし彫した欄間で 特殊な工法が用いられてたとのことです 見たかった… 入口玄関の床と壁面は澎湖特産の 「洗砂頭」「洗石子」「レンガ造漆喰壁」の工法と材料が使われています 家屋の外壁は烏石で造られた耐力壁構造になっているそうです 当時、耐力壁を使っていたというのが驚きです 1956年に総統専用の行館にするため 和風空間は一部取り壊されて、西洋風に改築してしまったそうです 私が第一賓館を見に行ったときは閉館となってました これが期間限定の閉館なのか永遠に内観できないのかは不明です ですが、また澎湖に行ったら行ってみようと思っています 内観したかった… 今、和室について確認できるのはHPとこの写真だけなのです あ、他の方のサイトには載ってるかもしれませんが てことで、外観はたくさん撮ってきました ちなみに、蒋介石が宿として使っていただけでなく 823砲戦の際、蒋介石は戦時指揮室を設立したそうです 823砲戦とは金門砲戦とも呼ばれ 1958年8月23日から同年10月5日までの間に 金門島に対して、中華人民解放軍が 侵攻すべく砲撃を行ったことにより起きた戦闘のことです 約3か月間に渡る戦闘ですが実際には1979年1月1日まで 砲撃は続いていたそうです と、ここまで統治時代の建物として書きましたが なんと設計は日本人ではありませんでした!!! 統治時代と言えば日本の建築家設計なのかなと 勝手に思い込んでいた 私の勉強不足さを改めて痛感した次第であります こちらは澎湖庁の建築技師 末安猛さんという方の設計です 建設は宏志土木請負組合の 許令咸さんでした あ~ビックリした 今後も不定期で澎湖に統治時代に 建てられた建築物について書いていこうと思います 見てる人が興味があってもなくても書きます 今回は第一賓館のパンフレットとHPと 澎湖の散歩導覧地図を参考に書きました 一人暮らしインテリアランキング 台湾旅行ランキング お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2019.09.25 11:16:27
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