「お母様、お話とは?」
「千尋、うちと東京ば行かんね?」
「東京へ、ですか? 店はどげんするとです?」
「店の留守は心配なか。一週間だけたい。」
「解りました、行きます。」
こうして、千尋はなおと東京へと向かった。
土方は千尋が養母とともに上京したことを知らずに、小枝子からの求婚を断っていた。
「ねぇお母様、どうして土方様はわたくしと結婚したがらないのかしら? やはり亡くなられた奥様の事が・・」
「そうではなくて。小枝子、諦めては駄目よ。確かに土方様は子持ちだけれども、彼のような殿方はそうそういないわ。」
「ええ、わたくし諦めないわ。」
小枝子の黒い瞳に、決意の光が宿った。
彼女が土方家に訪問してきたのは、土平伯爵家のパーティーから数日後のことだった。
「土方様、御機嫌よう。」
「あ、ああ・・」
小枝子を見た土方の笑みは少し引き攣っていたが、それに彼女は全く気づかなかった。
「ねぇ土方様、坊やを連れて百貨店に行きませんこと?」
「百貨店に、ですか?」
東京・銀座で、日本で初めて百貨店が開店し、その祝いの席で千尋はなおの長唄に乗せて優雅な舞を客達の前で披露した。
「あれが、長崎の芸者さん?」
「ええ。」
千尋の姿を見ながら、小枝子は好奇の視線を彼女に送った。
「千尋、琵琶の腕前ば披露せんね。」
「はい。」
千尋は撥を握り、琵琶を掻き鳴らし始めた。
彼女の音色を聞くと、その場に居た者達は一斉におしゃべりをやめて千尋の演奏に聞き惚れていた。
「ねぇ土方様、もう帰りましょうか?」
「申し訳ありませんが小枝子様、わたしにはまだ用がありますので・・」
「解りました。では御機嫌よう。」
小枝子はちらりと千尋を見ると、不機嫌な顔をして百貨店から去っていった。
「千尋、折角来たんやから店の中ば見ようか?」
「はい、お母様。」
なおとともに千尋が百貨店の中へと入ろうとした時、強い視線を感じて彼女が振り向いた先には、最愛の人が立っていた。
「旦那・・様?」
「千尋・・」
土方は千尋の方へと駆け寄ったかと思うと、彼女を抱き締めた。
「会いたかったぞ、千尋!」
「旦那様・・」
「千尋、どげんしたと?」
なおがそう言って店の外に出た時、千尋が男と抱き合っているのを見た。
彼女は直感で、その男が千尋の愛する男と解った。
「あんたが、土方歳三様ね?」
「お母様・・」
「こげんところで話すのはなんやけん、静かな所で話しましょうか?」
「はい・・」
百貨店近くのカフェーで、千尋となおは土方と向かい合わせに座った。
「土方様、まだ千尋の事想うとるとですか?」
「はい。わたしは未だに千尋を愛しております。」
土方の言葉に、なおは微笑んだ。
「そうね。あんたになら、千尋ば任せられるたい。土方様、どうか千尋を貰ってくれんね。」
「お母様・・」
「あなた様になら、うちの娘ば任せられる。」
なおの言葉に、土方は深く頷いた。
「どうかこれから宜しくお願い致します、お義母様。」
「こちらこそ。」
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