自分の目の前で広がる漆黒の髪を、総司は呆然と眺めていた。
「え?」
まるで鉛のようなものが自分の胸にのしかかってきたかと思うと、それは自分を庇い銃で撃たれた男の頭だった。
「総司・・無事で良かった・・」
その男は自分の名を呼ぶと、逞しい手で自分の頬を撫でた。
見ると、男は胸に銃弾を受け、そこからは血が流れていた。
「いや、死なないで!」
総司はそう叫ぶと、血を少しでも止めようと、必死に男の胸を押さえた。
だが血は止まるどころか、ますます流れるばかりだった。
「誰か戸板を!」
「副長、しっかりしてください!」
隊士達の怒号が響く中、総司は男に必死に呼びかけた。
「お願い、死なないで! ねぇ!」
歳三は朦朧とする意識の中で、総司の手を握った。
その瞬間、総司の脳裡に、様々な映像がまるで走馬燈のように流れ始めた。
どの映像にも、今息絶えようとしている男が、自分に微笑んでいた。
―総司
愛おしく自分の名を呼ぶ声に、総司は聞き覚えがあった。
(この人、何処かで会ったことがある・・)
総司は必死に男が誰なのかを思い出そうとしていた。
「・・方さん・・」
名を呼ぼうとした時、不意に男の手が力を失った。
見ると男の目が徐々に閉じてゆく。
「駄目、眠っては駄目! 起きて、土方さん!」
一方歳三は、ゆっくりと闇の中へと堕ちていくところだった。
歳三は息苦しくなって何度も水面へと顔を出そうと必死に上へ向かって泳いだが、その度に何者かが昏い水底へと引き摺り込もうとして、次第に息が苦しくなってきた。
もう駄目だ―そう思った歳三は、ゆっくりと目を閉じ、水底へと沈んでいった。
―眠っては駄目!
徐々に遠くなってゆく明るい水面から、誰かの声が聞こえる。
―起きて、土方さん!
その声には、聞き覚えがあった。
(総司?)
もしかして、記憶が戻ったのだろうか。
歳三が水面へと顔を出そうと必死に上へと向かって泳ぎだそうとしていると、誰かが自分の足首を掴んだ。
(・・なんだ?)
漆黒の水底へと視線を移すと、そこには異様に白い顔が浮かんでおり、暗赤色の双眸は憎々しげに自分を睨みつけていた。
『逃がすものか!』
歳三は白い顔を足蹴にし、水面へと泳いでいった。
徐々に辺りが明るくなり、何人かの顔の輪郭が浮かび上がってきた。
「土方さん!」
「総司・・」
荒い息を吐きながら、歳三が恋人を見つめると、総司は彼を抱き締めた。
「良かった、助かって! あなたが死んだら、わたしは・・」
「泣くな、総司。それにそんなに抱きつかれると苦しい。」
「あ、すいません!」
総司は慌てて歳三から離れると、平助達がどっと笑い声を上げた。
「惚気るのもいい加減にしろよな、2人とも。」
「それにしても土方さんを撃った奴は誰なんだろうな?」
「さぁな。」
「総司は普通に戻ってるし・・一体何がどうなってんだ?」
左之助と平助、新八が廊下で話していると、怪訝そうな顔をした1人の新人隊士が声を掛けた。
「あの、副長を撃った犯人が捕まったんですか?」
「いやぁ、まだ捕まっちゃいないけど・・」
「おい平助、口を慎めよ!」
左之助と新八は平助の耳朶を掴むと道場へと引き摺っていった。
「・・厄介な事になったな。」
左之助達が消えていった廊下に残された新人隊士は、そう言うと溜息を吐いた。
副長室では、総司が歳三の看病をしていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ。それよりも総司、身体の方は大丈夫なのか?」
「ええ、何とか。」
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