「それは初対面のあなたにはお教えできません。ですが・・」
武家娘はそう言うと、じっと蒼い瞳で歳三を見た。
「あなたは恋人が不治の病に罹っていることを知っているのでしょう?」
武家娘の言葉に、歳三の顔が強張った。
彼の反応を見た武家娘は、まるで歳三の心を見透かすかのように蒼い瞳で彼を見つめた。
「あなたにとって彼は実の弟のようなもの。彼が幼き頃から寝食をともにし、常に寄り添って生きて来た。けれどももうその時は終わろうとしている・・」
「てめぇは池田屋で総司に何か言ったのか?」
「いいえ、何も。」
武家娘はそう言ってくすりと笑った。
暖簾から僅かに射し込んだ夏の陽光を弾いて彼女の瞳が宝石のようにきらりと輝いた。
だがその輝きは、何処か禍々しかった。
「てめぇは総司とどんな関係だ?」
「彼とはある契約を交わしました。わたくしは彼を守る為にここに居るのです。」
武家娘はさっと立ち上がると、歳三の肩にそっと触れた。
「あなたは本当に、彼の事を心の底から愛していらっしゃるのですね。」
「だから何だって言うんだ? 俺は総司を・・あいつを救いてぇんだ。どんな手を使ってでも!」
歳三は今まで堪えていた想いを吐き出すと、机にその苛立ちをぶつけた。
周囲の客達は何事かと歳三達の方を見た。
「暫く歩きましょうか。」
冷たい光を湛えつつ、武家娘はそう言って歳三の手を取って茶店から出て行った。
「もう、ここには人目はありませんね。」
茶店から少し離れた河原へと歳三を連れて行った武家娘は、そう言うなり簪と櫛を結った髪から抜き、乱暴に頭を振った。
はらはらと黄金色の髪が風に乗って広がり、夕陽に照らされたそれはまるで上質の絹糸のような美しい輝きを放った。
「彼を助けたいのなら、方法が一つだけあります。」
武家娘はそう言うと、そっと歳三に近づいた。
「それは、何だ?」
「わたくしと契約を交わすことです。本来ならば二重契約は厳禁ですが、状況が状況ですので。」
彼女は白魚のような手で歳三の頬を優しく撫ぜたかと思うと、彼の唇を塞いだ。
突然の事に歳三は戸惑いながらも、武家娘を押し退けようとはしなかった。
「てめぇ、一体何した?」
「これでわたくしとあなたの契約は交わされました。」
武家娘はそう言って歳三から離れた。
「総司はお前と何を契約した?」
「それはお教えできません、守秘義務がありますので。それよりもあなたの願いは?」
「総司を・・あいつの命を救ってくれ。もしあいつの命が救えなかった時は・・俺の命を奪え。」
「本当に、そんな事を願ってもいいのですか?」
そう言ってゆっくりと俯いていた顔を上げた武家娘の蒼い瞳は、暗赤色に妖しく煌めいていた。
「あいつが居なきゃ、俺は生きていけねぇ。ずっと昔から傍に居たんだ。あいつが居ない世界なんて考えられねぇ。」
「本当に、彼を愛していらっしゃるのですね・・」
半ば歳三に呆れたかのような笑みを口端に浮かべながら、武家娘は彼に背を向けて歩き出した。
「お前、名は?」
「千尋と申します。」
武家娘―千尋は自己紹介すると、河原を後にした。
(総司、お前はあんな得体の知れない奴と何を願掛けしたんだ?)
屯所に戻った歳三は、布団の中で眠る総司を見つめながら千尋の言葉を思い出していた。
“わたくしは彼を守る為にここに居るのです。”
一体総司はあの得体の知れない者と何故契約し、何を願ったのか。
あいつが何を考えているにせよ、総司の病さえ治ってくれればいいと、歳三は思った。
「ん・・土方さん・・」
恋人の名を夢の中で呟く総司の唇を、歳三は思わず塞いだ。
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