祭殿内では荘厳な雰囲気の中、千尋とその友人達が神楽舞を舞っていた。
舞う度に、千尋の金色の髪が風に靡き、篝火によって美しく輝いた。
土方はそんな彼女の神々しい美しさを見ながら、彼女の「兄」と名乗るアンドレイの存在が気にかかった。
一体彼は千尋をどうするつもりなのか。
伊東が言っていたことが真実だとしたら、千尋を手放さなければならないのか。
(そんなのは嫌だ。)
いつの間にか土方は自分よりも12も年下の少女に心惹かれ、執着していた。
最初は親切心だけで、千尋を女衒から助けた。
だが今は、千尋を唯の使用人としてではなく、1人の女として見ていた。
自分には総美という妻が居て、総司という息子が居るというのに、千尋に対する執着にも似た恋の炎を抑えつけることが出来なくなっていた。
土方が周囲を見渡すと、祭りに来ていた者達は千尋の神楽舞を見て皆惚けた顔をしていた。
それほどまでに、彼女の神楽舞は他の巫女達よりも目立っていた。
(千尋・・)
いつか彼女の手を離す時が来る―土方はそう思いながら再び祭殿へと目を向けようとしたその時、何か白いものが自分の前で煌めいた。
「お疲れ様。」
「ありがとうございます。」
神楽舞を奉納した後、李鈴から茶を受け取りながら千尋が彼女に礼を言うと、境内から悲鳴が聞こえた。
「何かしら?」
「ちょっと失礼します。」
千尋が社務所を出て境内へと向かうと、階段の近くで人だかりが出来ていた。
「いきなり腹をぐさっと刺されたんだってよ・・」
「酷いねぇ・・」
嫌な予感がして、千尋が人だかりを掻き分けて行くと、そこには白いシャツを血で染めた土方が石畳の上に倒れていた。
「旦那様!」
千尋は泣き叫びながら、土方の右脇腹を必死に手で押さえたが、溢れ出る血は止まるどころか、ますます流れだして彼の体力を奪ってゆく。
「千尋・・そんなに泣くな。」
土方はそっと千尋の頬を撫でると、意識を闇に堕とした。
病院に運ばれた土方は一命を取り留めた。
彼を刺した犯人は、かつて土方によって会社を潰された男だった。
「旦那様、失礼致します。」
病室へと千尋が入ると、土方が総司を抱いてあやしていた。
今まで冷酷な資産家の顔しか見ていなかった千尋は、父親として優しい顔をしている土方の姿に驚き、暫くドアの近くに立ったまま動けないでいた。
「千尋、どうした?」
「あの・・何だか旦那様もそんなお顔をなされるのかと思うと、不思議で・・」
千尋の言葉に、土方は苦笑した。
「俺が血も涙もねぇ鬼だってのか? 面白ぇ。」
「そ、そんな事は・・」
「じゃぁどういう事だ?」
千尋と土方が言い合っていると、総司がぐずり始めた。
「どうしたんだ? さっきまで寝てたのに。」
「多分お腹が空いたのでしょう。奥様はどちらに?」
千尋が土方から総司を受け取った時、総美が病室へと入って来た。
「まぁごめんなさいね総ちゃん、お腹を空かせていたのねぇ。」
総美はそう言うと千尋から総司を受け取り、土方と千尋に背を向けて椅子に座り、ドレスの襟元を緩めると彼に授乳を始めた。
「あなた、御免なさいね。怪我人だというのに、総ちゃんのお世話をさせてしまって。」
「いや、いいんだ。それよりも総美、風邪の方は大丈夫なのか?」
「ええ。お医者様から咳止めの薬と解熱剤を頂いたわ。母乳には影響がないようよ。」
総美はそう言うと、愛しい我が子の顔を見て微笑んだ。
その笑顔が何処か、千尋には悲しいものに見えた。
土方家の一家団欒の場面を書いてみました。
総美さんの病気は一体何なのか・・
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