「殿下、さぁこちらに。」
洋館の中へと入ったルドルフは、また激しい既視感に襲われた。
(ここはやはり・・来た事がある・・)
脳裡に、霞んだ世界が見えてきた。
―ああ、気持ちいい・・
誰かの首筋に牙を立てると、女は恍惚とした表情を浮かべながら自分を見つめていた。
(あれは一体誰なんだ?)
ルドルフは思い出そうとしたが、その途端激しい頭痛に襲われた。
「どうなさいましたか、殿下?」
「頭が・・」
「さぁ、こちらへお掛け下さい。」
荒い息を吐きながら、ルドルフは椅子から腰を下ろした。
「ユリウスは?」
「彼なら、ここに。」
水色の髪をなびかせながら、黒い外套の裾を翻し、男がテーブルの上にユリウスの遺体を横たえた。
「ハンナ、あれを。」
「はい、旦那様。」
女官はさっとテーブルの向こうの棚に掛けられている二股の剣を取り、男に手渡した。
男は躊躇いなくその剣をユリウスの胸に突き刺した。
「何をする!」
「これも彼を救う為だ。」
椅子から立ち上がりサーベルを振りかざそうとしたルドルフに、男はそう言って彼を見た。
ユリウスの胸から剣を抜いた男は、何か呪文を唱えると、彼の全身に謎の液体を掛けた。
「これで大丈夫だ。」
「ユリウスは・・助かるのか?」
「ああ。」
ルドルフはそっとユリウスが寝かされているテーブルへと近づき、彼の黒髪を梳こうとした。
だが、指先が動かなかった。
「どうなさったのですか?」
「彼をベッドに寝かせてくれ。」
「今回の件は、あなたの所為ではないよ。」
男はそう言ってルドルフに慰めの視線を送ったが、彼は暗い表情を浮かべながら部屋から出て行った。
「旦那様、どうなさいますか?」
「暫く様子を見よう。ハンナ、風呂の用意は出来ているか?」
「はい。」
男と女官は、薔薇風呂にユリウスを沈めると、ルドルフに与えていた“薬”を彼の全身に掛けた。
「う・・」
苦しげな呻き声とともに、ユリウスの瞳がゆっくりと開いた。
「目を覚ましたのですね。」
「ここは・・ルドルフ様は?」
ユリウスがルドルフの姿を探すと、ふと手に優しい温もりを感じた。
「ユリウス。」
「ルドルフ様・・」
「良かった・・本当に良かった。」
ルドルフはそう言うと、ユリウスを抱き締めた。
「ルドルフ様、わたしは・・」
「もう心配しなくていいからな、ユリウス。」
「はい・・」
ルドルフに抱き締めながら、ユリウスは翠の瞳を、暗赤色に光らせた。
「あれで良かったか、ハンナ?」
「ええ。殿下はユリウスを愛することを望んだ。2人の愛は、永遠です。」
洋館のカーテン越しに、ホーフブルクへと戻るルドルフとユリウスの姿を見ながら、ハンナは口端を歪めて笑った。
「ルドルフ様、皇帝陛下がお呼びです。」
「解った、すぐ行く。」
ホーフブルクへと戻ったルドルフは、皇帝の私室へと向かった。
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