惚れた方の負け…
パトロンではなく恋人になりたくて、暴走気味に押し捲る実業家と、理解が追いつかないまま、実は相手を翻弄している陶芸家の、恋の空回り。男は、どこか無頼なものを漂わせながら、実は自らの力で成功を掴んだ遣り手。青年は、陶芸に一心にのめり込み、才能を開花させようとしている、ある種天才。人間の表も裏も十分に経験してきたはずの男が、実は恋に従順で、人として未熟で、恋に不慣れなはずの青年が、実は無自覚に主導権を掴んでいる。実業家が、あれだけ作品を買い上げて、更にその先も提示しているのに、それを自分に対する好意だと自覚しない陶芸家の、純粋さに焦れたり。青年の才能と、無垢な心を愛するままに、もっとストレートな表現をすれば良いのに、経験の豊富さゆえにそれを気付けない男の、これまでの遍歴を知りたかったり。相手に翻弄されて戸惑う青年が、ぐるぐる想い迷うのは当然なのだけど、実は、ここぞという時に、常に先に行動しているのは男の方。青年の事が気掛かりで、でも、相手の反応は面白くないし、とうとう拗ねてみるけど、ところが、相手には男心がまったく伝わらない。男が意外に素直だったから成就したわけで、男の純真を一身に受けた青年は、もしかしたら女王気質だったのか…も?ま、それはそれで、男が悦びそうだ…前作『非保護者』の、余裕たっぷりで、なかなかクセモノな風だった叔父さんと、前作の主人公を暖かく受け止め、才能の発芽を見守った穏やかな陶芸家が、正に同時期に繰り広げていた物語。大人の恋の、捻じ曲がってしまう部分と、あっけないくらい素直な部分と、そして、やっぱり、惚れた方が負けなシアワセ。で、実業家が花田さんで、陶芸家が前野くんだった。花田さんの、あの独特な間が醸した戯れっ気と、前野くんの、ちょっと他では聴いた事がない穏やかな風情が、物語の主役になった時、どんな芝居を展開してくれただろうか…かえすがえすも、未練と無念しかない。 『彼と、彼』 2011年3月 SHY NOVELS 椎崎 夕 * 北畠 あけ乃