「姫様、おはようございます。」
「ん・・」
朝靄に京の街が包まれている時、美津はゆっくりと目を開けた。
「まだ起きるのには早いわよ、四郎。もうちょっと寝かせてよ。」
「それが、姫様にお客様がお見えなのです。どうしても姫様にお会いしたいと・・」
「お客様ですって?こんな朝早くに?」
美津は眠い目を擦りながら布団から出て、身支度を整えた。
「姫様、こちらです。」
四郎に案内され、中庭に出た美津を待っていたのは、自分と同年代の若い町娘だった。
「わたしに会いたいって言ってたのは、あなた?」
「はい・・」
町娘はそう言ってもじもじしながら、美津に文を手渡した。
「さっき屯所の近くで男の人から、“壬生にいる姫にこれを渡すように”と言われました。」
「そう・・朝早くからありがとう。」
美津は町娘に微笑むと、町娘は頬を少し赤く染めて屯所を出て行った。
「一体誰かしら・・?」
そう言いながら文を読み始めた美津の表情が、段々険しくなっていった。
「姫様?」
「・・四郎、ちょっと出かけてくるわ。」
美津は文を破り捨て、屯所を飛び出していった。
(あいつだわ・・わたしに文を送ってきたのは!)
美津は目を凝らして周囲を見渡しながら、あの男を探した。
彼は屯所の近くにある茶店で静かに美津を待っていた。
「あなた、いったいどういうつもりなの?あんな文をわたしに送ってきて・・」
「何のことじゃ?」
そう言った鬼神は、真紅の双眸で愛しい人を見つめた。
「とぼけないで!今後あんなふざけた文を送ってきたら、殺してやるから!」
美津は鬼神を目で殺しそうな勢いで睨みつけて、屯所へと戻っていった。
「誰が諦めるものか・・そなたはわしの運命の女。必ずやわしの妻にしてみせる。」
真紅の瞳が何が何でも美津を妻にするという決意で新たな光を宿した。
「姫様、どこへ行かれてましたか?」
「屯所近くの茶店よ。あいつと話をしてきたわ。」
そう言った美津の瞳には激しい怒りが宿っていた。
「まだあの男は姫様に執着しているのですか・・いい加減諦めればいいものを・・」
四郎は槍を握り締めながら言った。鬼神をこの槍の穂先で刺し殺せたらどんなにか気が晴れることだろうかと思いながら。
「あいつの言うことややることにいちいち腹を立てていては、あいつの思うつぼよ。まぁ、いずれはあいつと対決する日が来るわね。その時はこてんぱんに叩きのめしてやるわ。」
「ええ。その時はわたしもお供いたします、姫様。」
「ありがとう、四郎。」
美津は花のような笑みを浮かべながら、四郎に振り向いた。
(姫様、奴は必ずやわたしが仕留めます・・)
四郎はそっと、胸に手を当てた。
そこは鬼神が呪いをかけた十字の印が刻まれている。
あいつたえ倒せば、美津と幸せな生活を送れる。
その為には強くならなければ。
今までよりももっと強く。
「四郎、稽古頑張ってね。」
「ありがとうございます、姫様。」
四郎は頭を下げ、槍の稽古を再開した。
「つまらんな・・」
鬼神はそう呟きながら抹茶を飲んだ。
「何ぞ嫌な事でもあったんどすか?」
「そなたは・・」
割れしのぶに髪を結った若い娘の頬は、少し痩けていた。
「あのお薬、おくれやす。」
白魚のような手を裏返し、娘は鬼神をじっと見つめた。
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Last updated
2012.04.01 22:10:39
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