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元ロンドン新(米)所長→現ハノイ所長日記

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2010.08.13
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カテゴリ:ポーランド

今回の旅行のメインイベントは、何と言っても、アウシュビッツ強制収容所の訪問だ。
運良く、世界唯一の外国人専属ガイドである日本人ガイドの中谷さんにガイドしてもらえる機会を得た。最初に書いておくが、アウシュビッツは是非訪問すべき場所だが、ただ訪問するのと中谷さんにガイドしてもらうのとでは全く見えるものが違うので、行かれる方がいれば、是非、中谷さんのガイドを前もって予約されることをお勧めする。

さて、この地で何が行われたのかについての詳しい解説は省略する。
問題は、何故、このようにおぞましいことが平然と淡々と行われるに至ったのか、人間はどういう状況下で、このような恐ろしい行為を行うことができるのかを学び、将来に活かすこと。それについて書きたい。

当時のドイツは、世界最高峰の医療・科学のレベルを誇り、哲学もトップレベルの先進国であり、決して粗野で野蛮な国ではなかった。だが、ブラックマンデーで知られる世界恐慌下の大不況の下で、国民の不満は鬱積し、どこかにはけ口を求める声が高まっていた。
このような不満の捌け口は、いつだって、“自分たちとは違う人達“に向かう。ホロコーストは、そういう状況下で、知性も感性も十分に持ち合わせた国民が、犯した世界最悪の戦争犯罪なのだ。

“ユダヤ人たちのせいで、自分たちの生活が脅かされている”という何の根拠もない風説が瞬く間に広がり、ナチスは、彼らを東方に移住させることで自分たちドイツ民族を生存を守るのだという大義を生み出した。初めのうちは、本当に収容して労働させることが想定されていたのだが、次第に収容の物理的な限界を超えるようになると、彼らは連れてくるなり身包みはがれてガス室に直行となり、殺され・焼かれ・骨を粉々に砕き撒かれた。

一番恐ろしいのは、それぞれの人間が、システムの一部として機能することに徹し、自分の目も前のことしか見ようとしないことである。本当は、全体としては、きっとおかしなことが行われており自分の行為もそれに加担しているのだ、と気付いていながら、自分は、言われたことをやっているだけだと勝手に納得し開き直ってしまうことだ。

ホロコーストに賛成した人はほとんどいなかったが、反対した人もほとんどいなかった。この仕組みに加担していた多くの人たちは、単にシステムの一部として与えられた役割を果たしていただけだと語ったという。ガス室で使われた毒ガスの素となる殺虫剤を大量に受発注した担当者は、「私は注文を受けて薬品を売買しただけだ」と言い、ガス室直行組と収容組を振り分けた医師は、「自分は、健康診断をしただけだ。」と答えたという。

ガス室への連行・殺人・死体焼却・遺骨の粉砕廃棄などは、全て、生存権と引き換えに、収容された人達が行った。結局、ナチスの誰も、現場を見てはいない。人は自分で手を下さなければ、このような恐ろしい大量殺戮に平気で加担することが出来るのだ。自分お目に見えないところで行われている虐殺は、彼らにとっては、リアリティのない現実でしかなかったのだ

収容所内には、多くの展示物がある。連行された人達は、身包みはがれ、女性も丸坊主にされた。丸裸にされ丸坊主にされ人間の尊厳を失うと、とたんに反撃するエネルギーを
そがれ、従順になるのだそうだ。それも計算ずくであったそうだが、髪の毛や金歯などは、売ってお金にしていたそうだ。それらの残骸も飾ってあるのだが、もちろん撮影は禁止だ。
何故、禁止なのか分かりますか?そこに残されている髪の毛は、ここに収容され殺された人達の無念の塊ですから、その前で平気で記念写真を撮るというのは、この髪の毛を“モノ”としてしか見ないで、量り売りのために選別していた、静かなる加担者と変わりがないということだからです。そういう想像力の欠如が、多くの賛成も反対もしない加担者を生み出します。

アウシュビッツ強制収容所は、人類が、ここで起きたことを忘れずに、何故このようなおぞましいことが起きてしまったのか、人間はどのような状況下で、このような恐ろしいシステムを作り出すのかを学び、今後に活かすために存在します。

日本も、この時期には、戦争で亡くなった人を偲び、反戦を誓う行事が目白押しとなりますが、手を合わせても心を澄ませても、何を反省し・何を誓えばいいのか、私は正直に言ってよく分かりません。例えば、被爆体験は悲惨なものであり、核兵器の使用に反対するのは当然のこととして理解できる。だが、どうすれば、原爆投下なしに終戦を迎えることが出来たのか、更には、どうすれば、泥沼のような戦争に突入しなくて済んだのか、そういったことを考えさせてくれる史実に触れたことがないので、今ひとつ、反省の仕方が分からないのだ。戦争は悲惨だから起きて欲しくないと心に誓うだけで、本当の平和は訪れたりしません。では、どうすればいいのか、やはり歴史から学ぶしかないのではないでしょうか。

本当にいろんなことを考えさせてくれる機会であった。是非、一度訪問されることをお勧めします。この経験をどう活かすかが、これからの私の宿題です。
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Last updated  2010.08.14 05:10:28
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