「ったく、何で俺がこんな格好しないといけねぇんだよ。」
歳三はそう言いながら、溜息を吐いた。
彼は漆黒の燕尾服に身を包み、隣に立っている千尋を見た。
千尋は腰下までの長い髪を結いあげ、黒貂の毛皮を肩に掛け、白地に金の植物文様のドレスを纏っていた。
「そう言わないでください。最近ウィーンを騒がしている連続殺人犯が今夜オペラ座に現れるという情報を得たのですから。」
「ふん・・」
歳三はぶすっとしながら、周囲を見渡した。
流石音楽の都と言われるだけあって、劇場の内装は金箔で彩られ、豪華だった。
この何処かに、連続殺人犯が潜んでいるかもしれない―歳三はそう思うと緊張が高まった。
「千尋、刀は持ってきたか?」
「ええ・・と言いたいところですが、今はこれで我慢してください。」
千尋はそう言うと、短剣を2本歳三に渡した。
「得物が小さいな。これで奴を殺せるのか?」
「急所を狙えばね。」
千尋は歳三に話しかけた時、強烈な視線を感じた。
(もしかして・・)
背後を振り向くと、そこには1人の金髪碧眼の青年が立っていた。
190センチほどの長身を白い燕尾服に包んでおり、胸ポケットには白薔薇を飾っていた。
(この男、何処かで・・)
千尋が青年の正体を探っていた時、歳三が千尋の腕を掴んだ。
「どうなさいましたか、副長?」
「あいつだ、あいつが向こうに居る。」
歳三は客達に紛れこんでいる黒地に縦縞のスーツを着た1人の少年を睨みつけた。
「先に行くぜ、千尋!」
歳三は短剣を取り出し、少年へと突進していった。
「おいそこのてめぇ、待ちやがれ!」
少年は歳三の怒声に気づくと、ステッキに仕込んであったサーベルを抜いた。
激しい剣戟の音がホールに響き、観客達は何事かと歳三達の方を見た。
「ふん、中々やるじゃねぇか、連続殺人犯さんよぉ?」
歳三は歯ぎしりをしながら、少年を睨みつけた。
「生憎だが、こんな所で死ぬ訳にはいかないからね。悪いがあんたには此処で死んで貰うよ。」
「それはてめぇの方だぜ!」
歳三は少年の向う脛を蹴ると、一瞬の隙を突いて彼の急所をナイフで切り裂こうとしたが、あと少しというところで攻撃をかわされた。
「ふん、新撰組副長が聞いて呆れるね。この程度の攻撃しか出来ないとは。」
「煩せぇガキだな。その口が聞けねぇようにしてやるぜ。」
「殺れるものなら殺ってみな。」
好戦的な視線を歳三に向けると、彼はサーベルを構えた。
「行くぜ!」
歳三は壁を蹴ると、その反動で少年の懐に飛び込んだ。
「クソッ!」
両肩を切り裂かれ、少年は痛みに喘ぎサーベルを床に落としてしまった。
「動かないでくださいね。」
千尋はサーベルを拾い上げ、その切っ先を少年へと向けた。
「誰かと思ったら、両性の悪魔か。その様子だと、そいつに惚れているようだねぇ。」
「お黙りなさい。」
千尋はそう言うと、傷ついた少年の右肩を踏みつけた。
「俺を殺しても闇の者の勢力は強まるばかりだ。せいぜい悪あがきでもするんだね。」
「それは・・どういう意味・・」
少年が口を開こうとした時、彼は胸に銃弾を受けて倒れた。
銃声に客達はパニックとなり、一目散に出口へと駆けだした。
(一体何が・・)
「全員動くな! このオペラ座は我々が占拠した!」
客達とは入れ違いに、武装した数十人の男達がホールへと入って来た。
「あなた方、何者です?」
「我々はバルカン同盟の者だ。皇帝陛下に我々の要求を呑んで貰うまでここを動かん!」
(厄介な事になりましたね・・)
にほんブログ村