マイヤーリンクでルドルフが“誤射事故”を起こして以来、一度は修復しかけていた皇帝との関係も再び悪化していった。
ルドルフは王宮に殆ど戻らず、革命家達のアジトへと籠るようになった。
彼は次第に酒や女に溺れてゆき、澄みきった蒼い瞳は徐々に狂気の色へと滲んでいった。
(わたしは何処へ向かおうとしているのだろう?)
窓から見える月を眺めながら、ルドルフはそう思いながら涙を流した。
ドイツ帝国皇帝フリードリヒ3世が死去し、新皇帝には新たにドイツ帝国皇太子・ヴィルヘルムがなり、ヴィルヘルム2世としてウィーンへとやって来た。
「ルドルフ皇太子様、お会い出来て光栄です。」
「いいえ、こちらこそ。」
そう言ってルドルフはヴィルヘルム2世に微笑んだが、その笑みの下では彼への憎悪が渦巻いていた。
猛禽類を思わせるヴィルヘルムの目にも、ルドルフへの憎悪が宿っていた。
「ルドルフを何とか潰すことはできないのか?」
「さぁ・・」
ドイツ大使館に於いてヴィルヘルム2世は、そう言って側近を見た。
「あのマリーとかいう娘、役には立っているが詰めが甘いな。あいつは口が軽くて困る。」
ヴィルヘルム2世は溜息を吐きながら、黒髪の男爵令嬢の事を想った。
まさか自分が駒にされているとは知らず、憧れのオーストリア皇太子にお近づきとなり、彼の愛人となったことで宮廷を我が物顔で歩く愚かな少女。
「もう、あいつの利用価値はないかもしれないな・・」
「ええ。」
ヴィルヘルムは窓に映る月を眺めながら、宿敵であるルドルフを陥れる策を練り始めていた。
「今月も駄目でした。」
多忙な仕事の合間を縫い、不妊治療を受けていた千尋だったが、なかなか良い報せは彼女の元には届かなかった。
「自然に任せればいいんだよ。」
歳三はそう言うと、気落ちする妻を励ました。
あれから店は軌道に乗り、毎日充実している生活を送っている彼らであったが、未だに子宝に恵まれぬことで悩んでいた。
「なぁ千尋、俺ぁ一生子どもが出来なくても、お前と死ぬまで暮らしたいと思ってるんだぜ。」
「旦那様・・」
千尋は自分を優しく気遣ってくれる夫を抱き締め、涙を流した。
彼女はふと、ルドルフの事を想った。
生まれながらに恵まれた環境にいながらも、孤独に包まれているルドルフ。
政略結婚した妻とは上手くゆかず、皇帝との溝も深まるばかり。
彼の心は今、どこへ向かっているのだろうか。
1889月1月27日。
ルドルフはヴィルヘルム2世の誕生パーティーが開かれているドイツ帝国大使館のパーティーに、マリーを伴って彼女とダンスを踊った。
その後それが皇帝に知られ、ルドルフは彼と激しく口論した。
「お前はわたしの跡継ぎに相応しくない!」
父親から全てを否定され、ルドルフはこの時生への執着を捨てた。
「お母様、ルドルフ様がマイヤーリンクに招待して下さったわ。」
「まぁ、それは嬉しいこと。」
(これでやっと、わたしは皇太子様の妻に・・オーストリアの皇太子妃となれるのだわ!)
すっかり舞い上がってしまった愚かなマリーは、その裏に潜む陰謀に全く気づかなかった。
「ルドルフ皇太子があの娘を連れてマイヤーリンクへ向かうようです。」
「ほう。ドイツのスパイを連れていくとはねぇ。やっぱりあの皇太子は信用できないな。どう思う、ディミトリ?」
革命家の1人が、そう言って金髪紅眼の男を見た。
「そうですね・・皇太子を始末しておかなければ、後々大変なことになりますよ。」
男―ディミトリは右半分に火傷痕が残る顔をそっと撫でた。
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