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2009年02月09日
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木曽駒ヶ岳・雪山(1)

 なんてこった。立山駅にて私はボーゼンとした。11月12日、午前7時10分。立山アルペンルートの始発の切符を求めて窓口へ、そしてそこで受付の姉ちゃんから、本日のアルペンルートは不通であることを告げられたのであった。頂上付近は吹雪であること、道路の除雪は全くはかどっておらず、開通の見込みは今のところ不明であること等、ろくでもない情報ばかり聞いて、待っているユンオの所へ向かった。今回は立山は諦めるしかない…私はそう、考えていた。二つの低気圧が日本列島を襲い、日本海側は数日、天候が悪いことは知っていたし、この後も良くないだろうと思っていた。しかし…私は過去二度、春と秋に立山に訪れ、どちらも快晴だったので、なんの根拠もなく「大丈夫だろう」と高をくくっていた。なんてこった…どーしよう…今回の日本アルプス紀行は義弟サクライの為の山行であった。彼は未だ日本アルプスを知らない。土日祝の休めない彼と、三連休以上取る為には日祝を入れなければならない私では、なかなか日程が組みにくいのである。しかし、今回は約半年前、いや、一年程前より約束し、必ずや、彼にアルプスの絶景を見せてやろうと思っていたのである。サクライは11月13日と14日の二日間、私とユンオは前日の12日より休みを取り、立山の室堂にて落ち合うことにしたのである。ひと月前、山会議を開いた。

 他のメンバーの集まる前に、サクライと二人で寺田町で会った。彼にどうしても、聞いておきたいことがあったのである。私は9月末の後立山縦走の後遺症ともいえる、ローテンションの中にあった。それでも、会議にあたって、立山における三つの基本行動パターンを用意しておいた。サクライに聞きたかったのは、彼の“意気込み”である。私は、実はかなりテンションが低かったので、温泉のある雷鳥荘を拠点に散策程度の山行がええな、と考えていた。がサクライは違っていた。しかし、さすがはサクライ。私のイージー・ノーマル・ハード(初アルプスの為エクストラハードは削除)のうち、どれか選べ、の問いに即座に「ハードっスね。」と言い放った。まだ、基本行動パターンを話していないのに。かくして折角考えてきた二つの行動パターンは即刻削除され、「ハード」の方向で本会議に移った。メンバーにヒロシとユンオを加えて。そして会議の翌日、ヒロシ不参加のメールが届いた。ここではいちいち書くまい。残念であったが仕方がない、今回の作戦は3名で行うこととなった。

 立山駅にて途方に暮れながらも私は考えた。他の山域に代えるか…燕岳…上高地…西穂高…乗鞍…中央アルプス…南アルプス…ひらめいた、中央アルプス・木曽駒ヶ岳、これしかない、私は直感した。早速、サクライに連絡、こちらも行動に移らねばならない。外に出てみると、ここでも雪が舞っていた。立山を背に、元来た道を戻る。実際、天気が回復しそうな気配があり、二度程、悩んだ。しかし、結局、キッパリと目標を木曽駒に置いて行動に移った。まず、情報。サクライとの合流地点を決め、彼に行き方を伝えなければならない。手っ取り早いのはインターネット、ネットカフェを探した。さいわい、富山への道すがら、一件のネットカフェを発見、開店時間は十時であと十分程で開くようだ。安心して待っていたが、一向に開く気配がない。十時を過ぎた。ダメだこりゃ…こんなところで待っているよりも都会の富山まで出た方が早い、そう決断し、富山市街へ。富山駅付近で図書館を見つけ、早速ネットの繋がっている席を占領し、サクライの仕事の終わる時間を考慮して、いろいろ調べた結果、中津川で合流するのが適当であると分かった。駅に行って時刻表で時間を調べ、サクライに中津川まで行く方法と電車の時刻をメールした。乗り物オンチの彼のことだから心配ではあるが、こちら側からはどうしようもない。次に木曽駒の登山地図を購入すべく本屋へ立ち寄り、我々は神通川沿いを南下していった。神通峡という渓谷では紅葉が盛りで綺麗だった。私はカメラを向けたが、シャッターを切りつつも、虚しかった。オレが撮りたかったのは紅葉ではなく、雪山だったのでは…?天候はずっとどんよりしていて雨が降ったり霙が降ったり霰が降ったり。当初、合掌造りでも見物に行こうかとも言い合っていたが、道路凍結のため行けなかった。我々の南下の途中でも凍結寸前の峠があり、シャーベット状の道路をチェーンも持たずに走るのは心細かった。高山に入り、以前ヨメさんと行ったラーメン屋で軽く腹ごしらえして、中津川に着いたのは20時位だったか。我々はサクライが来るまで毛布にくるまり仮眠した。

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神通峡と紅葉

 ついに、ヤツが来た。22時22分、サクライは間違わずに中津川にやってきた。当初の立山室堂での合流でも不安だったが、当日に行き先変更を知らされ、来たこともない所にいくつか電車を乗り継いでくるのだから、私は「初めておつかいする子どもを見守る親」の心境であった。改札から出てきたサクライを抱きしめ、私は「事は八割成った」と思った。さて、役者が揃い、ココイチで簡単に明日登る山の説明をして、駒ヶ根へと向かった。駒ヶ根の駐車場で星を見た。快晴だった。立山とはエライ違いである。北アルプスが低気圧を食い止めてくれているおかげでここ、中央アルプスは穏やかである。明日の好天を確信し、車に戻った。

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木曽駒ヶ岳にて

 明けて13日。ついに山へ向かう日である。快晴の青空の下、遠く雪を頂いた峰が望めた。我々の士気はいやが上にも高まる。朝食を摂り、準備を整え、始発バスの来るのを今かと待ちわびる。8時20分発のバスは、途中出遭ったカモシカや地蔵で止まりつつしらび平へ、そこからロープウェイで一気に1000m昇って千畳敷に着いた。少々ババアの嬌声に士気を削がれはしたものの、ここから先は進めまい。私はアイゼンをつけ、ピッケルバンドを掛けて先に外に出た。そこにアルプスの景観が広がっていた。カールを囲む峰々、それらが雪を纏って一層凛々しい。以前二度来たが、やはり雪のある方がかっこいい。早くイキたくてうずうずした。出でよ、わがアン・ツェリンにダワ・ザンブーよ!ちなみに最近、サクライとユンオは夢枕獏の「神々の山嶺」の小説や漫画を読んでおり、この話の会話がよく出てくる。なかなか出てこないシェルパを見に、戻ってみると、ダワことユンオがアイゼン装着にえらく手間取っていた。アンことサクライはヒロシに借りたアイゼンが前後逆だ。「ふう…」少し腹を立てたが仕方がないか。

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宝剣岳と月・千畳敷にて





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最終更新日  2009年02月16日 12時53分53秒
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